第71話 封じられた転移と仲間の知恵
前回のあらすじ
三回戦勝利
学園武術大会もいよいよ準々決勝。
予選を勝ち抜いたのは、もはや運や勢いだけでは到達できない、学園内でも一握りの実力者たちばかりとなっていた。
その日の第一試合。
闘技場の広大なフィールドで行われていたのは、クラウ率いる『モンスターの国研究会』チームが出場する団体戦の準々決勝だった。
「いけ、バオム! 正面を支えろ! ベルは後衛を突き崩せ!」
クラウの鋭い指揮が飛ぶ。
対戦相手は、武術科三年生の特待生ヴァンが率いる、バランスの取れた三人編成のチームだ。
「雷鳴の剣」の異名を持つヴァンが前衛を張り、その後ろから魔術師が精密な援護射撃を行い、もう一人の軽戦士が遊撃として死角を狙ってくる完璧な布陣。
「ハァッ!!」
ヴァンの振るう、雷光を纏った鋭い連撃。
それをバオムが丸太のような剛腕を交差させて受け止める。ドォォン! という重低音と共に凄まじい火花が散るが、バオムの持つスキル【物理耐性】と分厚い木の装甲が、その威力をしっかりと殺していた。
「今だ! 雷弾!」
後衛の魔術師が放った複数の雷の礫が、バオムの防御の隙を突いてクラウへと殺到する。
「させるかよ! バオム、【大樹の壁】!」
クラウの魔力が従魔たちへと流れ込み、能力を底上げする。
バオムが闘技場の床に手を触れると同時に、スキル【木生成】によって太い樹木が急速にせり上がり、強固な木の壁となってクラウを守る盾となった。
「させないよ、ワンちゃん!」
その壁の死角から後衛を狙おうとしたベルの前に、相手の遊撃である軽戦士が立ち塞がる。
短剣を構え、素早い身のこなしでベルを足止めしようとする軽戦士。
――しかし、彼らは甘く見ていた。
レベル115にまで到達しているベルの、素早さステータス『720』という桁違いのスピードを。
「グルルルルッ……!」
「なっ……!?」
ベルが低く唸り声を上げた瞬間、スキル【威嚇】が発動する。
ベルから放たれた強烈なプレッシャーに、軽戦士の動きが文字通り『硬直』した。
そのわずか一瞬の隙を、ベルは逃さない。
「速っ……!?」
灰色の残像だけを残し、ベルの姿が軽戦士の視界から掻き消える。
直後、軽戦士の背後に回り込んだベルが、鋭い前足で相手の背中を強かに蹴り飛ばした。
「ぐわぁっ!?」
吹き飛ぶ軽戦士を横目に、ベルは止まらない。
そのままの勢いで、後衛で魔法の詠唱に入っていた魔術師の懐へと潜り込む。
「ヒィッ!?」
魔術師が恐怖に悲鳴を上げた瞬間、ベルの鋭い牙が魔術師の杖を噛み砕き、そのまま体当たりで場外スレスレまで吹き飛ばした。
これで相手の陣形は完全に崩壊した。
「よし、よくやったベル! 一気に決めるぞ!」
クラウの声に、ベルが「ワォォォンッ!」と力強く吠えて応える。
スキル【連携】の効果が最大限に発揮され、クラウ、バオム、そしてベルの動きが、まるで一つの生き物のように完璧に噛み合った。
バオムが生成した太い蔓がヴァンの退路を塞ぎ、ベルが雷光のようなスピードでヴァンの死角から牙を剥く。クラウ自身も風魔法を纏わせた剣を手に、ヴァンへと切り込む。
勝負あった。観客の誰もがそう思った瞬間。
しかし、追い詰められたヴァンの瞳に、冷徹な光が宿った。
「見事だ。君の狼の動き、素晴らしい連携だ。だが――一歩、僕の方が速い! 『雷神の鼓動』!!」
ヴァンの身体が、これまでとは比較にならないほど激しい雷光に包まれる。
瞬間、バオムの木の拘束を力任せに引き千切ったヴァンが、超高速で襲いかかるベルの突進を、自らの肉体を焦がすほどの限界駆動で紙一重で回避した。
「なっ……!?」
そのままベルの横をすり抜け、最短距離でクラウの懐へと飛び込む。
バチバチと紫電を纏ったその剣先が、クラウの喉元ピタリと寸止めされた。
「……そこまで!」
審判の静止が入り、闘技場に沈黙が流れた。
一拍置いて、地響きのような大歓声が巻き起こる。
「……はぁ、はぁ……。完敗だ。俺とベルの連携を上回るなんて、やっぱりトップ層の土壇場での踏ん張りは違うな」
クラウは悔しそうに顔を歪めたが、すぐに剣を収めたヴァンと握手を交わした。
勝負はまさに紙一重。あと一歩ベルの牙が届いていれば、クラウたちの勝利だった。そんな、文字通りの「僅差」での敗北だった。
・・・・・
「クラウ! ベルちゃんもバオムちゃんも、お疲れ様! すっごく惜しかったね!」
選手通路に戻ってきたクラウたちを、エルクたちが総出で迎えた。
ベルは少し悔しそうに耳を伏せていたが、メルやエネに頭を撫でられると、嬉しそうに尻尾を振った。
「いやぁ、面目ねえ。準々決勝の壁は高かったわ。……悪い、エルク。あとは頼んだぜ。俺達の分まで、あの生意気なエリート連中を黙らせてやってくれ」
クラウはベルの首元を労うように撫でながら、エルクを見て笑った。
「頑張るよ〜。……あんなにカッコよくはできないと思うけど」
「あんた、またそうやって予防線張る……。でも、次の相手は今までみたいにはいかないわよ」
ソウが、いつになく真剣な表情で資料を広げた。
エルクの個人戦、準々決勝の相手は、魔術科三年のサイラス。
「分析の蛇」と呼ばれる、冷静沈着な結界使いだ。
「サイラスは、あんたのこれまでの全試合を完全に分析してる。特にお気に入りのあの『転移』ね。空間魔法の着地点に発生する微かな魔力の揺らぎを読み切るために、特殊な結界を用意してるって噂よ」
「分析かぁ。面倒くさそうな人だね〜」
「はい。サイラスさんは、一度攻略法を確立すると、相手を完封して心を折るのが好きなんです。気を付けてください、エルクさん」
エネの言葉に、エルクは「う〜ん」と首を傾げた。
『エルクの兄貴ぃ!! 次の相手も、おいらがドカンと吹き飛ばしていいッスよね!?』
そんな深刻な空気などどこ吹く風。
エルクの足元では、青いスライムが一人だけノリノリで跳ね回っていた。
人間のエリートがどうだの、分析がどうだのといった小難しい事情にはまったく興味がないスラは、ただ「自分の出番」という事実にだけ食いつき、テンションを爆発させている。
『さっきの戦い、超速くてカッコよかったッス! でもおいらなら、あの雷のチカチカした奴も全部バリバリっと食べちゃうッスよ!』
「あはは〜、スラはいつでも元気だね〜。じゃあそろそろ行こっか!」
「……エルク。一つだけ言っとくわ」
通路に向かうエルクの背中に、ソウが声をかける。
「結界っていうのは、完全に見えても必ず『流れ』があるの。正面から力任せに壊そうとするんじゃなくて、その魔力がどこから来てどこへ流れてるか……それを意識しなさい」
「魔力の流れ? わかった、やってみるよ〜」
エルクはのんびりと手を振り、光の溢れる舞台へと足を踏み出した。
・・・・・
準々決勝、第四試合。
闘技場の中央に立つサイラスは、銀縁の眼鏡の奥で冷徹にエルクを観察していた。
彼の周囲には、目には見えないが緻密な、多層構造の結界がドーム状に展開されている。
「学園長推薦の異端児、エルク。君の戦い方は全て計算済みだ。空間魔法による移動、そしてスライムによる想定外の魔法投射。……だが、私の前ではそれらは無価値だ」
「あはは〜、そんなに自信満々に言われちゃうと困るなぁ」
「始め!」
審判の合図と共に、エルクは反射的に「転移」を使おうとした。
背後に回って、軽く背中を押して勝負を終わらせる。そのつもりだった。
(……あれ?)
転移を発動しようとした瞬間、目的地となる座標に強烈な「拒絶」を感じた。
サイラスの周囲一帯の空間が、彼自身の魔力でガチガチに固定され、外部からの空間干渉を一切受け付けない状態になっている。
「無駄だ。空間の『出口』は全て私の結界で封じてある。君がどこに現れようとしても、その瞬間に結界が反応し、座標を強制的に弾き飛ばす」
「へぇ〜。本当に出られないや! すごいね〜」
エルクは何度か位置を変えて転移を試みるが、その度に結界に阻まれ、着地点を奪われる。
『兄貴ぃ! なんだかこの空気、固くて動きづらいッス! やっぱりおいらがドッカンと穴を開けてやるッスよ!』
「手加減してね!」
『よっしゃーッス! 【水弾連発】!!』
スラが気合と共に無数の水弾を放つが、サイラスの結界に触れた瞬間に、水面のような波紋を広げて吸い込まれるように消滅してしまった。
『なんてこったッス! 何も変わらないッス!!』
「この結界は衝撃を分散するだけではない。魔力を吸収し、自身の強度へと還元する。攻撃すればするほど、私の防御は鉄壁になる」
観客席からはどよめきが上がった。
「おい、あのエルクの動きが止まったぞ!」
「さすがサイラス様だ。あの得体の知れない転移を完全に封じ込めた!」
「やっぱり、小手先の技は本物のエリートには通じないんだな!」
初めてエルクが「攻略」されたように見える展開に、会場のボルテージが上がる。
対するエルクは、顎に手を当てて「ふむ〜」と唸っていた。
(……確かに、いつものやり方じゃ終わらなさそうだ。ちょっと面倒だな〜)
エルクはサイラスを見据える。
その視界の中で、さっきソウに言われた言葉や、研究会で議論した「結界術の理論」が思い出されていた。
『どんな強力な結界でも、魔力が一点に溜まり続けることはない。必ず入り口と出口があり、循環している』
(……循環。魔力の流れ、か)
エルクは自身の感覚を研ぎ澄ませた。
すると、サイラスの鉄壁に見える結界に、わずかな「偏り」が見えてきた。
サイラスはエルクの「転移」とスラの「正面攻撃」を警戒するあまり、自身の背後から足元にかけての魔力の流れを、わずかに加速させることで正面の強度を保っていたのだ。
「……スラ。ちょっと派手に魔法を撃って、彼の意識を上に引きつけてくれる? ほんのちょっとね!」
『ガッテンッス! ド派手にやるのは大得意ッスよ! 食らうッス! ――【大渦巻】!!』
スラが軽く魔力を練り上げ、サイラスの結界の頭上に巨大な水の渦を発生させる。
結界がそれを吸収しようと激しく明滅し、サイラスの全意識がその「上からの圧力」へと集中した。
――その一瞬。
「見つけた!」
魔力の流れが極限まで正面と上空に偏り、背後の座標固定が「ミリ単位」で揺らいだその隙間。
「(転移)」
「……ッ!? 馬鹿な、そこは封じているはず――」
サイラスが振り返った時には、すでにエルクは彼の結界の「内側」に立っていた。
それも、死角となる背後の、わずか数センチの至近距離に。
「あはは〜、お邪魔しま〜す」
「な……いつの間に……!?」
サイラスが驚愕に目を見開くが、もう遅い。
結界使いの弱点は、一度内側に潜り込まれれば、自らが張った強固な壁が逆に仇となり、逃げ場を失うことにある。
エルクは、サイラスの首筋にそっと手を添えた。
「降参、してくれるかな〜?」
「…………くっ」
サイラスは絶望に顔を歪めた。
自分の対策が通じなかったのではない。
自分の結界の構造を、試合中のわずかな時間で完全に理解され、その唯一の穴をピンポイントで突かれたのだ。
それは、単なる魔力差以上の、圧倒的な「実力差」と「戦術眼」の証明だった。
「…………私の負けだ」
サイラスが力なく呟くと同時に、周囲の結界が霧散した。
「そこまで! 勝者、エルク・選手!!」
審判の宣言が響く中、エルクは「はぁ〜、思ったより長引いちゃったなぁ。お昼寝の時間が減っちゃった」とのんきにぼやきながら、闘技場を後にした。
・・・・・
観客席は、先程までの歓声とは違う、異様な噂に包まれていた。
「おい……今のはなんだ……?」
「サイラス様の完璧な対策を、さらにその上から崩したぞ」
「運じゃない。あいつ、わざとスライムに魔法を撃たせて、隙を作らせたのか……?」
もはやエルクを「運の良い平民」と呼ぶ者は一人もいなかった。
そこにあるのは、対策すらも力づくで、あるいは知略でねじ伏せる規格外の存在への畏怖だった。
そんな騒然とする会場の片隅。
上位陣の専用席で、一人、不穏な笑みを浮かべてエルクの背中を見つめる男がいた。
「くくく……面白い。実に面白い。あんなスライム一匹でこれほど楽しませてくれるとはな」
男の周囲には、黒い靄のような不気味な魔力が漂っている。
彼は立ち上がり、自らの出番を待つように闘技場を見下ろした。
「次は僕の番だ。あのスライムも、あの生意気な平民も、僕の魔法でじっくりと『壊して』あげよう」
準決勝。
そこには、エルクの「目立ちたくない」という願いを粉々に打ち砕く、最悪の敵が待ち構えていた。
読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




