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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第79話 説明より先に出発します

 部室の机の上に置かれた、王家の紋章が刻まれた一通の書状。

 『辺境移住の前に、王国への正式な説明を求める。明日、王城へ出頭せよ』

 その文面を前に、「モンスターの国研究会」の部室には重苦しい沈黙が降りていた。


「どうするの、これ……」


 メルが不安げに書状を見つめる。


「無視すれば、王家の命令に逆らったとして反逆者扱いされる可能性がある。かといって、のこのこ王城に出向いていけば……」


 クラウが頭を抱えながら呻いた。


「間違いなく、軟禁か交渉の引き延ばしね。私たちの戦力……特にドラゴやウルの力を、王国が手放すわけがないもの。説明なんて建前で、何かしらの理由をつけて王都から出さないようにするはずよ」


 ソウが腕を組み、冷徹に状況を分析する。

 エネは自分の影に隠れているバジちゃん(バジリスク)と、足元にいるティス(マンティス)を庇うように抱き寄せ、顔を青ざめさせていた。


「そ、そんな……。私たち、どうなっちゃうんでしょうか……」


 その時、静かに目を閉じていたメア(魔眼のラミア)がぽつりと呟いた。


「最悪の未来の一つとして……主様以外の私たちが人質として王城の地下牢に繋がれ、主様が王国軍の兵器として前線に立たされる光景が視えます」


「メア! そういう怖い未来をサラッと言わないで!」


 クラウが慌てて突っ込む。

 全員が絶望的な空気に包まれかけたその時だった。


「じゃあ、先に行っちゃおうか」


 エルクが、お茶をすすりながらあっさりとそう言った。


「……は?」


「だから、明日呼ばれてるんでしょ? 明日になる前に、今日このまま辺境に行っちゃえばいいじゃん」


 エルクの考えはあまりにも単純だった。

 まだ王都にいるから、王城に呼び出されて捕まえようとされる。なら、呼ばれる前に王都の手が届かない場所へ行ってしまえばいい。


「お前な……理屈はそうだけど、それだと完全に夜逃げだぞ!?」


 クラウが机を叩いて立ち上がる。


「逃げじゃないよ。予定していた引っ越しが、少しだけ早まっただけだよ」


「それを世間では逃亡って言うんだよ!」


「でも、エルクくんの言う通りよ」


 ソウがクラウを制し、エルクに同意した。


「相手の罠が張られている場所にわざわざ飛び込む馬鹿はいないわ。捕まる前にその場から離脱する。戦いの基本よ」


「ソウまで……。だが、学園の許可や王城への返答はどうするんだ? 完全に無視したら、ジン爺(学園長)にまで迷惑がかかるかもしれないぞ」


 クラウがもっともな懸念を口にした、その時だった。


「ほっほっほ。その心配は無用じゃよ」


 いつの間にか部室の扉が開き、白髭を揺らしながらジン爺が入ってきた。


「お爺ちゃん!」


「ジン学園長……!」


「王城への説明なら、ワシが上手く時間を稼いでおいてやるわい。王城の連中には、『優秀な若者たちは、学園の命により辺境の長期実地調査へ向かいましたぞ。なにせ熱心なものでしてな』とでも言っておこう」


 ジン爺は悪戯っぽく片目をウィンクしてみせた。


「学園長……そこまでしてくださるんですか?」


「お主らは、ワシの可愛い生徒であり、孫のようなものじゃからな。それに、これ以上王都のしがらみに縛り付けては、お主らの可能性を潰してしまう。エルクよ、行け。お主が望む場所を、その手で創り上げてみせよ」


「うん! ありがとう、お爺ちゃん!」


 エルクは満面の笑みで頷いた。


「よし、学園長がそう言ってくれるなら迷うことはない。全員、出発の準備だ! ダクト、荷物を頼む!」


 クラウの号令で、全員が動き出す。

 ダクト(プロダクトスライム)が「ぷるんっ!」と震え、部室にまとめられていた大量の物資を次々と体内の『収容』スペースへと飲み込んでいく。


 ウル、ドラゴ、ライオといった大型の従魔たちはすでに学園の裏手にある森で待機している。エルクの頭の上にはスラが乗り、足元にはライが控えていた。


 ・・・・・


 学園の裏手。

 木漏れ日が差し込む森の広場に、エルクたち先遣隊は集結していた。


 空間魔法で転移する準備を整えようとしたその時、ガサガサと草を踏み分ける音が聞こえ、数人の生徒たちが姿を現した。


「あ、エルク! やっぱりここだったか!」


 声をかけてきたのは、従魔専攻の先輩であるバッツだった。その後ろには、他にも何人かの見知った生徒たちの姿がある。


「バッツ先輩? どうしてここに?」


 エルクが首を傾げると、バッツは少し寂しそうな、けれど清々しい笑顔を向けた。


「お前たちが急に王都を出るって噂になってたからな。見送りに来たんだよ。……本当に、国を作るのか?」


「うん。僕たちとモンスターが、のんびり一緒に暮らせる場所を作ろうと思ってね」


 エルクが迷いなく答えると、集まった生徒たちの間にざわめきが広がった。

 多くは野次馬のようだったが、その中には、熱を帯びた瞳でエルクやクラウを見つめる者たちがいた。


「エルク……俺、お前のテイムを見て、もっと強くなりたいって思ったんだ。テイマーにはこんな可能性があるんだって、初めて知った」


 一人の下級生が、自分の傍らにいるスライムを抱きしめながら言った。


「俺もだ! いつか俺も強い従魔をテイムして、お前たちが作った国に行ってみたい! その時は、入れてくれるか?」


 別のテイマーの生徒が身を乗り出して叫ぶ。

 春の武術大会での圧倒的な力、そして悪魔を退けた事実。当初は「変人集団」や「危険人物」として見られていたエルクたちは、いつの間にか、古い常識に縛られない若いテイマーたちにとっての『新しい可能性の象徴』となっていたのだ。


 エルクは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく笑った。


「もちろんいいよ! 皆で昼寝できるくらい、大きくて安全な場所にしておくからさ!」


「おいおい、エルク。昼寝が目的みたいになってるぞ。……だが、俺たちが道を作る。いつかお前たちが来れるように、必ず安全な拠点を作ってみせるさ」


 クラウがエルクの肩を叩きながら、生徒たちに向かって力強く宣言した。

 生徒たちから、「頑張れよ!」「気をつけてな!」と声援が飛ぶ。


「さて、そろそろ時間ね。王都の監視の目も、いつこっちに向くか分からないわ」


 ソウが周囲の気配を探りながら促した。


「うん、そうだね。じゃあ、行くよ! 皆、僕の近くに集まって!」


 エルクの言葉に、クラウ、メル、エネ、ソウ、メアが円陣を組むように集まる。

 周囲には、ウル、ドラゴ、ライオ、グリフ、ウーゴ、アラーネ、ラネ、そしてダクトたちが控えている。クラウのベルやバオム、メルのファンたちも一緒だ。


「馬車で正門から出たら、すぐに追手が来ちゃうからね。空間魔法で一気に辺境まで飛んじゃうよ!」


 エルクが魔力を練り上げ始めると、足元に巨大な魔法陣が展開されていく。

 王城の監視兵たちは、まさかこれだけの大人数と大型モンスターの群れを一瞬で転移させる手段があるとは予想もしていないだろう。


 メアが、展開される魔法陣の光を見つめながら、静かに微笑んだ。


「未来は、ここから分かれます。私たちの、新しい未来が」


「よし! それじゃあ出発!」


 エルクが空間魔法を発動させた瞬間、学園の裏森は眩い白光に包まれた。

 光が収まった後、そこにはエルクたちはおろか、巨大なドラゴンの痕跡すら一つも残されていなかった。王都の監視網を完全に欺き、彼らは王城の呼び出しをすっぽかして、誰の干渉も受けない空の彼方へと姿を消したのだった。


 ・・・・・


 同じ頃。

 王城の騎士団本部では、怒号が飛び交っていた。


「なんだと!? エルクたちが姿を消しただと!?」


 報告を受けた騎士団長デイビスが、机を激しく叩きつけた。

 その傍らで、監察官や騎士団の上層部たちが青ざめた顔で報告書を覗き込んでいる。


「は、はい! 学園の裏手で大規模な魔力反応が確認された後、対象および同行する数十体の危険モンスターの気配が、完全にロストいたしました!」


「馬鹿な……あれだけの数のモンスターを連れて、王都の監視網をどうやって潜り抜けたというのだ!?」


「おそらく……超長距離の空間魔法かと。痕跡から見て、相当な距離を転移したと考えられます」


 部下の報告に、デイビスはギリッと歯を食いしばった。


「明日、王城へ出頭せよと通達したばかりだぞ! 学園長は調査に向かったと言い張っているそうだが、これは明らかに意図的な逃亡ではないか!」


「逃亡、ではありませんよ」


 青ざめた顔の騎士の一人が、震える声で訂正した。


「彼らは逃げたのではありません。あの圧倒的な力を持つドラゴンや狼を連れて……単に、我々の手が届かぬ場所へ自らの意思で移っただけです」


 その言葉に、会議室は水を打ったように静まり返った。

 悪魔を単騎で粉砕する戦力を持つ少年が、王国の管理を拒絶し、野に放たれた。それは王国にとって、未知なる巨大な脅威の誕生を意味していた。


「……すぐに全土に密偵を放て! 奴らの行き先を突き止めるのだ! 国家の管理下にないモンスターの独立勢力など、絶対に認められるものか!」


 王国側は、エルクたちの姿を探るため、血眼になって動き出し始めた。

 しかし、その頃エルクたちはすでに、王国軍の足すら届かない遥か遠く、イェール村の近郊へと降り立っていたのである。

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