第70話 誇り高きテイマー
前回のあらすじ
クラウ勝利→二回戦勝利
学園武術大会の個人戦。
二回戦でスラが規格外の魔法を見せつけ、エルクへの注目度が不気味な形で高まる中、三回戦の対戦表が控え室に張り出された。
「……次のエルクの相手、最悪の奴ね」
対戦表を確認してきたソウが、深い溜め息と共にエルクたちの元へ戻ってきた。
「え〜と、誰だっけ? すごく強い人?」
エルクがいつものように気の抜けた声で尋ねると、ソウは不快そうに顔を顰めた。
「名前くらい覚えておきなさいよ。大会の登録の時に、あんたに突っかかってきた奴いたでしょ。二年でテイマー専攻の、レオンよ」
「あ〜……なんとなく覚えてるような、覚えてないような。俺は二年でテイマー専攻のレオンだ、ってわざわざ自己紹介してくれた人だよね」
「そう、そいつ。あいつ、テイマー専攻のくせに、従魔を完全に『ただの道具』としか見ていないの。実家が古い騎士の家系らしくてね、従魔を剣や槍と同じ『生きた武器』として扱う、古い騎士思想の塊みたいな男よ」
「ただの道具……ですか?」
エネが不安そうに首を傾げると、横からクラウが腕を組みながら口を開いた。
「ああ、俺も二年の先輩から嫌な噂は聞いてる。あいつ、自分の従魔に『痛覚を麻痺させる薬』とか『筋力を強制的に引き上げる劇薬』を使って戦わせるらしい。限界を超えても痛みを感じないから、身体が壊れるまで戦い続ける無尽蔵の武器にするんだとよ」
「……っ! そんなの、テイマーじゃないよ!」
メルが憤りを隠せない様子で、自身の従魔であるファンをぎゅっと抱きしめた。
「そうね。学園の教師陣も問題視はしてるらしいけど、ギリギリ規則の抜け穴を突いてるから明確な処分が下せていないのよ。それに、あいつは『強い従魔』以外には価値がないと本気で信じてるわ」
「ふーん……。無理やり薬を飲ませて、壊れるまで戦わせるんだ」
エルクの声は、いつも通りのんびりとしていた。
しかし、その目からは普段のぼんやりとした光が消え、静かで冷たい色が宿っていた。
そんな、控え室に重く冷たい空気が漂う中――。
『エルクの兄貴ぃ! 次もおいらの出番ッスよね!?』
エルクの足元で、青いスライムがぽよんぽよんと嬉しそうに跳ね回っていた。
人間たちの深刻な空気や、相手の非道なやり方といった『小難しい事情』にはまったく興味がないスラは、一人で勝手にテンションを爆発させている。
『さっきの【水竜巻】、超気持ちよかったッス! 次の相手は誰ッスか!? 次ももっとド派手に、どっかーんと特大の魔法ぶっ放していいッスよね! おいら、やる気満々ッスよ!!』
「あはは〜、元気だね、スラ。でも、次も駄目だよ。魔法は禁止!」
『えええーッ!? なんでッスか!? せっかくおいらの無敵の強さを見せつけるチャンスなのに!』
不満げに震えるスラを、エルクはしゃがみ込んで優しく撫でた。
「次の試合は……僕たちのやり方で勝つよ。だから、僕の言う通りに動いてね」
『むむむ……魔法ぶっ放せないのはつまらないッスけど、兄貴がそう言うなら仕方ないッスね! よーし、体当たりでボコボコにしてやるッス!』
相変わらず脳筋な思考回路で気合を入れ直すスラを見て、エルクは少しだけ口元を綻ばせた。
「エルク……あんた、あんまり無茶しないでよ? 相手がどんなクソ野郎でも、やりすぎたらあんたの立場が悪くなるんだから」
ソウが念を押すように言うが、エルクはただ「わかってるよ〜」と軽く手を振り、スラを連れて控え室を後にした。
・・・・・
闘技場の中央に立つと、そこには大会登録の時に見た顔――二年のレオンが待ち構えていた。
そしてその傍らには、一匹の大型のモンスター――『ヘルハウンド』が太い鎖で繋がれ、荒い息を吐いていた。
本来なら誇り高く美しい赤黒い毛並みを持つはずのその狼は、どこか焦点の合わない目をし、口からは絶えずよだれを垂らしている。その筋肉は異常に隆起し、時折ビクンと痙攣を起こしていた。
「おい、無能な一年。大会登録の時にも言ったが、貴様が学園長の秘蔵っ子だとは到底思えんな」
レオンはエルクと、その足元のスラを見て、侮蔑の鼻で笑った。
「前の試合を見たが、所詮はスライムだ。小手先の魔法で運良く勝てたからといって、調子に乗るなよ。従魔とは、圧倒的な暴力と力だ。貴様のような軟弱な平民に、俺のような本物のテイマーの戦い方を教えてやる」
「……本当の戦い方って、無理やり薬を飲ませることなの?」
エルクが真っ直ぐに見つめて問うと、レオンは悪びれる様子もなく胸を張った。
「当然だ。騎士が剣を研ぐように、テイマーは従魔を鍛え上げる。従魔は戦うための道具であり、主のために限界を超え、骨が砕け、肉が裂けようと勝利をもたらすのが役目だ。愛着などという不要な感情を挟むから、貴様らはいつまでも弱者なのだ!」
審判の教師が、悲痛な顔でヘルハウンドを一瞥してから手を挙げた。
「……第三回戦、開始!」
「行け! そのスライムを食い殺せ!!」
レオンが手元の鎖を乱暴に外す。
同時に、ヘルハウンドが狂ったような咆哮を上げ、スラに向かって突進してきた。
異常な速度だ。ドーピングによって無理やり引き出された脚力は、闘技場の石畳を蹴り砕くほどの威力を生み出している。牙を剥き出しにし、スラの小さな身体に噛みつこうと襲いかかる。
『おおっ! あいつめっちゃ速いッスね! おいらもド派手に迎撃するッスよ!』
闘争心に火がついたスラが、迎撃のために身体を膨らませようとする。
しかし、エルクは慌てることなく、静かに口を開いた。
「スラ、半歩右。それから、しゃがんで〜」
『えっ? 避けるだけッスか!? ……了解ッス!』
スライムの身体が、言われた通りにぽよんと右へ半歩だけ動き、その場で平たく潰れた。
それだけで、ブラッドウルフの凶悪な牙は完全に空を切り、勢い余った巨体は闘技場の床を滑るように転がった。
「なにをしている! 痛覚はないはずだ、すぐに立ち上がって追撃しろ!」
レオンの怒声を受け、ヘルハウンドは不自然な動きで跳ね起き、再び突進してくる。
自らの筋肉が断裂する音を響かせながらの、自傷を前提とした無謀な連続攻撃。
「スラ、今度はジャンプ。からの〜後ろに下がって〜」
『へいッス! 次こそ体当たりしていいッスか!?』
「駄目。ただ避けるだけでいいよ〜」
エルクの最小限の指示。スラは不満そうにしながらも、それに完璧なタイミングで応える。
右へ、左へ、上へ。
スラの動きは決して速すぎるわけではないが、エルクの「眼」がヘルハウンドの暴走した動きの先を完全に読み切り、最も効率の良い回避の指示を出しているのだ。
そこには、魔法も、力も必要なかった。
ただ、エルクとスラの間にある「絶対的な信頼」と「阿吽の呼吸」だけが、レオンの狂気の暴力を赤子のようにいなしていた。
「くそっ! なぜ当たらない! 魔法を使え! お前の命を削ってでも、そのスライムを焼き払え!!」
レオンが激昂し、ヘルハウンドに無理な魔法の発動を命じる。
ヘルハウンドの口内に炎が圧縮され、膨大な熱量を持った火球が放たれようとする。
『あぶなッ! 兄貴、今度こそ魔法で相殺するッス!』
「何もしなくていいよ」
『ええっ!?』
エルクの言葉通り、その炎の魔法がスラに向けて放たれることはなかった。
「ガハッ……!?」
限界を超えた魔力の練り上げと、薬物の反動。
ヘルハウンドの身体が内側から悲鳴を上げ、口からドス黒い血を吐き出して、その場にガクンと膝をついたのだ。
「おい! 何をしている、立て! まだ戦えるだろうが!」
レオンが怒鳴り散らし、動けなくなったヘルハウンドの腹を容赦なく蹴り上げようと足を振り上げた。
――その瞬間。
「(……転移)」
エルクの姿が、レオンの目の前からフッと掻き消えた。
レオンの蹴りがヘルハウンドに当たる直前。その足とヘルハウンドの間に、転移魔法で現れたエルクが静かに割って入っていた。
ドスッ、とレオンの蹴りがエルクの足に当たるが、エルクの身体は微動だにしない。
「なっ……!? 貴様、空間魔法……!?」
「もう、終わりにしなよ」
エルクの声は、今まで聞いたことがないほど低く、そして冷たかった。
その双眸が、レオンを真っ直ぐに射抜く。
「これ以上やったら、この子は死んじゃうよ」
「……それがどうした! こいつは俺の道具だ! 壊れるまで使って何が悪い! 一年坊主の貴様ごときが、先輩である俺の戦い方に口を出すな!」
レオンが腰に帯びていた短剣を引き抜こうとした、その時だった。
エルクの身体から、静かだが、圧倒的な『威圧』が放たれた。
闘技場の空気が、一瞬で凍りついた。
エルク自身は怒鳴ってもいないし、攻撃魔法の構えすら見せていない。ただ、真っ直ぐに見据えているだけだ。
しかし、その背後には、まるで巨大な竜や、世界を統べる王者のような、絶対に逆らってはいけない規格外の『格』の差が幻影となって立ち昇っていた。
「……ッ!?」
レオンは息を呑み、引き抜こうとした短剣の柄から手が滑り落ちた。
本能が、目の前の少年にこれ以上逆らえば「死ぬ」と、けたたましい警鐘を鳴らしている。
「テイマーっていうのは、モンスターを道具にすることじゃない。一緒に生きて、お互いを信じて戦う『相棒』のことだよ。……君は、テイマーなんかじゃない」
エルクの静かな宣言が、闘技場に響き渡った。
「あ……あぁ……っ」
レオンの膝が、ガクガクと震え始める。
圧倒的な力の差。そして何より、テイマーとしての「在り方」の根本的な違い。
自分は道具を使って無理やり強さを引き出そうとし、エルクはスライム一匹との信頼だけで自分の全てを完全に封じ込めた。
その事実を悟った瞬間、レオンの心の中で、これまで信じてきた騎士思想が音を立てて折れる音がした。
「俺……の、負け……だ……」
レオンはそのまま、崩れ落ちるように闘技場の石畳に膝をつき、両手をついて項垂れた。
静まり返った闘技場。
勝敗が決したにもかかわらず、歓声は一つも上がらない。
審判の教師も、ただ呆然と立ち尽くし、数秒遅れてから震える声で告げた。
「し、勝者……! エルク・選手……!!」
その声を聞いても、エルクは表情を変えることなく、倒れ伏したヘルハウンドの頭を優しく撫でていた。
「もう戦わなくていいんだよ。よく頑張ったね」
「くぅ〜ん……」
薬物の効果が切れ、痛みに苦しみながらも、ヘルハウンドはエルクの手の温もりを感じて、安堵したように目を閉じた。
・・・・・
試合終了後。
観客席から戻ってきた研究会のメンバーたちが、控え室の前に立つエルクを出迎えた。
「……エルク」
ソウが、いつものように怒鳴ることなく、静かにエルクの名前を呼んだ。
「あはは〜、ちょっと目立っちゃったかな〜? 空間魔法、また使っちゃったし」
エルクがいつもの気の抜けた調子で笑って見せると、クラウが歩み寄り、ポンと力強くエルクの肩を叩いた。
「いや、最高にカッコよかったぜ。あんなスカッとする勝ち方、お前以外にはできねえよ」
「うん! エルクくんの言う通りだよ! 相棒を大事にしない人は、テイマー失格だもん!」
メルも目を輝かせて頷き、エネもほっとしたように微笑んでいる。
「エルクさん……ヘルハウンド、保護してもらえそうですね。本当によかったです」
「うん。ジン爺が、治療が終わったら学園の森で預かってくれるって」
エルクが足元を見ると、スラがまだ少し不満そうにぽよぽよと跳ねていた。
『兄貴〜! おいら、結局一回もドカンとできなかったッス! 避けてばっかりで不完全燃焼ッスよ!』
「あはっ、ごめんねスラ。でも、君が完璧に避けてくれたから勝てたんだよ〜っよ! 避けの天才!」
『……そ、そうッスか? おいらの完璧な回避術のおかげッスか! じゃあ仕方ないッスね! へっへーん!』
あっさりと機嫌を直して得意げに跳ね回るスラを見て、仲間たちと笑い合うエルク。
しかし、その和やかな空気とは裏腹に、闘技場の観客席や上位陣の生徒たちの間では、エルクに対する「畏怖」と「評価」が決定的なものになりつつあった。
『スライムにあの神業のような回避をさせる指揮能力』
『一切の無駄がない動き』
『そして、上級生を戦意喪失させる底知れない威圧感』
「……ふん。なるほど、ただの推薦枠というわけではないらしいな」
上位陣の専用席。
腕を組み、エルクの試合を冷徹な目で分析していた一人の生徒がいた。
彼の周りには、目に見えないほどの緻密な『結界』が幾重にも張り巡らされている。
「空間魔法は厄介だが……『着地点』さえ封じてしまえば、ただの的だ。私が次で、あの平民のメッキを剥がしてやろう」
分析型エリートである結界使い。
彼こそが、エルクの次なる準々決勝の相手であった。
読んでいただきありがとうございます。
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