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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第83話 空の主の条件

『ニンゲンガ、コノ山ヲ荒ラサヌト、ドウ証明スル?』


 崩れかけた砦の塔の上から、空の主である嵐鷲王ゼルガが、地を這うような低い念話で問いかけてきた。

 吹き荒れていた暴風はわずかに収まったものの、依然としてゼルガの全身からはビリビリとした怒気と魔力が放たれ続けている。


 エルクは、その巨大な鳥型モンスターを真っ直ぐに見上げた。


「証明、かぁ。うーん……」


 エルクが腕を組んで首をひねる。

 エルクには、言葉で巧みに相手を騙したり、立派な契約書を用意したりするような器用な真似はできない。だからこそ、どうすれば自分たちの本気が伝わるのか、素直に悩んでいた。


「ゼルガ、と言ったな」


 エルクの隣に並び立ったクラウが、声を張り上げた。


「俺たちは、王国の兵士じゃない。王都の貴族に命令されてこの土地を奪いに来たわけでもないんだ。王国が押し付けてくる身勝手なルールが嫌で、俺たちなりの決まりで生きられる場所を探して、ここまで来た」


「そうよ。私たち人間だけじゃないわ。ここにいるラミアのメアも、リザードマンのレオル殿も、みんな同じ思いよ」


 ソウもクラウの言葉に同調し、ゼルガを見据えた。

 レオルが一歩前に出て、鋭い牙を見せながら口を開く。


「空の主よ。我はリザードマンの長、レオル。我々もまた、人間に迫害され、この山の麓に隠れ住んできた身だ。だが、このエルクという人間は少し違う。こいつは、我々モンスターを道具としてではなく、対等な仲間として扱う。だからこそ、我々もこいつらに協力し、ここまで案内してきたのだ」


 レオルの言葉は、力強く、そして誇りに満ちていた。

 人間だけでなく、知性を持つモンスターの長までもが、この少年を支持している。


 その事実は、ゼルガの瞳にわずかな戸惑いを生ませたように見えた。だが、それ以上の深い憎しみが、すぐにその戸惑いを塗り潰す。


『……戯言ヲ。ニンゲンガ我々ヲ対等ニ扱ウダト? 笑ワセルナ!』


 ゼルガが短く翼を羽ばたかせると、再び突風が吹き荒れ、エルクたちの髪や服を激しく揺さぶった。


『我ハ忘レヌ! カツテ、王国ト名乗ルニンゲンドモガ、コノ場所ニ石ノ壁ヲ築イタ時ノコトヲ!』


 ゼルガの念話には、血を吐くような悲痛な響きが混じっていた。


『ヤツラハ、己ラノ安全ノタメト称シ、周辺ノ森ヲ焼キ払ッタ。我々ノ同胞ヲ無差別ニ殺戮シ……我ガ空ノ巣ニマデ火ヲ放チ、罪ナキ卵ト雛ヲ焼イタノダ!』


 ゼルガの叫びに、その場にいた全員が息を呑んだ。

 かつて王国軍が辺境開拓のために行った、徹底的な排除。それは人間側から見れば「拠点の安全確保」だったのだろう。だが、もともとそこに住んでいたモンスターたちからすれば、理不尽極まりない虐殺と略奪でしかなかったのだ]。


『クルル……ッ! キィィィィッ!』


 その時、上空を旋回していたグリフ(ヘルグリフォン)が、悲痛な鳴き声を上げてエルクの傍らに舞い降りた。

 グリフはゼルガを見上げ、共鳴するように羽を震わせている。


「グリフ……」


 エルクは、そっとグリフの背を撫でた。

 グリフもまた、人間の手によって親を殺され、孤独になった過去を持っている。同じ空を生きるモンスターとして、家族を理不尽に奪われたゼルガの怒りと悲しみが、痛いほどよく理解できたのだ。


『主ヨ……コノ者ノ怒リハ、正当ナモノダ。人間ハ、我々カラ全テヲ奪ッテイク……』


 グリフから送られてきた念話には、拭いきれない人間への不信感が滲んでいた。エルクの従魔として絆を結んだ今でも、過去の傷はそう簡単に癒えるものではない。


「……ごめんね、ゼルガ。昔の人間が、君に酷いことをしたのは事実だ。僕が謝っても、失われたものは戻ってこないのは分かってる」


 エルクは、静かに、だがはっきりとした声で言った。


「でも、だからって、僕たちが君を傷つける理由にはならない。僕たちは、誰かを悲しませてまで、自分の居場所を作ろうとは思わないんだ」


『……』


『ニンゲンハ、イツモ同ジダ』


 ゼルガの瞳は、依然として冷ややかだった。


『最初ハ哀レミヲ見セテ許シヲ請イ、次ニ自分タチノ都合デ境界ヲ引キ、最後ニハ全テヲ奪ッテイク……。貴様ラガ今、ドレホド綺麗事ヲ並ベヨウトモ、結局ハ同ジコトヲ繰リ返スニ決マッテイル』


 その重い言葉に、クラウは奥歯を噛み締めた。

 ゼルガの言葉は、国作りの本質的な難しさを突いていた。


 人が集まり、拠点を作れば、必ず周囲の環境に影響を与える。木を切り、水を使い、食料を得るために狩りをする。善意だけで生きていくことはできず、どこかで必ず他の命と衝突するのだ。

 人間とモンスターが、真の意味で共存することの困難さを、クラウは改めて突きつけられていた。


「……それでも」


 沈黙を破ったのは、エルクだった。


「それでも、僕はやってみたいんだ。上手くいくかどうかなんて分からないけど、最初から諦めるのは嫌だからさ」


 エルクの瞳には、一切の迷いがなかった。

 その愚直なまでの真っ直ぐさに、ゼルガは長く息を吐き出した。


『……ナラバ、試シテヤロウ。貴様ラノ言葉ガ、真実カドウカヲ』


「試す?」


 ゼルガは鋭い嘴の先で、砦跡の南の方角を指し示した。


『ココカラ南ニ行ッタ谷ニ、貴様ラト同ジ、ニンゲンの群レガイル』


「人間の群れ? 冒険者かしら?」


 ソウが問いかけると、ゼルガは忌々しげに首を振った。


『否。ヤツラハ山ヲ削リ、地ヲ穿ッテイル。キラキラト光ル石ヲ掘リ出スタメニ、森ヲ荒ラシ、水ヲ濁シ、我ガ同胞タチノ巣ヲ無惨ニ壊シテイルノダ』


「魔石の採掘隊……!」


 クラウがハッと気付いて声を上げた。


『ソノ通リダ。ヤツラノ所業ニヨリ、多クノ小サキ命ガ行キ場ヲ失ッテイル。我ガ直々ニ滅ボシテモヨイガ……ソウナレバ、再ビ王国軍ノ大群ガ押シ寄セ、コノ山ハ火ノ海ニナルダロウ。ダカラ我ハ、静観スルシカナカッタ』


 ゼルガの目には、同胞を助けられない己の無力さへの怒りも混じっていた。


『ニンゲンヨ。貴様ラガ真ニ、コノ山ノ者タチト共ニ生キルト言ウノナラ……アノ谷ヲ荒ラス同族ドモヲ、貴様ラノ手デ止メテミセロ。ソレガ出来ルナラバ、コノ砦跡ヲ使ウコトヲ認メテヤロウ』


 それが、空の主から提示された条件だった。

 人間の採掘隊を排除すること。


 それはすなわち、エルクたちが「人間の都合」よりも「この山の住人たちの命」を優先するかどうかの、残酷な踏み絵でもあった。


「わかった! やめさせるように言ってくるよ!」


 エルクは、一秒の迷いもなく即答した。


「おい、エルク! ちょっと待て!」


 クラウが慌ててエルクの肩を掴む。


「なんだよ、クラウ。あいつら、勝手に山を壊してるんでしょ? ゼルガたちが困ってるんだから、止めるのは当然じゃないか」


「理屈はそうだけどな! いいか、魔石の採掘なんて大規模な事業、そこらの冒険者が勝手にやってるわけがない。間違いなく、王都の大商会が王国の許可を得てやってる正規の採掘隊だぞ!」


 クラウの表情は硬かった。


「ここで俺たちが採掘隊を追い出せば、それは明確に王国の利権を潰すことになる。完全に王国や商会との武力衝突に発展するんだぞ! 国を作る前に、いきなり国賊扱いになりかねないんだ!」


「えー? でも、もう王城の呼び出しすっぽかしてる時点で、半分くらい国賊みたいなもんじゃない?」


「それは……そうだけど!」


 痛いところを突かれ、クラウが言葉に詰まる。


「でも、避けては通れないわ、クラウ」


 ソウが、静かに、しかし強い決意を込めて言った。


「私たちの国を作るなら、最初に『何を守るべきか』を決めないといけない。王国の許可証と、この山で生きるモンスターたちの命。私たちがどちらを優先するか、ゼルガはそこを見ているのよ」


 ソウの言葉に、レオルも深く頷いた。


「左様。法や許可証など、人間が勝手に作ったものに過ぎん。我々にとって重要なのは、この山がこれ以上削られないことだ。……クラウ殿、お前たちはどうする?」


 クラウは、エルク、ソウ、そしてゼルガの鋭い視線を順番に受け止め、やがて大きくため息をついた。


「……分かってるよ。腹は括ってきたはずだからな。王都の連中と揉めるのは、最初から織り込み済みだ」


 クラウは覚悟を決めたように顔を上げ、ゼルガに向かって宣言した。


「あんたの条件、呑む。俺たちが、南の谷の採掘隊を止めてみせる」


『……ヨカロウ。我ハ空ヨリ、貴様ラノ行動ヲ見届ケサセテモラウ』


 ゼルガが巨大な翼を広げ、再び上空へと舞い上がっていく。巻き起こる突風が、エルクたちの決意を試すように吹き付けた。


・・・・・


 南の谷へと向かうため、急な山道を下り始めた一行。

 ウルとドラゴが先頭を歩き、ウーゴが足場を固めながら進んでいく。


 その道中、最後尾を歩いていたメアが、ふと足を止め、虚空を見つめて小さく呟いた。


「……この選択で、未来が少しだけ分かれました」


「え? メア、今何か言った?」


 前を歩いていたエルクが振り返る。

 メアは静かに首を振り、柔らかな笑みを浮かべた。


「いいえ。ただ、主様たちの進む道が、とても険しく……けれど、とても温かいものになりそうだと思っただけです」


 魔眼のラミアは、採掘隊との衝突の先に待つ困難な未来を視ていた。だが同時に、その困難を越えた先に、多くの種族が笑い合う光景をも幻視していた。


「そっか。うん、絶対にあったかい国にしようね!」


 エルクは嬉しそうに笑い、再び前を向いて歩き出した。

 彼らの歩む先には、王国の利権を背負った採掘隊が待っている。国作り最初の試練が、すぐそこまで迫っていた。

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