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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第一部・王都学園編
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第73話 決勝前夜のざわめき

前回のあらすじ


準決勝優勢→相手の暴走→ドラゴ登場→会場騒然→準決勝勝利

 学園武術大会の準決勝で起きた事件は、瞬く間に王都中を駆け巡った。

 一人の学生が、単体で国家を滅ぼすとも言われる古の存在――規格外の竜を闘技場に召喚したのだ。その衝撃は、ただの武術大会の枠を大きく逸脱していた。


 試合の直後、大会の運営委員会は即座に招集され、大紛糾となった。


『対戦相手のゼインは、禁止薬物の使用および結界の破壊、観客への無差別攻撃を行おうとした。これは明白な失格であり、退学処分も免れない重罪だ!』


『だが、あのエルクという生徒も同罪だろう! たとえ学園長の推薦であろうと個人戦のルールである「従魔は一匹まで」という規定を破り、あのような……あのような恐ろしい化け物を闘技場に出現させたのだぞ! 両者共に失格とするのが妥当だ!』


 委員会の誰もが「エルクも失格処分にするべき」という意見に傾きかけていた。

 その時、来賓席から降りてきた学園長――ジン爺が、静かに、だが絶対的な威厳を持って言葉を発したのだ。


『待たれよ。エルクがルールを破ったのは事実じゃ。じゃが、あのまま彼が止めに入らねば、観客席の結界は確実に破られ、多数の生徒や来賓が業火に巻かれていたはずじゃ。彼は仲間と観客を守るため、あえて自らの手を汚した。その行動は罰せられるべきではなく、むしろ称賛されるべきじゃろうて』


 ジン爺の強い口添え。さらに、実際に結界の維持に当たっていた教師陣からも「あのままでは防ぎきれなかった。彼の介入に救われた」という証言が相次いだ。

 結果として、ゼインは重罪人として騎士団に身柄を引き渡され失格。エルクは「緊急避難的な特例」として失格を免れ、そのまま決勝戦へと駒を進めることが決定したのである。


 ・・・・・


「……というわけで、あんたの決勝進出は取り消されなかったわよ。感謝しなさいよね」


 その日の夕方。

 『モンスターの国研究会』の部室で、ソウが呆れたような、それでいて少し安堵したような声で告げた。


「えぇ〜。失格になって、明日はお昼寝できると思ってたのに〜」


 部室の机に突っ伏していたエルクが、情けない声で呻く。

 その足元では、事の重大さをまったく理解していないスラが『兄貴、明日の決勝もおいら頑張るッス!』とばかりにぽよぽよと跳ねていた。


「バカ言わないの! 学園長がどれだけ頭を下げて回ったと思ってるのよ。ダイキン先生なんて、胃薬を丸呑みしてたわよ」


「うぅ……ごめんなさい……。でも、ドラゴがちょうどよかったんだよぉ〜」


 エルクは両手で頭を抱え、本気で落ち込んでいた。

 事態は「ちょっと目立ってしまった」などというレベルではない。

 ドラゴを人前に出したことで、学園内はもちろん、王都全体が騒然となっている。エルクが部室に来るまでの道中も、遠巻きに見つめる生徒たちの目は「畏怖」と「恐怖」に染まっていたし、学園の外には王都騎士団や有力貴族の使いの者がウロウロと身辺を探り始めている気配があった。


「やりすぎた〜。こんなことなら、個人戦なんて出なきゃよかったよ〜」


 本気で青ざめるエルクの背中を、クラウが力強くバンッと叩いた。


「痛っ!」


「何言ってやがる。お前は観客みんなを守るために、仕方なくあいつを呼んだんだろ。ルールより仲間を優先したお前を、俺は誇りに思うぜ」


「クラウ……」


「そうですよ、エルクさん! エルクさんが助けてくれなかったら、私たち大火傷してました! 本当に、ありがとうございました!」


 エネが胸の前で両手を組み、深い感謝の眼差しを向ける。


「うん! それに、ドラゴちゃんすっごく大きくてカッコよかったよ!」


 メルも屈託のない笑顔で笑い飛ばす。

 仲間たちの温かい言葉に、エルクは少しだけ顔を上げ、ほんのりと頬を緩ませた。


「みんな……。ありがとう。でも、研究会ここにも妙な視線が集まっちゃってるみたいだし、迷惑かけちゃってごめんね」


「今さらでしょ。私たちは『モンスターとの共存』っていう厄介なテーマを掲げてるんだから、注目されるのは織り込み済みよ。……まあ、予想の百倍くらい斜め上の注目を集めちゃったけどね」


 ソウが肩をすくめた、その時だった。


「ほっほっほ。若い衆は相変わらず元気じゃのぅ」


 部室のドアが開き、ジン爺がふらりと入ってきた。

 その顔にはいつもの飄々とした笑みが浮かんでいるが、纏う空気はどこか真剣なものだった。


「ジン爺ぃ。ごめんなさい、僕のせいで迷惑かけちゃって」


 エルクがしょんぼりと立ち上がると、ジン爺はゆっくりと首を横に振った。


「謝る必要はないと言うたじゃろ。お主の判断は間違っておらんかったぞ。だがな、エルクよ」


 ジン爺の目が、スッと細められる。


「……もう、隠し通せんぞ」


 その言葉の重みに、部室の空気がピンと張り詰めた。


「お主はこれまで、『目立ちたくない』『面倒は嫌だ』と、自分の力をなるべく隠そうとしてきたがの。あの竜を公の場に出したことで、王族も騎士団も、お主という存在の『危険性』と『価値』に気づいてしもうた」


「危険性と、価値……」


「そうじゃ。単体で国を滅ぼしかねない竜を従える少年。そんな規格外の存在を、国家がただの一学生として放っておくわけがない。お主の持つ強さは、もはや『ただの便利な力』ではない。周囲の目も、お主自身の立場も、ひいてはこの国のパワーバランスごと変えてしまうほどのものなんじゃ」


 ジン爺の言葉が、エルクの胸に深く突き刺さる。

 これまで、エルクは辺境の森でモンスターたちと遊ぶ延長線上で生きてきた。強さは、自分や仲間が平穏に暮らすための手段でしかなかった。


 だが、ここは王都だ。

 強すぎる力は、それを持つ者の意志に関わらず、波紋を広げ、多くの思惑を引き寄せてしまう。


「……どう生きるか、お主の力で何を成すのか。そろそろ、お主自身が明確に決めねばならん時期が来たようじゃな」


「……僕が、決める」


 エルクは自分の手のひらを見つめた。

 この手で、ドラゴを呼んだ。仲間を守るために。

 もしあの時、面倒事や自分の立場を気にして力を出し惜しみしていたら、きっと後悔していただろう。


「……うん。分かったよ、ジン爺」


 エルクの瞳から、迷いが消えた。


「じゃあエルク、明日の決勝はどうするんだ? これ以上目立ちたくないなら、辞退する手もあるが……」


 クラウが心配そうに尋ねる。

 周囲の思惑が渦巻く中、無理に決勝の舞台に立つ必要はない。そう言外に伝えていた。


 だが、エルクは小さく首を振った。


「ううん、出るよ。ここで逃げたら、ジン爺が色んな人に謝ってくれたことにも泥を塗っちゃうしね」


「おおっ! よし、その意気だ! 思いっきり暴れて、優勝をもぎ取ってこい!」


 クラウが嬉しそうに拳を突き上げる。

 しかし、エルクは「あはは〜」といつもの気の抜けた笑いを浮かべて頬を掻いた。


「でも、どうやったら一番『自然に』負けられるかな〜。相手の攻撃を避けつつ、うっかり足がもつれて場外に転がり落ちるフリとか……うん、それなら弱そうに見えるかも」


「……は?」


「まだそんなこと言ってんのか、このアホは!!」


 ソウの強烈なツッコミと共に、丸めた資料がエルクの頭にスパーンとクリーンヒットした。


「痛っ! 理不尽!」


「当たり前でしょ! ドラゴを出して完全に化け物扱いされてるのに、今さら『自然に負ける』もクソもないわよ! 相手は武術科最強の特待生、アレンなんだから、うっかり負けるフリなんて通じるわけないでしょ!」


「えぇ〜、でも勝っちゃったらさらに目立つじゃん……」


「もう手遅れなの!!」


 ギャーギャーと騒がしくなる部室。

 ジン爺は「ほっほっほ」と笑いながら、その様子を温かい目で見守っていた。

 国家の思惑や自身の立場などという重圧を前にしても、「どうやって目立たずに終わるか」を真剣に悩んでいるあたりが、いかにもエルクらしい。


 彼ならきっと、どんな状況になっても自分を見失うことはないだろう。


 ・・・・・


 同じ頃。

 学園の武術科専用の修練場には、静寂だけが満ちていた。

 明日の決勝戦でエルクの相手となる、武術科三年最強の天才剣士――アレンである。


 彼は月明かりが差し込む窓辺で、愛用の長剣を静かに、そして丁寧に研ぎ澄ませていた。

 シュッ、シュッという鋼の音だけが響く。


「……エルク」


 アレンの脳裏に焼き付いているのは、今日の準決勝で見せたあの規格外の竜の姿。

 そして何より、あの絶望的な存在を前にしても、微塵も恐怖を感じず、まるで飼い犬のように優しく撫でていた少年の横顔だ。


 武術科の生徒たちは、皆一様にエルクに怯え、明日の決勝など棄権すべきだと彼に忠告してきた。

 あれは剣術や魔法でどうにかなる相手ではない。同じ土俵に立つことすら無謀だと。


「……だが」


 アレンは研ぎ終えた剣を月光にかざし、その鋭い刃に己の瞳を映した。


「竜の力は、あくまで従魔の力。彼自身が、剣の頂を目指すに足る真の強者であるかどうかは……剣を交えねば分からない」


 アレンの瞳には、恐怖も、畏怖もなかった。

 あるのは純粋な武への探求心と、未知なる強敵に対する静かな闘志だけだ。


 カチャリ、と剣を鞘に収める。


「明日、確かめる。……俺の全てを懸けて」


 静かに呟かれたその言葉は、誰に届くこともなく夜の闇に溶けていった。

 もはや誰も、明日の決勝をただの学生大会として見ていない。

 それぞれの思惑と覚悟が交錯する中、運命の決勝戦の朝が、静かに近づいていた。

読んでいただきありがとうございます。


これからもよろしくお願いします。

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