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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第94話 名前を決めよう

「場所の名前、そろそろ決めないといけないな」


 朝の作業が始まる前、クラウが広場の端で羊皮紙を広げながら言った。


「名前?」


 エルクが首を傾げると、クラウが説明する。


「王都への文書でも、移住者の受付帳でも、この場所を何と書けばいいか困ってる。今は全部『旧砦跡』って書いてるけど、それは名前じゃないだろ」


「確かに」


 ソウが眼鏡を押し上げた。


「外部の人間に説明する時も困るわね。どこに住んでるのかと聞かれて、旧砦跡ですとは言えないでしょ」


「ジン爺への手紙でも毎回困ってます」


 メアが静かに付け加えた。


「じゃあ決めよう」


 エルクはのんびりと言った。


「そうなる。全員で出し合おう」


・・・・・


 午後、広場の中央に全員が集まった。


 クラウ、ソウ、メル、エネ、エルク、レオル、ラミアの長、メア。それに大工の兄弟と薬草係の老婆も呼ばれた。エルクの肩にはライが乗り、近くの岩にはスラが跳んでいる。ドラゴは少し離れた場所に翼を畳んで座っていた。


「順番に出してもらって、最後に決める。どんな案でも出していいからな」


 クラウが仕切った。


「じゃあ俺から。『辺境共生領』。辺境の地に、種族を超えた共存を目指す場所という意味だ」


 クラウが言うと、大工の兄弟が頷いた。


「真面目でいいな。王都への文書にも使えそうだ」


「次はソウ」


「『山岳自治領』。この場所の地形と、自治という性格を示す。王国から独立した自治組織であることを明確にする意味でも、使いやすいわ」


 クラウが書き留める。


「メル」


「『なかよしの森』!」


 間髪入れず、メルが言った。


 全員が少しの間を置いてからメルを見た。


「……なかよしの森?」


「だって、ここって皆仲よくなろうとしてるじゃない。それが大事なんだから、名前にも出した方がいいと思って」


「気持ちは分かるが」


「なんか恥ずかしくない?」


「恥ずかしくないわよ。可愛いでしょ」


 エネが困った顔で微笑んでいた。


「エルクは?」


 クラウが次を促すと、エルクは少し考えてから答えた。


「『昼寝できる国』」


 静寂。


「……お前、昨日もそれを言ったな」


「昨日は昼寝係で、今日は昼寝できる国だよ。違うよ」


「どう違うんだ」


「昨日は役職で、今日は国の名前」


「結果として同じだろ!」


 クラウが声を上げた。ソウが額に手を当てた。レオルが深いため息をついた。


 その時、エルクの頭の中に念話が二つ同時に届いた。


 一つはスラからだった。


『兄貴! 俺も考えてきたッス! 『スライム王国』はどうッスか! 俺みたいに小さくても最強って意味ッス!』


 もう一つはドラゴからだった。


『我が一番いい名を思いついたのだ。『ドラゴ最強国』だ。シンプルで分かりやすいのだ』


 エルクは笑いをこらえながら全員に伝えた。


「スラが『スライム王国』、ドラゴが『ドラゴ最強国』って言ってる」


 広場が静かになった。


 メルが「可愛い……!」と言い、エネが「そのままですね……」と呟き、クラウが羊皮紙に書きかけて止まった。


 少し間を置いて、ドラゴの方からエルクに念話が来た。


『スライム王国など論外なのだ。我の方が格上なのだ』


 スラからも返ってきた。


『何言ってるッスか! 俺が先に言ったッス!』


「ドラゴとスラが言い合いしてる」


「止めなくていいのか?」


「止めても止まらないよ」


 ドラゴとスラの間で、エルクを介さない直接の念話が飛び交っているらしく、二体はそれぞれの場所でぷるぷると揺れたり尻尾をぱたぱたさせたりしていた。内容は二人にしか分からない。


 クラウが頭を掻いた。


「とりあえず全部出揃ったか?」


「レオルとラミアの長はどうする?」


 ソウが二人に聞くと、レオルが腕を組んだままゆっくりと口を開いた。


・・・・・


「俺は、提案よりも先に言いたいことがある」


 レオルの落ち着いた声が広場に響いた。


 全員が静かになった。


「名は後から重くなる」


 短い一言だった。しかし、場の空気がすっと変わった。


「最初から立派すぎる名を掲げると、身動きが取れなくなる。『共生』と名乗れば、共生できていないと見られた時に責めを負う。『最強』と名乗れば、常に最強であり続けなければならない。名前は旗印だ。旗を高く立てるほど、風にも揺れやすくなる」


 クラウが羊皮紙から顔を上げた。


「つまり……」


「今は仮の名でいい。まだここは正式な国ではない。王国からも、周辺の勢力からも認められていない。本当の名は、この場所が何者であるかが固まってから決めればいい」


 ラミアの長も静かに頷いた。


「賛成です。仮の名であれば、後から変えることができます。今は使いやすい名前で十分です」


 メアが補足した。


「この場所がどんな場所であるかを、まだ全員が探っている段階です。名前だけ先に決まっても、中身がついてこなければ意味がありません」


 広場に静かな納得の空気が広がった。


「……分かった」


 クラウが羊皮紙に目を落とした。


「じゃあ、仮称として一番使いやすいものを決めよう。王都への文書でも通じる形で。その意味では……」


「『辺境共生領』が一番無難ね」


 ソウが言うと、クラウも頷いた。


「それで決めよう。仮称、辺境共生領。後から変える余地は残しておく」


・・・・・


 話し合いが終わり、全員が散り始めた頃、薬草係の老婆がぽつりと言った。


「でも、皆の間ではもう呼び名があるじゃないですかのう」


「え?」


 クラウが振り返ると、老婆がにこにこしながら答えた。


「移住してきてから、ちょこちょこ聞きますよ。リザードマンのお兄ちゃんたちも、ラミアの子供たちも、うちの若い衆も。みんな同じ呼び方をしてますよ」


「何と?」


 老婆は少し間を置いて言った。


「モンスターの国、って」


 広場が少し静かになった。


 クラウが眉を上げた。ソウが「あら」と呟いた。メルが「なんかいいじゃない」と笑った。


「モンスターの国」


 エルクが繰り返した。


「……それ、僕たちの研究会の名前と同じだ」


「そうよ。モンスターの国研究会。みんな、そこから取ったみたいね」


 エルクはしばらく黙っていた。


 研究会があった頃。王都の学園の片隅の部室。クラウとメル、ソウとエネと一緒に、モンスターと人間が一緒に暮らせる場所をどうすれば作れるかを話し合っていた、あの頃。


 あの名前が、ここまで来た。


「……気に入った」


 エルクがのんびりと言った。


「辺境共生領は公式で、モンスターの国は皆の呼び名でいいんじゃないかな」


 クラウが少し笑った。珍しく、力の抜けた笑い方だった。


「そうだな。そっちの方が、ここらしいかもしれない」


・・・・・


 その夜遅く。


 王都の報告受付室に、一通の書状が届いた。


 辺境の調査を担当する諜報員からの定期報告だった。封を切った文官が内容を読み、顔色が変わった。


 急ぎ足で廊下を渡り、上位の文官の執務室に入る。


「辺境共生領からの報告です」


「辺境共生領?」


「はい。エルク一派が、辺境に拠点を形成し、その名称を公式に定めたとのことです」


 文官は手渡した書状の内容を読み上げた。


「エルク一派、辺境にて辺境共生領を名乗る拠点を形成。住民にはリザードマン、ラミア、複数の危険従魔を含む。組織的な運営が確認され、独自のルールと会議体を持つ」


 執務室が静かになった。


 上位の文官が、窓の外を見た。


「拠点の規模は?」


「現時点で把握できているだけで、人間が十数名、リザードマンが二十体以上、ラミアが十数名。加えてウルフやドラゴンをはじめとする多数の危険従魔」


「……管理下に置けるか?」


「正面からは難しいとの報告です。前回の偵察では、接触した者が全員ほぼ戦意を失って撤退しています」


 長い沈黙が続いた。


「正式な対応を取る必要がある」


 上位の文官がようやく口を開いた。


「使節団を送れ。武力ではなく、交渉で。王国の権威を持って、あの場所に切り込む」


 書状の上に、決裁の印が押された。


 王城の動きが、静かに始まった。

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