第90話 地下に眠るもの
朝食を終えてすぐ、エルクはクラウに声をかけた。
「地下、調べに行こう」
「分かってる。俺もそのつもりだった」
クラウはすでに昨夜の地図に書き込みをしていた。保管庫の奥、石床の亀裂から魔石の欠片が流れ込んできた場所。エルクの鑑定では、かなり濃い魔力を持つ鉱石の破片だったという。
「ソウに声をかけて、少人数で行こう。地下の構造が分からない以上、大人数は危ない」
「ウルは?」
「外で待機してもらう方がいい。あいつが入れる広さかどうか分からないし、何かあった時の外との連絡役が要る」
クラウの判断は速かった。エルクは頷いた。
調査班は、エルク、クラウ、ソウ、ライ、ウーゴ、ダクトの六体に決まった。ドラゴには出発前に念話で事情を伝えると、「分かったのだ、地上で待つのだ」と珍しく素直に答えてくれた。
・・・・・
保管庫は砦内の石造りの部屋で、ウーゴが補強した棚に食料や道具が整然と並んでいる。ダクトが案内するように奥の壁際へと進んでいった。
問題の場所は、保管庫の最奥だった。
床の石板の一枚が、わずかに浮いていた。隙間から冷たい空気が漏れ出し、かすかに鉱物の匂いが混じっている。
「ここか」
クラウがしゃがみ込んで石板を調べる。縁に指をかけると、思ったよりも軽く持ち上がった。砦の建設当時から設けられていた、意図的な開口部らしい。
「階段がある」
石を削って作られた急な段が、下へと続いていた。
「ランタンを出してくれるか、ダクト」
ダクトが体内からランタンをぷるりと吐き出した。クラウが火を点けると、揺れる光の中に地下への入り口が浮かび上がった。
エルクが先頭で降り始める。
「暗いね」
「当たり前だ。気をつけろ」
・・・・・
地下は思ったより広かった。
かつて倉庫として使われていたらしく、石を積んだ壁沿いに棚の残骸や、朽ちた木箱の欠片が散らばっている。天井は低く、ウーゴが頭を少し屈めるくらいの高さだ。
エルクの肩の上でライが小さな杖を動かし始めた。
しばらくして念話が届く。
『エルクさん。この地下に、かなり大きな魔力の流れがあります。湧き水の地下水脈のようなもので、ただの魔力ではなく……魔石の原石脈です。おそらく地下深くを走っている』
「魔力脈だって」
エルクがクラウに伝えると、クラウは目を細めた。
「魔石の原石脈……。それなら、この砦が元々ここに建てられた理由が見えてくる」
「どういうこと?」
「辺境のこんな険しい場所に、わざわざ砦を築くメリットは少ない。補給路は確保しにくいし、王都からの距離も遠い。普通なら建てない場所だ。でも、地下に魔石の脈があるなら話は変わる。魔石は武具の強化から魔道具まで、使い道が山ほどある。資源のために砦を作った、という見方ができる」
「なるほど」
ソウが腕を組んだ。
「それは、王都の商会が採掘隊を送り込んできた理由にも繋がるわね。山の表面だけを目当てにするには、あれだけの規模は大きすぎた。どこかで地下の魔力脈の情報を掴んでいたんじゃないかしら」
クラウが頷く。
「情報の出どころは分からないけど、可能性としては十分ある。だとすると、あの採掘隊を追い払っただけでは終わらないかもしれない」
重い沈黙が落ちた。
そこへライから再び念話が来た。
『エルクさん。奥の壁に、封鎖された通路があります。石と木の根で塞がれていますが、かなり古いものです。この先に、魔力の流れが強くなっています』
「ライが、奥に封鎖された通路があるって言ってる。この先に魔力が強くなってるって」
全員の視線が、倉庫の奥の壁に向いた。
ランタンを近づけてみると、確かに壁の一部が不自然だった。石の継ぎ目がほかと異なり、木の根が複雑に絡み合って出入り口をふさいでいる。
「ウーゴ、これ、外せる?」
『……ミル』
ウーゴが壁に手を当てた。木の根が細かく震え、ウーゴの能力が絡み合った根の構造を読み取っていく。
『ヒラケル。ダガ、チュウイ。フルイ』
「古いから気をつけろ、って言ってる」
エルクが全員に伝えると、ソウが剣の柄に手をかけて身構えた。
「行くわよ。何が出ても、すぐ動ける準備はしておいて」
ウーゴがゆっくりと木の根を解いていく。根が一本ずつほどけ、やがて石の扉が姿を現した。分厚く重い石板だ。ウーゴが押すと、低い音を立てながら内側へと開いていった。
冷たい空気が流れ出てきた。
・・・・・
通路は真っ直ぐに続いていた。
壁は石造りだが、倉庫より丁寧に加工されていた。等間隔に穴が開いており、かつてはランタンか魔道具が据えられていたのだろう。今は空になっている。
進むにつれ、足元の石床が微かに光を帯び始めた。床の石の隙間から、薄い青白い光が漏れている。
「これが魔力脈の影響か」
クラウが足元を確認しながら言った。
「きれいだね」
エルクがのんびりと言うと、ソウが「今は感心している場合じゃない」と小声で返した。
通路の突き当たりに、大きな空間があった。
天井が高く、ランタンの光だけでは全体が見えない。床には崩れた石材と、いくつかの装置の残骸が散らばっている。部屋の中央に、大きな石台が据えられていた。
『エルクさん』
ライから念話が届いた。
『この部屋、魔力の密度がとても高いです。石台の下が魔力脈の直上のようです。それと……』
一拍置いて、念話が続く。
『奥の壁際に、何かいます。魔力反応があります』
「ライが、奥に何かいるって」
エルクがそう言った瞬間だった。
部屋の奥から、重い足音がした。
ズン、ズン、ズン。
闇の中から姿を現したのは、巨大なゴーレムだった。
高さはウーゴと同じくらいだが、作りが違う。ウーゴは木が主体で、温かみのある外見をしているが、目の前のゴーレムは木と土が硬質に固められており、どこか鎧を着た兵士に近い印象がある。胸部には複雑な紋様が刻まれ、目の位置に当たる部分が鈍い赤に光っていた。
「防衛用のゴーレム……か」
クラウが一歩引いて言う。
「ウーゴと似てるけど、全然違う雰囲気だね」
エルクが首を傾げた瞬間、ゴーレムが腕を振り上げた。
「動く!」
ソウが叫んで横に跳んだ。ゴーレムの拳が石床を叩き、重い衝撃が空間に響いた。石材が数枚、粉砕されて飛散する。
「侵入者として認識してるわ。攻撃が来る、散開して!」
ソウの指示で全員が左右に分かれた。ゴーレムは動作こそ鈍いが、一撃の重さが尋常ではない。石の壁にひびが入るほどだ。
「壊す?」
エルクが動きながらクラウに声をかけた。
「……壊せるか?」
「ウーゴがいれば多分」
「でも」
エルクは少し考えた。戦闘の流れの中で、ゴーレムを見ていた。
「壊さなくていいんじゃないかな。あいつ、僕たちを侵入者だと思って動いてるだけだよ。命令に従ってるだけだと思う」
「今そんな話をしてる場合か!」
クラウが叫ぶが、エルクの言葉を聞いたライが素早く反応していた。
エルクの肩の上でライが杖を構え、複数の光の球を展開する。ゴーレムの動きを直接止めるのではなく、光の球が足元に向かって放たれる。床の石が薄く凍りつき、ゴーレムの足が滑って動作が遅くなった。
同時に、ライがウーゴへ直接念話を飛ばしていた。ウーゴが一瞬静止し、それからゴーレムの胸部へと視線を移した。何かを確認するように、大きな頭をゆっくりと傾ける。
次の瞬間、ウーゴが動き出した。
「あれ、ウーゴ急に——」
クラウが声を上げるが、エルクは察した。
「ライがウーゴに何か伝えたんだと思う。止める方法が分かったんじゃないかな」
ライが光の球でゴーレムの足を抑え続ける中、ウーゴが正面から大きく踏み出した。ゴーレムが腕を振ってきたが、ウーゴはその腕を両手で受け止め、そのまま組み合った。
二体のゴーレムが力比べをする間、ウーゴの腕から木の根が伸び始めた。ゆっくりと、しかし確実に。根はゴーレムの胸部へと這い上がり、紋様の中心に刻まれた小さな魔石を見つけた。
根が魔石を優しく包み込む。
ゴーレムの動きが、ぴたりと止まった。
赤い光が消えた。
・・・・・
静かになった部屋で、全員が息をついた。
「止まった」
「ウーゴとライのおかげだね」
エルクが二体に声をかけると、ライがぷるりと揺れ、ウーゴが「コクリ」と頷いた。
「それにしても、なんで今まで動いていたんだ。長い年月が経ってるはずなのに」
クラウが首を傾げながら、停止したゴーレムに近づいた。ソウも一緒に観察する。
「魔力脈の直上だからじゃないかしら。床からの魔力が、ゴーレムに継続的に供給されていた。電源が切れなかったわけね」
「自動的に動き続けてたのか……。何十年も、ここを守り続けて」
クラウが静かに言った。
ウーゴがゴーレムの胸部に手を当て、内部の構造を調べ始めた。しばらくして念話が届く。
『イイ、ツクリ。コワレテナイ、トコロ、オオイ。ナオセル、カモシレナイ』
「ウーゴが、壊れてないところが多いって言ってる。直せるかもって」
クラウの表情が変わった。
「地下設備も含めて、再利用できる可能性があるということか」
「魔力脈の直上なら、魔道具の充電とか、魔石の精製とかにも使えるかもしれないわね」
ソウが部屋を見回した。散らばった石材や装置の残骸を改めて見ると、破壊されたものではなく、単に朽ちたり転がったりしただけのものが多い。設備そのものは、思ったよりも状態が良かった。
「これは大きい発見だな」
クラウが手帳に書き込みながら呟いた。
エルクは停止したゴーレムをぼんやりと見ていた。
「壊さなくて良かったね」
「……ああ。お前が正しかった」
クラウが素直に言った。
・・・・・
調査をひとまず切り上げ、通路を戻ろうとしたとき、ソウが立ち止まった。
「待って。あそこ、何か刻まれてる」
ランタンを近づける。停止したゴーレムの胸部、制御核の周囲に刻まれた紋様の中心に、別の印が見えた。複雑な紋様に混じって、一つの紋章が刻まれている。
クラウが眉をひそめた。
「これ、王国の紋章じゃない」
「違うの?」
「ああ。王国の紋章は太陽と剣の組み合わせだ。これは……鳥と樹の組み合わせだ。見たことがない」
ソウが腕を組んで考え込んだ。
「現在の王国より古い……ということ?」
「可能性はある。この砦自体、建設された時期が古すぎて詳しい記録がないと聞いてる。まさかとは思ったが、現王国が建てたものじゃないとしたら」
クラウは紋章をランタンで照らしながら、手帳に形を写し取った。
「ジン爺に聞いてみるしかないな。古い記録なら、あの人が持ってるかもしれない」
「ジン爺、返事くれるかな」
「連絡は取れる。時間はかかるかもしれないけど」
エルクは紋章を眺めた。鳥と樹。シンプルだが、どこか覚えのある感触があった。何かに似ているような気がしたが、うまく思い出せなかった。
「何か昔あったんだろうね、ここに」
「ここで国を作ろうとしてたのかもしれないな、誰かが」
クラウがぽつりと言った。
地下の冷たい空気の中、ランタンの炎だけが揺れていた。
・・・・・
地上に戻ると、入口で待っていたウルがエルクに近づいてきた。
『主よ。時間がかかったな。何かあったか』
「ゴーレムがいた。止めてきたよ」
『……無事で何よりだ』
ウルの返事は短かったが、安堵しているのが伝わった。
夕方、クラウは調査の内容をまとめながらソウに言った。
「地下の魔力脈、封鎖された通路、防衛ゴーレム、そして現王国のものではない紋章。この砦は、俺たちが思っていたより、はるかに深い何かを抱えている」
「ジン爺の返事が来るまでは、憶測になっちゃうけどね」
「ああ。でも」
クラウは写し取った紋章を眺めた。
「ここで誰かが、かつて何かをしようとしていた。それだけは確かだと思う」
砦の夜は静かだった。地下では、停止したゴーレムが動かないまま立ち続けていた。胸に刻まれた古い紋章が、ランタンも消えた暗闇の中で、ただひっそりと、何かを待っているように見えた。




