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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第87話 最初の偵察者

 険しい山道を、三つの人影が音もなく進んでいた。

 彼らは一見すると、どこにでもいる中堅の冒険者パーティに見える。使い込まれた革鎧を身に纏い、腰には実用性を重視した剣や短剣を提げている。


 しかし、その実態は冒険者ではない。彼らの正体は、王都の諜報機関から極秘裏に派遣された調査員たちであった。


「……そろそろ、例の座標だ。気を引き締めろ」


 リーダー格の男が、押し殺した声で背後の二人に指示を出す。

 彼らの目的は、南の谷の採掘隊をたった数人で退けたというエルクたちの戦力規模、拠点の正確な位置、そして住民の構成を探ることだ。


 エルクが王都で見せた異常な戦闘力は、すでに王宮の知るところとなっている。真正面からやり合えば勝ち目はないが、隠密行動と偵察ならば自分たちの右に出る者はいない。彼らはそう自負していた。


「前方に、古い城壁の跡が見えます。あれが拠点でしょう」


 斥候役の男が、前方の木々の隙間から覗く石造りの建造物を指差した。

 三人は気配を完全に殺し、風下からゆっくりと砦跡が見渡せる崖の上へと接近していく。


 そして、遠見の魔道具を取り出し、拠点内部の様子を視界に収めた瞬間――彼らは、自分たちの目を疑うことになった。


 ・・・・・


 同じ頃、砦跡の広場では、のどかな昼下がりの時間が流れていた。

 拠点作りの作業は順調に進んでおり、エルクは広場に置かれた大きな木箱の上に座って、ぽかぽかと暖かい日差しを浴びていた。


「うーん……やっぱり、お昼寝にはもう少し日陰が必要かなぁ。ウーゴにお願いして、大きな葉っぱの木を生やしてもらおうかな」


 エルクがのんきに呟きながら足元を見ると、スライムのスラが気持ちよさそうに「ぷるぷる」と震えていた。スラから伝わってくる『あったかいっス〜』という単純で純粋な感情に、エルクも自然と頬を緩ませる。


 しかし、その平和な空気の中で、周囲の空気は微かに、だが鋭く変わった。


 最初に反応したのは、エルクの影に潜んでいた黒銀狼、ウルだった。

 ウルが影の中から音もなく這い出し、南東の森へ向かって低く、地を這うような唸り声を上げた。


「……? ウル、どうしたの? お腹空いた?」


 エルクが首を傾げて尋ねる。

 エルクは、規格外の魔力や強力なスキルを持っているが、決して万能ではない。特に、気配を殺した相手を遠距離から察知するような専門的な索敵能力は持ち合わせていなかった。


 そのため、今のエルクには、山の中に潜む偵察者の気配など全く分かっていないのだ。


『主よ。呑気なことを言っている場合ではない。南東の森に、嗅ぎ慣れぬ人間の臭いが三つある』


 ウルの鋭い念話が、エルクの脳内だけに響く。

 ほぼ同時に、中央会館の入り口で魔導書を広げていたプチスライムウィザードのライが、小さな杖をその方向へ向けた。


『エルクさん。隠密魔法の反応です。こちらを詳細に観察しているようですね』


 さらに、広場の隅で剣の手入れをしていたソウが立ち上がり、魔眼のラミアであるメアも静かにエルクの傍へと滑り寄ってきた。

 ソウにはウルの念話は聞こえない。だが、ウルの唸り声と視線の先、そしてエルクの抜けた反応を見れば、何が起きているか察するには十分だった。


「エルク、お昼寝の場所ならあっちの塔の下なんてどうかしら? 今はあそこが一番涼しそうよ」


「え、あっち? うーん、確かに良さそうだね。じゃあ、ちょっと見てこようかな」


 ソウに促され、エルクが素直に視線を移す。

 その隙に、ソウは表情から笑みを消し、メアに短く視線を送った。


「エルクは気づかなくていいわ。私たちが気づけばいいのよ」


 エルクは、その強大すぎる力ゆえに、細かな害意にまで意識を向ける必要がない。その「弱さ」とも呼べる無防備さを支えることこそが、自分たちの役割なのだとソウは考えていた。


「ええ、ソウ。あの方たちの『視線』、とても不愉快ですわ」


 メアがしなやかに身体をくねらせ、冷ややかな声で応じる。

 ソウはウルの黄金の瞳をじっと見つめた。言葉は通じないが、ソウの「排除する」という意思は、主を共有する仲間としてウルに伝わった。


 ウルは一度だけ短く鼻を鳴らして応えると、影の中に溶け込むように姿を消した。自分の眷族たちに、包囲の合図を送るために。


 ・・・・・


「……おい、あれを見ろ。何なんだ、あの光景は」


 崖の上から遠見の魔道具で観察していた調査員たちは、冷や汗を流しながら信じられない光景を見つめていた。


「リザードマンの戦士たちが……人間の小娘たちと一緒に、笑いながら瓦礫を運んでいる。それに、あそこで料理をしているのは、まさかラミアか!? 籠も鎖もなしに……!?」


 彼らの常識では、モンスターは討伐対象であり、知性を持つ種族であっても人間と相容れることは絶対にない。

 しかし、レンズの向こうには、屈強なリザードマンが人間の大工と協力して柱を立て、美しいラミアがメルやエネと談笑し、巨大なウッドゴーレムが自律的に働いているという、狂気すら感じるほど平和な「混成拠点」の光景が広がっていた。


「リーダー、これはマズいです……。テイム魔法の範疇を超えています。すぐに王都へ戻り、報告を――」


 リーダーが撤退を命じようとした、その瞬間だった。


「グルルルル……」


「ガァルッ……」


 背後の茂みから、低い、地を這うような唸り声が幾重にも重なって聞こえた。

 調査員たちが弾かれたように振り返ると、いつの間にか彼らの周囲を、数十頭にも及ぶ巨大な狼たちが完全に包囲していた。


 それは、最上位モンスターである黒銀狼ウルの統率を受けた眷族たちによる、完璧な「狩り」の陣形だった。


「武器を抜け! 突破するぞ!」


 リーダーが剣を抜こうとした時、頭上の枝からふわりと少女が飛び降りてきた。武術科のジャージを着た、ソウだ。


「動かない方がいいわよ。その子たち、主人の命令で手加減はしてくれてるけど……本気を疑わせるような真似はしないことね」


 ソウが剣の柄に手を当てて静かに告げる。彼女の横には、冷ややかな視線を向けるメアが音もなく立っていた。


 ・・・・・


 砦跡の広場に、縄で縛られた三人の調査員が引き立てられてきた。

 周囲では、リザードマンやラミアたちが警戒の目を向け、巨大なウーゴ(ウッドゴーレム)が彼らを見下ろしている。その威圧感だけで、調査員たちの顔は土気色に変わっていた。


「えっと……君たちは、王都から来た冒険者の人かな?」


 木箱の上に座ったままのエルクが、のんきな声で問いかけた。

 リーダーの男は、縛られたままエルクを睨みつける。


「……そうだ。俺たちは近くを探索していただけの冒険者だ。勝手に捕縛するとは、何のつもりだ」


 あくまで冒険者を装い、しらばっくれるつもりのようだ。

 しかし、エルクは特に彼らの身分を詮索する様子もなく、「ふーん」と頷いた。


「そっか。冒険者さんなんだね。それなら、この場所を見に来ただけならいいよ。別に隠してるわけじゃないし」


 エルクは、怒るでもなく、縛り首にするでもなく、あっさりとそう言った。

 調査員たちは拍子抜けしたように顔を見合わせる。この少年は、自分たちが探りを入れていることに本当に気付いていないのか? それなら、適当に誤魔化して逃げられるかもしれない。


 そう安堵しかけた彼らの耳に、エルクの言葉が続いた。


「でもね。勝手に中に入るのはだめだよ」


 その声は、相変わらず穏やかで、何の怒りもこもっていなかった。

 だが、その瞬間。

 エルクの背後に、ぬらりと巨大な影が立ち上がった。


 黒銀の毛並みを持つ狼、ウル。

 そして、空からドスンと重い音を立てて降り立った、漆黒の竜、ドラゴ。

 二体の最強モンスターが、エルクの左右に控えるように立ち、調査員たちを冷酷な瞳で見下ろしたのだ。


『主の言葉が聞こえたか。……次は、ないぞ』


 ウルの、エルクにしか聞こえないはずの念話が、その圧倒的な殺気と共に「意思」として調査員たちの脳を直接焼いた。

 エルク自身は全く威圧しているつもりはない。だが、主の言葉を絶対とする二体の従魔が、その背後で絶対的な「圧」を放っていた。


「ひっ……!」


「あ、あぁぁ……っ」


 調査員たちはガチガチと歯の根を鳴らし、全身の震えを止めることができなかった。

 本能が警鐘を鳴らしている。この少年は、怒らせてはいけない。この場所は、人間が安易に踏み込んでいい領域ではないのだ、と。


「じゃあ、気をつけて帰ってね。道が険しいから、転ばないようにね」


 エルクがにっこりと笑って縄を解くよう指示すると、調査員たちは弾かれたように立ち上がり、一目遷に山道を駆け下りていった。後ろを振り返る者すら一人もいなかった。


 ・・・・・


 数日後。王都の地下深く、諜報機関の作戦会議室。

 長机の奥で、報告書を読んだ騎士団長デイビスの顔が、驚愕で引きつっていた。


「……馬鹿な。これは何かの冗談か?」


 提出された報告書には、震える筆致でこう記されていた。


『辺境の旧砦跡にて、モンスターと人間の混成拠点を確認。

 リザードマン、ラミア等の危険種族が、人間と完全に共存し、組織的な開拓を行っている。

 中心人物は、エルク。

 及び、黒銀狼、漆黒の竜をはじめとする多数の高位モンスターを確認』


 そして、最後には絶望的な一文が添えられていた。


『戦力評価、測定不能。――現行の討伐部隊では、制圧不可能と具申する』

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