第69話 正統なるテイマーと、小さき従魔の逆襲
前回のあらすじ
一回戦勝利
エルクが第一回戦を(本人の意図とは全く違う形で)突破してから、しばらく後のこと。
闘技場の別ブロックでは、まさに観客を熱狂させる熱い試合が繰り広げられていた。『モンスターの国研究会』のリーダーであるクラウが出場する、団体戦の初戦である。
「いけ、バオム! 相手の魔法を弾け!」
「ガァァンッ!!」
闘技場に響き渡るクラウの鋭い声と共に、彼の相棒である巨大なウッドゴーレムのバオムが前進する。
対戦相手である魔術科の生徒たちが放った炎や風の魔法が次々と直撃するが、クラウの強化魔法を施されたバオムの分厚い装甲はそれを物ともせず、強固な盾として完璧に機能していた。
「よし、今だベル! 右の死角から回り込め!」
「ワォォォンッ!」
バオムが相手の注意と魔法を完全に引きつけた隙を突き、灰色の毛並みを持つレッサーウルフのベルが、疾風のような速度で相手の側面に回り込む。
鋭い牙と爪による牽制攻撃。相手チームの陣形が崩れ、後衛の魔術師が慌てて防御態勢を取ろうとしたその一瞬を、主将であるクラウは見逃さなかった。
「これで決める! ――【ウィンドカッター】!」
クラウ自身が放った風の刃が、相手チームの前衛の武器を的確に弾き飛ばす。
それに合わせてバオムが巨体を活かした突進で相手を場外へと押し出し、同時にベルが後衛を制圧した。
「そこまで! 勝者、クラウ・チーム!!」
審判の宣言と共に、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「おおおっ! すげえ連携だ!」
「あれが従魔専攻の戦い方か! テイマーの指示とモンスターの動きが完璧に噛み合ってるぞ!」
「ただの獣扱いじゃねえ、完全に『チーム』として機能してる。今年の従魔専攻はレベルが高いな!」
観客たちの熱狂的な賛辞を浴びながら、クラウは額の汗を拭い、バオムの太い腕とベルの頭を労うように撫でていた。
・・・・・
「うわぁ〜、すごい歓声だね! クラウ、かっこいいなぁ」
観客席からその様子を見下ろしていたエルクは、素直な感嘆の声を漏らした。
隣に座るソウ、メル、エネの三人も、誇らしげに頷いている。
「ええ。相手の動きを読んで、バオムで防いでベルで崩す。クラウの指揮能力とモンスターとの信頼関係がなせる、まさにテイマーの理想的な戦い方ね」
「うんうん! スーちゃんやファンたちも、ベルちゃんたちの動きを見てすごく興奮してるよ!」
「……はい。クラウさんたち、本当に一生懸命練習してましたから。勝ててよかったです」
仲間たちが手放しでクラウを称賛する中、エルクはうんうんと頷きながら足元のスラを見下ろした。
「僕たちも、あんな風に自然に勝てるといいよね〜。クラウみたいに地味で堅実な戦い方、見習わなきゃ」
「……」
「……」
「……」
エルクの一言に、女子三人の冷ややかな視線が一斉に突き刺さる。
「……エルク。あんたの目は節穴なの? クラウの戦いのどこが『地味』なのよ。めちゃくちゃ正統派に派手で目立ってたじゃない」
「えっ? でも、闘技場を壊したり、一撃で吹き飛ばしたりしてないし……」
「それが『普通』なの! あんたの基準がおかしいのよ!」
ソウがエルクの胸ぐらを掴んで揺さぶろうとしたところに、初戦を終えたクラウが通路へと戻ってきた。
「おーい、見てたかお前ら! とりあえず初戦突破だぜ!」
「クラウ、おめでとう! すごくいい連携だったよ〜」
「おう、サンキューな。……で、エルク。お前の二回戦、もうすぐ呼び出しだろ? 俺の完璧な戦い方を見て、少しは『真っ当なテイマーの戦い方』ってやつを学んでくれたか?」
クラウがニヤリと笑いながら肩を小突くと、エルクは自信満々に胸を張った。
「うん! バッチリだよ。僕もクラウみたいに、自然で地味に勝ってくるよ!」
「……俺、地味に勝ったつもりはないんだけどな。まあいい、絶対に変な目立ち方すんなよ。特にスラ、お前も暴走するなよ?」
『何言ってるかわかんねッス! けど、おいらは兄貴の言う通りに動くだけッス!』
スラがぽよぽよと震えながら答えると同時に、闘技場からアナウンスが響いた。
エルクの個人戦、第二回戦の呼び出しである。
「じゃあ、行ってくるね〜」
「いい? 絶対に、やりすぎないようにね!」
仲間たちの(主に不安に満ちた)声援を受けながら、エルクとスラは光の溢れる闘技場へと歩みを進めた。
・・・・・
闘技場のフィールドには、第一回戦の時とは比べ物にならないほどの、歪な熱気と嘲笑が渦巻いていた。
「おい見ろよ、あのテイマー。またあのスライムを一匹だけ連れてきやがったぞ」
「一回戦は運良く相手が自滅して勝てたみたいだが、今度の相手は上級生のガレスだぜ? あんな水風船みたいなスライムじゃ、秒殺されるのがオチだな」
「あはは! 逃げ回るしか脳がない最弱モンスターが、どこまで保つか見ものだな!」
観客席から遠慮なく投げかけられる野次と侮蔑の声。
対する相手は、三年生の上級生ガレス。彼の傍らには、見上げるほどに巨大な茶褐色の体毛に覆われた熊型のモンスター、『ロックベア』が荒々しい鼻息を吐きながら鎮座していた。
筋骨隆々の巨体と、岩のように硬い皮膚を持つその従魔は、まさに「暴力」を体現したような圧倒的なインパクトを放っている。
「おい、一年坊主」
ガレスは腕を組み、エルクと足元のスラを見下ろして鼻で笑った。
「お前が学園長推薦の特別枠だっていうから、どんな凶悪なモンスターを出してくるかと思えば……まさか、本当にその逃げ回るだけのスライムを一匹しか連れてこないとはな。学園長も随分と焼きが回ったもんだぜ」
「あはは〜……まあ、僕にはこの子くらいしかいないんで。お手柔らかにお願いしま〜す」
エルクは後頭部を掻きながら、気の抜けた声で愛想笑いを浮かべた。
そんな主の態度とは裏腹に、足元のスラはプルプルと激しく震えている。
『エルクの兄貴ぃ! あいつら、おいらのことを完全に舐めきってる感じするッス! 我慢の限界ッスよ! 今すぐどっかーんと吹き飛ばしていいッスか!?』
スラの怒りの思念が、エルクの脳内にガンガンと響いてくる。
「駄目だよ、スラ。最初は相手の攻撃を避けて、適度に時間を稼ぐんだよ〜」
『ええーッ!? また逃げ回るんスか!? おいら、もう的当てゲームは飽きたッス!』
「ここで我慢すれば、あとでちゃんと活躍させてあげるから。……ね?」
『むむむ……わかったッス。兄貴がそう言うなら、最初は大人しくするッス』
なんとかスラを宥めすかしていると、審判の教師が中央へと進み出た。
「これより、個人戦予選第二回戦を開始する! 両者、構え!」
ガレスが鋭い声で自身の従魔に命令を下す。
「行け、ロックベア! あの目障りなスライムを、一撃でペチャンコに踏み潰してやれ!」
「グオォォォォッ!!」
咆哮と共に、巨大な熊のモンスターが地鳴りを立てて突進してきた。
岩のような巨大な前脚が振り上げられ、スラの小さな身体を目掛けて無慈悲に叩き下ろされる。
「スラ、避けて〜」
『言われなくてもわかってるッス!』
ドゴォォォンッ!!
闘技場の石畳が粉砕され、土煙が舞い上がる。
観客たちは「あっけなく潰されたな」と息を呑んだが、土煙が晴れた後には、何事もなかったかのように数メートル横でぽよぽよと跳ねているスラの姿があった。
「チッ、ちょこまかと逃げ足だけは速いスライムだぜ! 追い詰めろ!」
ガレスの指示で、ロックベアが猛烈な連続攻撃を仕掛ける。
しかし、スラはその巨体の股下を抜けたり、ゴムボールのように壁を蹴ってバウンドしたりと、まるでおちょくるかのような動きで全ての攻撃をひらりひらりと躱していく。
「おらっ! そこだ!」
苛立ったガレス自身も、持っていた長杖から火炎の魔法を放ち、エルクを直接狙う。
だが、エルクは飛んでくる火炎球をギリギリまで引きつけると、小さく呟いた。
「(ええと、水よ出ろ〜……)――転移」
またしても、無詠唱かつ魔力の予兆すらない極小の空間魔法。
エルクの身体はフッと半歩分だけ横にズレ、火炎球は彼の髪の毛一本焦がすことなく後方へと飛び去っていった。
「……なっ!? 今、どうやって避けた!?」
「あはは〜、ちょっと風向きが変わって助かりました〜」
驚愕するガレスに、エルクはのんきに手を振って見せる。
観客席からは、やはり嘲笑の声が飛び交っていた。
「おいおい、またあのテイマー、運良く避けやがったぞ」
「あんな風に逃げ回ってばっかりじゃ、いつか体力が尽きて終わるな」
「スライムも攻撃する気配がまったくないし、完全に押し負けてるじゃないか。やっぱり推薦枠なんて名前だけだな!」
・・・・・
一方、そんな闘技場の様子を観客席から見下ろしていた『モンスターの国研究会』の面々は、完全に呆れ果てた視線をエルクに向けていた。
「あーあ。相手の人、完全に勘違いして調子に乗っちゃってるわね」
「うん。でも、エルクくんの作戦通りではあるよね。周りのみんな、『スライムは逃げるだけの弱いモンスター』って完全に信じ込んでるもん」
メルが周囲の観客の反応を見回しながら、苦笑いを浮かべる。
「……でも、スラちゃんがそろそろ我慢の限界みたいです。あんなに震えて……」
「まあ、頃合いだろ。相手の体力も無駄に削れてきてるしな」
クラウが腕を組みながら闘技場を見据える。
「さあ、あのアホがどうやって『地味に』勝つつもりか、お手並み拝見ね」
ソウの言葉と同時に、闘技場の空気が少しだけ変わった。
・・・・・
「はぁ、はぁ……くそっ! 逃げ回るだけのカスが! もう逃げ場はないぞ!」
息を切らしたガレスが、ロックベアと共にエルクとスラを闘技場の壁際へと追い詰めた。
「これで終わりだ! 全力で吹き飛ばせ!!」
ロックベアが両腕を高く振り上げ、自身の巨体と体重の全てを乗せた必殺の一撃を放とうとする。
その瞬間。
エルクは、のんびりとした表情のまま、足元のスラへと視線を落とした。
「……うん、そろそろ相手も油断しきった頃だね。スラ、いいよ〜。反撃開始だ」
『待ってたッス!! いくらおいらでも、ずっと逃げ回るのはもう限界だったッスよ!』
スラの歓喜の思念が響き渡った直後。
ただの水風船だと思われていた青いスライムの身体が、突如としてぼこぼこと泡立ち始めた。
「な、なんだ……!?」
ガレスが不審に眉をひそめた次の瞬間、スラの身体が『分裂』した。
一匹だったスライムが二匹に、四匹に、八匹に――あっという間に数十匹の小型スライムへと姿を変え、ロックベアの足元にワッと群がったのだ。
「グオォォッ!?」
「なんだこの数は!? ええい、蹴散らせ!!」
ロックベアが足元のスライムたちを踏み潰そうとするが、分裂したスラたちは同時に、かつ一斉に魔力を練り上げた。
『おいらの魔法を食らうッス! ――【泥沼】!』
【即魔法】と【連続魔法】。そして【魔法範囲拡大】のスキルが惜しみなく乗った複合魔法。
数十匹のスラが一斉に放った水と土の魔法は、ロックベアが立つ闘技場の石畳を一瞬にして巨大な底なしの泥沼へと変貌させた。
「グ、ガァァァッ!?」
「なっ……馬鹿な!? 闘技場の硬い石畳が、泥に……!? それに、スライムが魔法を使っただと!?」
突如として足場を奪われた巨大なロックベアは、膝まで泥に沈み込み、完全に身動きが取れなくなってしまった。もがけばもがくほど、魔法で生成された粘着質の泥が巨体に絡みつく。
「くそっ! なら、あのテイマー本体を狙え! 遠距離から岩石を投げつけろ!」
ガレスの必死の指示を受け、泥に足を取られながらもロックベアが巨大な岩石を魔法で生成し、エルクへと向けて全力で投擲した。
砲弾のような速度で飛来する岩石。
しかし、エルクは一歩も動かない。
分裂していたスラたちが一瞬にして一箇所に集まり、元の大きさへと戻って合体すると、岩石とエルクの間に立ちはだかった。
『そんなノロノロした攻撃、当たるわけないッス! ――【多重障壁】!』
無詠唱。魔力を溜める動作すら一切なし。
スラの前に、幾重にも重なった半透明の強固な魔法障壁が瞬時に展開される。
ドゴォォォォンッ!!
巨大な岩石が障壁に激突し、粉々に砕け散った。
しかし、スラの展開した障壁には、ヒビ一つ、傷一つ入っていない。
「な……なんだ、あの異常な強度の結界は……!? 無詠唱で、あんな一瞬で……スライムが出せる魔法じゃないぞ!!」
ガレスは目を見開き、信じられないというように後ずさった。
観客席も、先程までの嘲笑が嘘のように、水を打ったような静寂に包まれていた。
「……嘘だろ」
「あのスライム、逃げ回ってただけじゃなかったのか……?」
「分裂して、一瞬で広範囲の地形を変えて、あの岩石を無傷で防いだと……!? あんな魔法特化の化け物みたいなスライム、聞いたことがないぞ!」
周囲の驚愕をよそに、エルクはのんびりと口を開いた。
「よし、スラ。相手の動きも止まったし、一気に決めちゃって〜」
『任せるッス! 今のオイラはやる気MAXッスよ!』
スラが大きく跳躍し、空中で自身の魔力を極限まで圧縮する。
水と風の魔力が複雑に絡み合い、巨大な水流の渦となってスラの周囲に展開された。
『吹き飛ぶッス! ――【水弾】!!』
放たれた巨大な水の弾が、泥沼に足を取られて動けないロックベアを容赦無く飲み込んだ。
轟音と共に、重量級のロックベアの巨体が軽々と宙に浮き上がり、闘技場の壁まで吹き飛ばされて激突する。
「グアァァァァッ……」
断末魔のような悲鳴を上げ、ロックベアは白目を剥いて気絶した。
圧倒的な、反撃の余地すら与えない完全な一方蹂躙であった。
「ロ、ロックベアが……一撃で……!?」
ガレスが膝から崩れ落ち、自身の最強の従魔が、あんな小さなスライムに一網打尽にされた現実を前に呆然とする。
そのガレスの背後に、いつの間にか「転移」で移動していたエルクが立っていた。
「えっと、これで終わりで〜す」
エルクがガレスの背中をトン、と指先で突く。
ただそれだけの軽い一押しで、バランスを崩していたガレスは闘技場の場外ラインへとコロンと転がり出た。
「し……勝者! エルク・選手!!」
審判の震える声が響き渡る。
しかし、歓声は上がらない。
観客たちは、目の前で起きた現実を処理しきれずにいた。
小さく、弱く、ただ逃げ回るだけの最弱モンスターだと思っていたあのスライムが。
実は、無詠唱で地形を変え、強固な結界を張り、大型従魔を一撃で吹き飛ばす極めて厄介な【魔法特化の化け物】であったという事実。
(よしよし、これでスラは『魔法が得意なスライム』って思われたはずだね。僕自身は何もしてないし、最後にちょっと背中を押しただけだから、今回は完璧に地味に終われたぞ〜)
エルクは心の中でガッツポーズを作り、満足げに頷いた。
本人は「地味に済ませた」と本気で思っているが、観客や上位陣の目に映っているのは、「規格外の魔法スライムを使役し、自身は空間魔法で遊ぶように立ち回る底知れないテイマー」という不気味な姿でしかなかった。
「あれ〜? なんかまた、みんなすごく静かだね……」
首を傾げるエルクの足元で、スラが『へっへーん! おいらの強さがわかったッスか!』とばかりに得意げに跳ね回っている。
・・・・・
「……あーあ。あれで『自分は何もしてない』『地味に終わらせた』って本気で思ってるんだから、あの鈍感さはもう一種の才能よね」
観客席のソウが、頭を抱えながら呻いた。
クラウも額を押さえ、「だから言っただろうが……」と深い溜め息を吐いている。
「でも、スラちゃんの強さはしっかりアピールできたね! これでみんな、もうエルクくんたちを馬鹿にできないよ!」
「はい! エルクさんたち、お疲れ様でした」
メルとエネがほっとしたように微笑んでいた。
しかし、その闘技場の熱気とどよめきから少し離れた観客席の暗がり。
腕を組み、不快そうに闘技場を見下ろしている一人の生徒がいた。
「……下劣な。テイマーとは、ああいうものではない」
彼の目には、確かな敵意と、自らの「正しさ」を信じて疑わない冷たい光が宿っている。
「スライムごときに小手先の魔法を使わせ、自分はコソコソと逃げ回るだけ。あんなものは戦いではない。従魔とは、力だ。圧倒的な力で敵をねじ伏せる道具でしかない」
彼こそが、エルクの次なる対戦相手。
従魔をただの道具と見なす、騎士思想に囚われた生徒であった。
読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




