第93話 代表者会議
「そろそろ、ちゃんとした形を作らないといけない」
クラウが羊皮紙を広げながら言った。朝の光が窓から差し込む小会議室に、主要なメンバーが集まっている。
「形って?」
エルクがお茶を飲みながら聞いた。
「誰が何を決めるか、ということだ。今は俺が全部判断してるけど、それだと俺がいない時に止まる。住民が増えてきた今、一人に権限が集中するのは危ない」
「それはそうね」
ソウが眼鏡を押し上げながら頷いた。
「食料の問題、拠点の整備、移住者への対応、防衛の判断……全部が別々の話で、全部が繋がってる。一つの頭で全部回すには、そろそろ限界よ」
「うん、分かる」
クラウが続ける。
「エルク一人が全部決めるのも、問題だ」
「え、僕? 僕は別に何も決めてないけど」
「そこが問題なんだよ」
クラウが珍しく苦笑いをした。
「何かあった時に『エルクに聞いてくれ』ってなる。エルクが気軽に頷く。後でそれが全体の方針になってる。そういうことが増えてきてる」
「……そうだっけ?」
「三日前、ラミアの子供が砦の北側の林で遊んでいいか聞きに来た。エルクはいいよって言った」
「うん、いいじゃないか」
「その林、ウルの眷族の休憩場所だったんだ。今朝、子供とウルの眷族が鉢合わせして、エネが慌てて間に入った」
エルクはお茶を置いた。
「……ごめん」
「謝罪はいい。ただ、気軽に決める前に確認できる仕組みが必要だということだ」
・・・・・
話し合いの結果、代表者会議を作ることになった。
クラウが羊皮紙に役割を書き出していく。
「まず人間側の実務まとめは俺が担当する。外部対応と防衛はソウ、生活面と住民間の調整はメル、医療と弱者保護はエネ」
「分かった」「うん」「はい」
三人が順番に頷く。
「モンスター側はレオルがリザードマンの代表、ラミアの長がラミアの代表。メアが予知と、ラミア側との連絡を担当する」
レオルが腕を組んで頷いた。ラミアの長は、メアを通さず直接答えた。
「了解した。ラミアの代表は引き受けよう」
クラウが続ける。
「記録と分析、魔法設備はライに任せたい。外周警備はウルに。建築と物資管理はウーゴとダクトで回す」
エルクの肩の上でライが静かに揺れた。念話がエルクに届く。
『承りました。記録は念話での伝達でよろしいでしょうか。議事録は魔法で石板に刻む形を検討しています』
「ライが、記録は石板に刻む形でどうかって言ってる」
「それでいい。助かる」
クラウが書き込みを続けながら答えた。
「ウーゴとダクトも了解取れてる?」
エルクがウーゴを見ると、ウーゴはゆっくりと頷いた。
『ワカリマシタ。ダクトモ、ドウイ、シテイマス』
ダクトが体内から小さな音を立てて反応した。了解の合図らしい。
「よし。全員の役割が決まった」
クラウが羊皮紙を一度全員に向けた。誰も反対しなかった。
「じゃあ、あとは一つだけ」
メルが言った。
「エルクの役割が書いてないじゃない?」
・・・・・
部屋がざわついた。
確かに、クラウの羊皮紙にエルクの名前だけが書かれていなかった。
「エルクは……象徴、最終判断、あと対外的な抑止力かな」
クラウが少し言いにくそうに言った。
「対外的な抑止力ってなんだよ」
「ドラゴとウルがいるということだ」
「あ、なるほど」
エルクは納得した顔をした。一方でソウが先を促した。
「役割より先に、肩書きを決めないといけないわね。対外的に何と名乗るか。王都への文書でも、移住者への説明でも、『エルク』だけじゃ通らない場面が出てくる」
「確かに。何か肩書きが必要よね」
メルが同意した。
「王様にするのが一番分かりやすいんじゃないかな」
エネが控えめに言うと、クラウが首を振った。
「王を名乗ると、王国と真っ向から対立する形になる。まだその段階じゃない」
「じゃあ、長?」
「村長や族長と混同される」
「代表は?」
「それが一番無難かもしれないな。ただ、何の代表かを明記した方がいい」
議論が続く中、エルクが手を挙げた。
「あの」
「なんだ」
「昼寝係でいいよ」
部屋が静かになった。
一拍置いて、全員が一斉にエルクを見た。
「……え?」
「昼寝係。何も決めなくていいし、責任もないし、丁度いいじゃない」
「駄目に決まってるだろ!」
クラウが即座に言った。
「なんで?」
「なんでって……お前が昼寝係だったら、この国は何なんだ。昼寝のための国か?」
「それでもいいと思うけど」
「よくない!」
レオルが眉間に深いしわを寄せながら言った。
「エルク。お前の下に集まった者たちは、お前を信頼しているから来た。昼寝係では、その信頼に対して失礼にあたる」
「うーん」
「賛成」「そうよ」「はい」
全員が次々と同意した。エルクは少し困った顔をした。
「じゃあ……なんて呼ばれればいいの?」
・・・・・
ソウが腕を組んで提案した。
「共同体代表、はどうかしら。王でも長でもなく、この場所に集まった皆の代表という意味で」
「共同体代表」
クラウが繰り返した。
「王国への文書でも使えるし、外部からも分かりやすい。エルクが独裁者ではなく、皆の意見をまとめる立場であることも伝わる」
「異議なし」
レオルが短く言った。ラミアの長も静かに頷いた。メアが「その名が相応しいと思います」と付け加えた。
「エルクは?」
クラウに問われ、エルクはしばらく考えてから言った。
「……共同体代表、か。なんか難しそうな感じがするけど、昼寝係よりはましかな」
「比較対象がおかしい」
クラウが苦笑いした。
「じゃあ、仮称として共同体代表で決定する。正式な国名が決まれば、それに合わせて肩書きも変えればいい」
羊皮紙に、エルクの名前と「共同体代表(仮)」という文字が書き加えられた。
・・・・・
会議が終わり、広場に戻ったところで、薬草係の老婆が声をかけてきた。
「共同体代表様、少しよいですかのう」
エルクは振り返った。
「あ、何ですか」
「薬草の保存について、一つ相談があってのう」
エルクは老婆の話を聞いた。その隣では、ラミアの若い女性が子供を連れて通り過ぎながら軽く頭を下げた。大工の兄弟が材木を運びながら「お疲れ様です、代表」と声をかけてきた。
エルクは少し居心地が悪そうに頭を掻いた。
「代表」という言葉が、なんとなくまだ慣れない。
ところがその夜、広場の端でリザードマンの戦士が話しているのがエルクの耳に入った。
「今日の会議で、正式に決まったそうだな」
「ああ。共同体代表とかいう肩書きだそうだが」
「ははっ。名前はどうあれ、あの方は俺たちの王だろう」
「そうだそうだ。王だ」
「王の昼寝を邪魔してはいけないな」
「それは変わらん」
笑い声が遠くに聞こえた。
エルクは小声で言った。
「王じゃないんだけどな……」
「聞こえてましたよ、主様」
すぐ後ろにメアがいた。エルクは振り返った。
「みんな、王って言ってるんだけど」
「ええ。リザードマンの方たちだけではありません。移住者の方々も、イェール村から来た若者たちも、ラミアの子供たちも。みな、そう呼んでいます」
「共同体代表って決まったのに」
「正式な肩書きと、心の中での呼び方は、別のものですから」
エルクは眉をひそめた。
「嫌だ。王は嫌だよ。なんか、重くない? 王って」
「重いですね」
「ほら、やっぱり嫌だ。やめてもらえないかな」
「それは、私には何とも」
メアが珍しく困ったような顔をした。エルクはさらに渋い顔になった。
「クラウに言う。クラウが止めてくれるかもしれない」
「クラウ様も、さきほど大工の方から『王の側近殿』と呼ばれていましたよ」
エルクは押し黙った。
「……クラウ、怒ってるかな」
「とても複雑な顔をしていました」
夜の広場に、焚き火の煙が静かに上がっていた。どこかで子供の笑い声がした。リザードマンの戦士が交代の声をかけている。
メアが小さく、静かに笑った。
「主様が嫌がるほど、皆はそう呼びたくなるでしょうね」
エルクは何も言えなかった。




