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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第84話 山を削る者たち

 空の主である嵐鷲王ゼルガから出された条件を呑み、エルクたち先遣隊は南の谷へと足を踏み入れていた。

 急な山道を下るにつれて、周囲の景色が少しずつ、しかし決定的に変わっていくのを全員が肌で感じていた。先ほどまで感じていた澄んだ空気は消え失せ、代わりに土埃と薬品のような鼻をつく異臭が漂い始めている。


「……ひどい有様ね。これが、人間の欲望の痕跡ってわけ」


 ソウが、足元に広がる荒れ果てた光景を見て深く眉をひそめた。

 つい先ほどまで青々と茂っていた豊かな森は、無惨にも切り拓かれていた。太い幹が根元からへし折られ、重機や馬車が通るための太い轍が地面に深く刻み込まれている。


 そして、傍らを流れる小川の水は、泥と何かの薬品が混ざったような淀んだ茶色に変色し、生き物の気配がすっかり消え失せていた。


『植物モ、土モ、泣イテイマス……』


 ウーゴ(ウッドゴーレム)が、切り倒された巨大な切り株にそっと木の手を触れ、悲しげな念話を送ってくる。

 森の木々と同調できるウーゴにとって、この環境破壊は単なる風景の変化ではなく、身を切られるような痛みを伴うものだった。


「ひどいな……。これじゃあ、小さなモンスターや動物たちは生きていけないよ」


 エルクが唇を噛み締める。

 足元には、行き場を失って震えている角兎ホーンラビットや、泥水を飲んで体調を崩している小さなスライムたちが、エルクの優しい魔力に引き寄せられるように集まってきていた。


 エルクはしゃがみ込み、「大丈夫だよ」と優しく声をかけながら、彼らに回復魔法をそっとかけてやる。


「エルク。あそこだ」


 クラウが険しい顔で谷の奥を指差した。

 木々が開けたその先、すり鉢状になった谷底に、巨大な採掘場が姿を現した。


 山肌は無惨に吹き飛ばされ、ぽっかりと黒い穴がいくつも開いている。そこから大量の土砂と、微かに光を放つ魔石の原石が運び出されていた。


「あれが魔石の採掘場……。想像以上に大規模ね。作業員だけでも百人はいるわ」


 ソウが岩陰から身を隠しつつ、冷徹に敵の戦力を分析する。

 周囲には、武装した冒険者や傭兵が数十人、さらに王国軍の紋章が入った鎧を着た兵士たちの姿もあった。


「やっぱりな。これだけの大規模な採掘なら、王国の後ろ盾があるに決まってる。おそらく王都の大商会が、王国に莫大な上納金を納めて独占採掘権を買ったんだ」


 クラウの言葉に、エルクは立ち上がり、迷いのない瞳で採掘場を見据えた。


「行こう。あいつらには、帰ってもらわなきゃ」


 エルクは隠れていた岩陰から堂々と歩み出た。

 後ろから、ウル、ドラゴ、ライオ、グリフといった強大な従魔たちが続く。クラウやソウたちも並び立ち、少数ながらも圧倒的な威圧感を放つ集団が、採掘場の正面へと向かっていった。


 ・・・・・


 採掘場の中央に設けられた天幕の下で、部隊長らしき男が運ばれてくる魔石の山を見て指示を出していた。


「おい、もっと掘り進めろ! ここは王国の財産になるんだからな!」


 そこへ、見張りの傭兵が慌てて駆け寄ってきた。


「隊長! 正面から何者かが近づいてきます! デカいモンスターを連れてますぜ!」


「なんだと?」


 部隊長が天幕から外へ出ると、そこには小柄な少年を先頭にした数人の若者と、それに付き従う巨大なモンスターたちの姿があった。

 部隊長は胡散臭そうに目を細める。


「貴様ら、一体何者だ? ここは我々が王国から正式に採掘権を得た場所だ。部外者は立ち入り禁止だぞ」


 その言葉に、エルクはのんびりとした足取りで進み、部隊長の前で立ち止まった。


「やっほー。君がここの責任者かな? 悪いんだけど、山を壊すのをやめて、今すぐここから出て行ってほしいんだ。できれば、荒らした森も元通りにしてから帰ってくれると嬉しいな」


 静かな谷底に、エルクの言葉が響き渡る。

 数秒の沈黙の後、部隊長は鼻で笑った。


「はっ! どこから迷い込んだか知らんが、馬鹿げたことを言う。ここは王国の未開拓地だ。人間が使って何が悪い?」


 部隊長は懐から羊皮紙を取り出した。そこには、王家の紋章が誇らしげに押されている。


「いいか、小僧。これは王国が発行した正式な許可証だ。我々は王国の法の下、正当な権利を持ってこの山を開発しているのだ。文句があるなら王都の偉いさんにでも言うんだな!」


 部隊長が勝ち誇ったように言うと、エルクの横からクラウが一歩前に出た。


「……王国の許可証、か。確かに王都の中なら絶対の効力があるだろうな」


 クラウの目は、冷たく部隊長を見据えていた。


「だがな、ここは王都じゃない。人間が勝手に線を引いて『王国の土地』と呼んでいるだけで、元々ここには無数の命が生きているんだ。王国の許可があっても、この山に住む者たちの許可がなければ、俺たちはそんな紙切れを認めない」


「な、なんだと……!? 貴様ら、王国の法に逆らうつもりか!」


 部隊長が顔を真っ赤にして激昂する。


「お前ら! やっちまえ! その生意気なガキどもを殺して、モンスターどもは素材として売り飛ばしてやる!」


 その命令を合図に、数十人の傭兵と王国兵が一斉に武器を振り上げ、エルクたちに襲いかかってきた。

 剣の輝きと、魔法使いが放つ炎弾が迫り来る。


「はぁ……やっぱり、こうなっちゃうよね」


 エルクは深くため息をついた。

 しかし、エルクは最強の主力であるウルとドラゴを動かさなかった。彼らの力は強大すぎる。本気を出せば、この谷ごと採掘隊を消し飛ばしてしまうだろう。


 今回示すべきは、「圧倒的な力」ではなく、「命を奪わずに制圧する力」なのだ。


「ライオ、グリフ。――殺さないように、武器だけを弾き飛ばしてね」


『ガァウッ!』

『キィィィッ!』


 エルクの指示に呼応し、第二前衛であるライオ(雷鳴獅子)と、空を駆けるグリフ(ヘルグリフォン)が前に飛び出した。


 ライオの全身から、眩い雷光が迸る。

 圧倒的なスピードで敵陣に飛び込んだライオは、爪や牙を一切使わず、強靭な前脚の『重み』だけで傭兵たちの武器を次々と叩き落としていく。


「なっ……速っ!?」


「ぐわぁっ!」


 ライオが通り過ぎるだけで、雷の麻痺効果が周囲にばら撒かれ、傭兵たちは次々と膝をついて動けなくなっていく。骨を折ることも、致命傷を与えることもない。ただ純粋に、戦う力を奪い去っていくのだ。


 同時に、上空へと舞い上がったグリフが、巨大な翼を大きく羽ばたかせた。


「空から来るぞ! 魔法使い、撃ち落とせ!」


 部隊長が叫ぶが、グリフの魔法のほうが早かった。

 グリフが起こした強烈な『竜巻』が、魔法使いの放った炎弾をいとも簡単に掻き消し、そのまま採掘隊の陣地を襲う。


 しかし、その竜巻は人を引き裂くようなものではない。ただ猛烈な風圧で、傭兵たちの体をふわりと持ち上げ、安全な後方へと容赦なく吹き飛ばしていくのだ。


「うわああああっ!?」


「だ、駄目だ! 全然刃が立たねぇ!」


 戦闘開始から、わずか数分。

 血は一滴も流れていない。誰一人として死んでいない。

 ただ、圧倒的すぎる力の差を見せつけられ、数十人の武装した男たちが完全に無力化されていた。


「ひぃっ……!」


 部隊長は、尻餅をつきながら後ずさった。

 自分たちが束になってかかっても、あの獅子とグリフォンには傷一つつけられない。その後ろには、まだ微動だにしていない黒銀の狼と漆黒の竜が控えているのだ。


 勝てるわけがない。戦いにすらなっていない。


「どう? これで分かってくれたかな」


 エルクが、倒れ伏す傭兵たちの間を抜けて、部隊長の前に立った。


「これ以上やるなら、次はもう少し痛いかもしれないよ。……帰ってくれる?」


 その穏やかな笑顔が、部隊長にはどんな脅しよりも恐ろしく見えた。


「くっ……! 全軍、撤退だ! 引き上げろ!!」


 部隊長の悲鳴のような命令に、傭兵や兵士たちは我先に武器を投げ捨て、谷の出口へと逃げ出していった。

 部隊長もまた逃げ出そうとしたが、最後に憎々しげな顔でクラウとエルクを振り返り、吐き捨てるように言った。


「王都が黙っていると思うなよ……! この恨み、必ず晴らしてやるからな!」


 そう言い残し、部隊長は逃げ去っていった。

 採掘隊が去った谷底には、静寂だけが残された。


「……ふぅ。これでよかったのかな」


 エルクが首を傾げると、クラウが苦笑しながら肩を叩いた。


「ああ。誰一人殺さずに、見事に追い払った。これで、俺たちの覚悟はゼルガにも伝わったはずだ」


 ・・・・・


 その頃。

 彼らの頭上、遥か高い上空の雲の隙間から、その一部始終を見下ろしている巨大な影があった。


 空の主、嵐鷲王ゼルガだ。


『……ニンゲンドモヲ、殺サズニ退ケタカ』


 ゼルガの巨大な瞳に、驚きと、そして確かな感嘆の色が浮かんでいた。

 力で蹂躙するのではなく、あえて手加減をし、命を奪わずに同族を追い出した。それは、「誰かを傷つけてまで居場所を作らない」というエルクの言葉が、嘘偽りのない真実であることを証明していた。


『アノ小僧……エルクト言ッタカ。ヤツラナラバ、コノ山ヲ任セテモヨイカモシレヌ』


 ゼルガは短く、だが穏やかな鳴き声を上げると、砦跡へと引き返すために再び高く舞い上がった。

 その翼に纏う風は、新しい未来の始まりを祝福するような、心地よい旋風へと変わっていた。

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