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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第82話 古い砦跡

 リザードマンとラミアが暮らす隠れ里から、さらに山脈の奥深くへと向かう道は、道と呼ぶのも憚られるほど険しいものだった。

 切り立った崖や、鬱蒼と生い茂る木々が、行く手を阻むように立ち塞がっている。


「エルクたち、気をつけて行ってきてね! こっちの調整は私とエネちゃんに任せて!」


「ティスとバジちゃんも一緒にお留守番してますから、安心して調査してきてください!」


 出発前、メルとエネは村の広場から大きく手を振って見送ってくれた。

 彼女たちは、リザードマンとラミアの生活空間の調整や、今後移住してくる人間たちのための事前準備を担当するため、この村に残ることになったのだ。


「メル、エネ! 何かあったらすぐに念話で知らせてくれよ!」


「二人とも、無理しないでねー!」


 クラウとエルクが振り返って答え、一行は本格的に山道へと足を踏み入れた。

 今回の砦跡調査に向かう先遣隊は、エルク、クラウ、ソウの三人に加え、魔眼のラミアであるメア、そして案内役を買って出てくれたリザードマンの長、レオルの五人だ。


 同行する従魔は、主力となるウルとドラゴ、空からの偵察を担うグリフ、魔法や分析に長けたライ、そして建築と拠点整備の要であるウーゴ(ウッドゴーレム)の五体である。


「それにしても、すごい山道ね。普通の人間なら、登るだけで一苦労どころか遭難するレベルだわ」


 ソウが、目の前にそびえ立つ岩壁を見上げてため息をついた。

 武術科で鍛え上げている彼女でさえ、この地形の険しさには舌を巻いている。


「だからこそ、王国軍もかつてここを放棄したのだろう。外敵からは身を守りやすいが、王都からの物資の補給路を維持するには過酷すぎる地形だ」


 レオルが岩場を身軽に跳び越えながら説明する。


「なるほどな。でも、俺たちには物資の運搬ならダクトの『収容』があるし、エルクの空間魔法を使えば補給路の問題は一気に解決する。拠点にするなら、むしろこれくらい険しい方が都合がいい」


 クラウが真剣な表情で地形を分析する。彼はすでに、ここを「ただの住処」ではなく、王国軍が干渉してきた際の「防衛拠点」として見定めていた。


「主様、足元にお気をつけください。この辺りは地盤が緩くなっています」


 メアが、蛇の下半身を滑らかに滑らせながらエルクを気遣う。


「ありがとう、メア。でも大丈夫だよ。ほら、ウーゴが道を作ってくれてるしね」


 エルクが指差す先では、ウーゴが『木生成』と『木操作』の能力を駆使して、歩きにくい岩場に太い木の根を這わせ、即席の階段や橋を作り出しながら進んでいた。


『ウーゴ、ベンリ』


 ウーゴは短い単語でそう応え、黙々と作業を続ける。

 その後ろを、ドラゴがのしのしと歩いていた。


『こんな山道、飛んでいけば一瞬なのだ。エルク、僕の背中に乗るのだ!』


「ドラゴは大きすぎるから、木にぶつかっちゃうでしょ。のんびり歩いていくのも悪くないよ。ねえ、ウル?」


 エルクの影の中から、ウルの低い声が響く。


『主の言う通りだ。それに、この山には空の主がいるとレオル殿が言っていたからな。無闇に空を飛んで刺激するのは得策ではないだろう』


『むぅ……ウル殿がそう言うなら仕方ないのだ』


 そんな会話を交わしながら進むこと数時間。

 険しい山道を抜けた一行の目の前に、不意に視界が開けた場所が現れた。


「……着いたぞ。ここが、かつて人間が築き、そして放棄した古い砦の跡地だ」


 レオルが立ち止まり、前方を示す。

 エルクたちは、その光景を見て思わず息を呑んだ。


「すごい……想像以上に、立派な場所じゃないか」


 クラウが感嘆の声を漏らす。

 そこは、周囲を険しい山々に囲まれた、すり鉢状の盆地のような高台だった。


 中央には、長い年月によって崩れかけてはいるものの、石造りの堅牢な城壁の基礎がしっかりと残っている。見晴らしは抜群で、一つの方向からしか大規模な軍勢が侵入できないような天然の防壁に守られていた。


「城壁だけじゃないわ。見て、あそこ! 綺麗な水が湧き出てる!」


 ソウが指差した先には、岩肌からこんこんと湧き出す澄んだ泉があった。水は小川となって、高台の端へと流れていっている。


「湧き水に、木材が豊富に取れそうな深い森。おまけに鉱石の気配もするわね。これなら、生活の基盤を整えるには十分すぎるわ」


 ソウは目を輝かせながら周囲を見渡した。


「さっそく、調査を始めよう。ウーゴ、あの崩れた城壁や住居跡、直せそうか?」


 クラウの指示を受け、ウーゴが崩れた石壁に近づき、そっと巨大な木の手を触れる。


『カクニン……カノウ。石ト木ヲ、融合サセテ、ホキョウデキル』


「よし! それなら防衛線はすぐに構築できるな」


 エルクの足元では、ライ(プチスライムウィザード)が湧き水の近くまで移動し、魔力を探っていた。


『エルクさん。この湧き水は非常に清らかで、毒の類は一切ありません。さらに、この地下には広大な空間……使えそうな地下倉庫の跡があるようです。それに、微かですが、強力な魔力脈の流れも感じます』


「地下倉庫に魔力脈! 最高だね。涼しいし、お昼寝するにはもってこいかもしれない!」


 エルクがのんきに喜んでいると、不意に上空を飛んでいたグリフ(ヘルグリフォン)が、けたたましい鳴き声を上げた。


『ギィィィィッ!!』


「グリフ? どうしたの?」


 グリフは空中で激しく旋回し、何かを酷く警戒するように羽毛を逆立てている。グリフ自身も空のモンスターであるため、自分より上位の存在の気配を敏感に察知したのだ。


『エルクさん! 上だ! とんでもないのが来ます!』


 ライが叫んだ直後。

 太陽の光が遮られ、巨大な影が砦跡一帯を覆い尽くした。


「な、なんだ、あれは……!」


 クラウが上空を見上げ、絶句する。

 そこにいたのは、ドラゴにも匹敵するほどの巨体を持つ、巨大な鳥型のモンスターだった。


 全身を荒れ狂う嵐のような魔力を纏い、鋭い嘴と、鋼のように輝く巨大な爪を持っている。翼を一度羽ばたかせるだけで、周囲の木々が大きく揺れ、暴風が巻き起こった。


「あれが……空の主」


 レオルが槍を構え、額に冷や汗を浮かべる。

 嵐鷲王ゼルガ。


 この古い砦跡一帯を己の縄張りとする、絶対的な空の支配者である。


『ニンゲン……! 忌マワシキ、ニンゲンドモメ!!』


 ゼルガの意思が、怒りに満ちた念話となってエルクたちの脳裏に直接響き渡った。

 かつて王国軍がこの地に砦を築いた際、彼らは周辺のモンスターを無差別に討伐し、ゼルガの空の巣を焼き払ったのだ。その過去の記憶が、人間に対する激しい憎悪となって渦巻いている。


『我ガ空ヲ、我ガ大地ヲ、二度ト汚サセハシナイ! ココデ塵ト散レ、ニンゲン!!』


 ゼルガが急降下し、その巨大な爪でエルクたちを即座に引き裂こうと迫る。

 すかさず、エルクの影からウルが飛び出し、空中に向かって激しい威圧を放った。同時に、ドラゴが前に進み出て、迎撃のブレスを吐こうと大きく息を吸い込む。


「ウル! ドラゴ! 待って、攻撃しないで!」


 エルクが鋭い声で二体を制止した。


『主よ! しかし!』


『エルク、あいつはヤる気なのだ!』


「いいから! 僕が話すよ」


 エルクはウルとドラゴを背後に下がらせると、急降下してくる嵐鷲王ゼルガに向かって、武器を構えることもなく、丸腰のまま一歩前に出た。


「あのさ! いきなりごめんね! 僕たち、ここに住みたいんだけど、君のものを勝手に取るつもりは全然ないんだ!」


 暴風が吹き荒れる中、エルクの気の抜けた、しかし不思議とよく通る声が響き渡った。


「話し合い、できるかな?」


 その言葉に、ゼルガの動きが空中でピタリと止まった。

 巨大な爪がエルクの頭上わずか数メートルのところで停止し、巻き起こった突風がエルクの髪を激しく揺らす。


『……ハナシア……イ、ダト?』


 ゼルガの巨大な瞳が、驚愕に見開かれた。

 人間は、いつも自分たちモンスターを見れば、恐怖して逃げ惑うか、あるいは武器を構えて殺そうとしてくるかのどちらかだった。


 このように、圧倒的な力の差(とゼルガは思っている)を前にして、平然と「話し合い」を持ちかけてきた人間など、ゼルガの長い生涯において初めてだったのだ。

 しかも、その背後に控えている黒銀狼と黒き竜は、自分に匹敵する、いや、それ以上の底知れぬ魔力を秘めている。彼らが本気を出せば、自分を迎撃できたはずだ。それをあえて止めさせたこの少年に、ゼルガは僅かな戸惑いを覚えた。


『ニンゲンヨ。貴様ラハ、王国ノ軍デハナイノカ?』


 ゼルガが上空でホバリングしながら、低く唸るような念話を送ってくる。


「違うよ。僕たちは王都から逃げて……いや、王都を出てきたんだ。自分たちの国を作るためにね。だから、君の縄張りを荒らしたり、巣を焼いたりなんて絶対にしないよ」


「エルクの言う通りだ。俺たちは、無闇な殺生をするつもりはない」


 クラウも武器から手を放し、エルクの隣に並んだ。ソウも、メアも、レオルもそれに続く。

 ゼルガは、人間とラミア、リザードマン、そして強大なモンスターたちが同じ群れとして行動している奇妙な光景を、じっと見下ろした。


『……ニンゲンノ言葉ナド、信ジラレルモノカ。ヤツラハ何時モ同ジダ。最初ハ許シヲ請イ、次ニ境界ヲ引キ、最後ニハ全テヲ奪ッテイク』


 ゼルガの声には、深く根強い不信感が滲んでいた。

 かつての王国軍がそうであったように、言葉で誤魔化し、油断したところを狙われるのではないかという警戒だ。


 空を飛ぶグリフが、ゼルガのその悲痛な怒りを感じ取り、悲しげに『クルル……』と鳴いた。同じ空を生きるモンスターとして、人間の身勝手さに親を奪われたグリフには、ゼルガの痛みが痛いほどよく理解できたのだ。


「そうだよね。急に信じてくれって言っても、無理なのは分かってるよ。でも、僕たちは本当に、君と争いたくないんだ」


 エルクは真っ直ぐにゼルガの瞳を見つめ返した。


「どうすれば、信じてもらえるかな?」


 エルクの真摯な問いかけに、ゼルガはしばらくの間、沈黙した。

 ただの力押しではなく、対話を求める姿勢。そして、背後の強大なモンスターたちを抑え込んでいるという事実。


 ゼルガはゆっくりと高度を下げ、砦の崩れた塔の上に降り立った。


『……ナラバ、証ヲ見セロ』


 ゼルガは、低く、しかし地の底から響くような威厳に満ちた声で告げた。


『ニンゲンガ、コノ山ヲ荒ラサヌト、ドウ証明スル?』


 ゼルガから突きつけられた重い問いかけ。

 ここから、国作りのための最初の「交渉」が始まろうとしていた。

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