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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第89話 食料問題

 砦跡の石畳に、朝の光が斜めに差し込んでいた。


 補修が進んだ城壁は以前よりずっと頑丈になり、ウーゴが整えた木の柱が広場の周りに等間隔で立っている。リザードマンの戦士たちが訓練の声を上げる声と、ラミアたちが水場で話し合う声が、どこからか混じり合って聞こえてくる。


 エルクはその広場の端にある木箱の上に座り、朝のスープをすすっていた。


「いい天気だね」


「そういうのんびりした感想を言ってる場合じゃない」


 向かいに座ったクラウが、羊皮紙を卓に広げながら言った。表情は真剣だ。


「何が?」


「食料だ」


 クラウが羊皮紙に視線を落とし、指で数字を追う。


「現在の拠点の人数を全部合わせると、人間が十数名、リザードマンの戦士が二十体以上、ラミアが十数名。それに従魔たちが加わる。ダクトが持ち込んでくれた保存食は、最初の予定では一ヶ月は保つはずだった」


「うん」


「でも計算が甘かった。リザードマンの戦士一人が食べる量は、人間の三倍近い。大型従魔になると、比較にならない」


 そこで、エルクの頭の中に念話が飛び込んできた。


『エルク。食料がなければ、森で狩ればいいのだ。僕が一日で十頭は仕留められるのだ』


 ドラゴだった。广場の端で翼を畳んでいるドラゴが、尻尾をゆっくり揺らしながらエルクの方を見ている。


 エルクはクラウに向けて、念話の内容を伝えた。


「ドラゴが、森で狩ればいいって言ってる。一日十頭は仕留めるって」


「それは駄目だ」


 クラウが即座に言った。


「なんで?」

 エルクが首を傾げる。


「ドラゴ一頭が毎日十頭を獲り続けたら、この周辺の獲物は数週間で枯れる。森の生態系が崩れたら、最終的には食料が何もなくなる」


 エルクはドラゴにその言葉をそのまま伝えた。ドラゴからは少し間を置いて念話が返ってきた。


『……そういうものなのだ?』


「そういうものだよ」


『むぅ。では僕の案はなしなのだ』


 珍しく素直に引き下がったドラゴを見て、エルクは小さく笑ってからクラウに向き直った。


「狩りだけじゃ無理ってことはわかった。じゃあどうする?」


「それを考えてるんだ」


・・・・・


 話し合いが続いていると、広場の方から小柄な人影が近づいてきた。


 腰が少し曲がった老婆だった。イェール村から先行して合流した数名の中の一人で、薬草の扱いに長けた人物だ。


「クラウ坊。ちょっとよいかな」


「ばあさん、どうしました」


「食料のことで話があっての。ちょうど良かった」


 老婆は小さな木の椅子を引き寄せて腰を下ろし、しわがれた声で話し始めた。


「今日、ダクトさんとやらが持っとる保存食を確認させてもらったんじゃが、あれは量だけじゃなくて中身も問題でのう」


「中身?」


「人間の食料ばっかりじゃ。リザードマンの方々が食べやすい干し肉は少ないし、ラミアさんたちが必要な魚や水草はほとんどない。薬草にしても、傷の手当てに使えるものが足りとらん」


 クラウは眉をひそめた。


「確かに、そこまで細かく分けて考えてなかった」


「種族が違えば、身体に合うものも違う。今は量の話をしとるけど、すぐに質の話にもなる。早いうちに栽培地を作るか、採取できる場所を確保しないと、長くは保たんよ」


「栽培地……。ウーゴがいれば畑の準備は早くできるけど、収穫まで時間がかかるのが問題だな」


 老婆は頷いた。


「種を蒔いてから食べられるまで、早いものでも数週間はかかる。じゃから保存食の仕組みも要る。干すにせよ漬けるにせよ、素材があってこそじゃからな。まず素材を確保することが先決じゃよ」


 エルクはスープを飲みながら、二人の話を聞いていた。それから、何気なく口を開いた。


「この森の中に、食べられるものって探せばあるのかな」


「探しに行くしかないわね」


 ソウがいつの間にか横に来ていて、地図を広げた。


「拠点から一時間ほど南に下ると、水が豊富な低地がある。あの辺りは木々が密集していて内部まで調査できていない。果実系の植物や薬草が群生している可能性はある」


「じゃあ、行ってみようよ」


 エルクがのんびりと立ち上がった。


・・・・・


 調査班はエルク、ソウ、スラ、ライ、ダクト、そして念のためウーゴの六体だった。ウルは外周警備の引き継ぎがあるため拠点に残り、ドラゴは大きすぎて密林の中では動きにくいため待機だ。


 ドラゴからは「不満なのだ」という念話が来たが、エルクが「後で一緒に飛ぼう」と伝えると「ならよいのだ」と機嫌が戻った。


 山を下り始めてしばらく。木々の間を縫うように進むと、空気が変わった。湿度が上がり、地面が柔らかくなる。


「確かに水が多いね」


「低地特有の植生ね。ほら、あそこ」


 ソウが指差す先の木々の間に、丸く膨らんだ果実がいくつも見えた。エルクが近づいて一つ手に取る。赤みがかった黄色で、ずっしりと重い。


「これ、食べられるかな」


 足元でダクトが小さく震えた。ダクトの能力「草鑑定」が反応したらしく、エルクへの念話が届いた。


『食べられます。甘味があって保存も利きます。この辺りに大量に生えています』


「ダクトが食べられるって言ってる」


「よかった。でも」


 ソウがその先を示した。


 木々の合間に、小動物たちの姿があった。リス程度の大きさのものから、子豚ほどの小型モンスターまで、数種類の動物が果実を食んでいる。こちらに気づいているが、逃げようとしない。この場所が安全だと知っているのだろう。


「あ、ここが餌場なんだ」


「そういうことね」


 ソウが腕を組む。


「追い払えば果実は全部使えるけど、こいつらがいなくなれば種の散布が減って、数年後には木が減る可能性がある。下手に手を入れると、後が面倒だわ」


 エルクは動物たちをしばらく眺めた。


 小動物の一匹がこちらを見ている。怖がっている様子はなく、どちらかといえば様子を見ているような目だった。


「……追い払わなくていいんじゃないかな」


「でも果実を全部食べられたら」


「全部は食べないよ。この子たちが食べる分を残して、余った分をもらえばいい。一緒に使う感じで」


 ソウが少し考えてから、頷いた。


「理屈は通る。むしろ動物たちが定期的に来る場所は、果実の実りも安定しているはずだしね」


 さらに奥へ進むと、湿地帯に出た。浅い水が広がり、水草が密生している。薬草らしき葉が水際にいくつも群生していた。


『エルクさん』


 ライからの念話だった。


「何?」


『この辺りの薬草は、ラミアさんたちが食べる水草に近い種類が多いです。湿地の管理をラミアたちに任せれば、食料と薬草を同時に確保できます。私から見ても、とても効率がいい』


「ライがいいこと言ってる」


 エルクがソウに向けて内容を伝えると、ソウは地図に素早く書き込んだ。


「ラミアは湿地の扱いに慣れているし、彼女たちの生活圏に近い形にすれば管理もしやすい。いいわね、それ」


・・・・・


 拠点に戻り、全員で方針を話し合った。


 クラウが結果を整理する。


「果樹の場所はウーゴに頼んで周囲を保護してもらう。柵は作らず、木の根を張り巡らせて小動物が入りやすいようにしつつ、大型の獣が一気に荒らせない形にする」


「ウーゴ、できる?」


『カノウ。木ノ根デ、ヤサシク、マモル』


 ウーゴがゆっくり頷いた。


「水路はスラとライに任せる。今の湧き水から低地まで、細い水路を引けば湿地の水量が安定する」


『任せるッス! おいらの魔法、水系はバッチリッスよ!』


 スラが元気よく跳ねる。ライは緑色の小さな体をぷるりと揺らし、エルクに念話を送ってきた。


『水路の設計はやっておきます。兄さんには流す担当をお願いします』


「ライが設計して、スラが流す係だって」


「了解。ラミア側には、湿地管理と薬草の採取を頼む。あの場所はラミアにとっても好環境のはずだから、管理してもらいながら一緒に使う形にする」


 メアがラミアの長に内容を伝え、長がゆっくりと頷いた。メアが通訳する。


「長は、喜んで引き受けると。ラミアにとっても、あの湿地は住みやすい場所だったようです」


「よかった」


 老婆が安心したように息をついた。


「これで保存食の素材も揃ってくるね。干し果実と薬草の乾燥保存なら、わしが担当できる」


「助かります、ばあさん」


 クラウが頭を下げた。


 エルクはそのやり取りを眺めながら、温かいお茶を一口飲んだ。


「なんか、いい感じになってきたね」


「まだ始まりだけどな」


 クラウが苦笑いしながら地図に書き込みを続けた。


「狩りだけに頼らず、採取して、育てて、保存する。最初の仕組みを今日作れたのは大きい。ただ、収穫まで時間がかかる分、しばらくは今ある食料を計画的に使うしかない」


「計画、苦手なんだよね」


「知ってる。だから俺がやる」


・・・・・


 夜が深まった頃、拠点の共有倉庫で作業していたダクトが、奇妙なものを見つけた。


 保管庫の奥の方、石床の隙間から細い光が漏れていた。ダクトが覗き込むと、岩の亀裂の間に、小さく光る欠片が挟まっていた。


 ダクトの能力「草鑑定」では判別できない。それでも、何か普通の石とは違うという感覚があった。ダクトは欠片を取り出し、エルクの寝床へと向かった。


「ぷるぷる」


「ん……ダクト? どうしたの」


 眠りかけていたエルクが目を開ける。ダクトが欠片をエルクの前に差し出した。


「これ……鑑定してみよう」


 エルクが能力を使うと、情報が流れ込んでくる。


 魔石の欠片。それも、かなり濃い魔力を持つ鉱石の破片だった。


 どこから来たのか。


 エルクは石床に目を向けた。保管庫の床、その奥の方から来たとしたら……砦の地下だ。


「クラウ、ちょっといい?」


 隣の部屋でまだ羊皮紙を広げていたクラウが顔を出した。


「なんだ。もう寝ろよ」


「ダクトがこれを見つけた」


 エルクが欠片をクラウに渡す。クラウは目を細め、しばらく無言でそれを見た。


「……魔石か。これ、どこから?」


「保管庫の床の隙間。地下から流れ込んできたみたい」


 クラウは欠片を返しながら、ゆっくりと息を吐いた。


「砦の地下……か。砦が建てられたのは相当昔のはずだが、地下に何かあるとしたら」


「面白そうだね」


「面白いとだけ言ってるな」


 クラウが眉をひそめる。


「でも明日調べよう」


「それには同意する。今日はもう寝ろ」


 エルクは魔石の欠片をダクトに返した。ダクトはそれを大切そうに体内に収め、倉庫へと戻っていった。


 砦の夜は静かだった。しかしその静寂の地下に、まだ誰も知らない何かが眠っていることを、エルクはなんとなく感じていた。

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