第67話 大会開催とすれ違う思惑
前回のあらすじ
ラミア従魔参加→大会に予兆あり
リザードマンの村での騒動が過ぎ、王都はすっかり春の陽気に包まれていた。
それはつまり、学園が一年で最も熱狂する祭典の1つ――春の『学園武術大会』の開催が目前に迫っていることを意味している。
闘技場に併設された受付カウンターは、出場登録や対戦表の確認に訪れた生徒たちで、朝から尋常ではない熱気と喧騒に包まれていた。
「おいおい、邪魔だぜ。そこをどきな、田舎者ども」
出場登録を終え、人混みを抜けて帰ろうとしていたエルクたちの背後から、ひどく鼻につくような声が響いた。
振り返ると、そこにはいかにも特権階級といった身なりの良い上級生が立っていた。取り巻きを数人連れており、横柄な態度でエルクたちを見下している。
だが、エルクたちの目を引いたのは彼自身ではなく、彼が太い鎖の付いた首輪で繋いでいる『ヘルハウンド』だった。毛並みはボロボロで、ひどく怯えたように震えている。
「……誰?」
「ふん、新入生の分際で推薦枠で出場するって聞いて見に来てやったが……なんだ、ただの貧相なガキじゃないか。俺は二年でテイマー専攻のレオンだ。お前ら、例の『モンスターの国研究会』とかいうふざけた集まりの連中だろ?」
レオンと呼ばれた男は、クラウの足元で警戒するように唸るベル(レッサーウルフ)と、背後に控えるバオム(ウッドゴーレム)を見て、小馬鹿にするように鼻で笑った。
「そんな雑魚犬一匹と木偶人形で団体戦に出るだと? 笑わせるなよ。モンスターなんてのはな、人間が力で屈服させ、使い潰すための『道具』に過ぎないんだよ。俺の最高級の従魔たちの足元にも及ばないな」
「グルルゥ……」
レオンが鎖を強く引くと、首輪が食い込んだヘルハウンドが苦しそうに悲鳴を上げる。
その痛ましい光景に、クラウがギリッと拳を握りしめ、ソウも腰の剣の柄に手をかけて鋭い視線でレオンを睨みつけた。
「そんなの……間違ってる! 従魔は道具じゃない、共に戦う仲間だ!」
「仲間ァ? 甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ、田舎者が。大会でお前らと当たったら、その汚ねぇ狼ごと俺の従魔でグチャグチャに踏み潰してやるからな!」
レオンが下劣な笑みを浮かべ、さらに鎖を乱暴に引こうとした、その時だった。
「……ねえ」
それまで無表情で黙っていたエルクが、ぽつりと呟いた。
その声は決して大きくなかった。だが、なぜかレオンと取り巻きたちの背筋を、氷の刃で撫で上げられたかのような強烈な悪寒が襲った。
「仲間を踏み潰すとか、そういう物騒なこと言うの、やめてくれないかな。……俺、そういうの嫌いだから」
エルクの瞳から、スッと感情の色が消える。
ほんの一瞬、ただの魔力的な『威圧』とも違う、底知れない深淵のバケモノと目を合わせてしまったような感覚。
繋がれていたヘルハウンドが「キャンッ!」と悲鳴を上げて床に這いつくばり、レオンも顔から一気に血の気を引かせて無意識のうちに数歩後ずさった。
「な、なんだお前……っ! い、いいか、本番で吠え面かかせてやるからな!」
足をもつれさせながら、レオンは逃げるようにその場を立ち去っていった。取り巻きたちも慌ててその後を追う。
「……ふぅ。なんか変なのに絡まれちゃったね」
「エルク、あいつの言うことなんて気にする必要ないよ」
ソウが溜め息をつき、受付カウンターの少し離れた場所へ視線を向けた。彼女の瞳が、剣士特有の鋭いものへと変わる。
「でもねエルク。あいつなんかより、本当に警戒しなきゃいけないのはあの二人だよ。個人戦に出るなら、絶対に避けて通れない相手だ」
「へー。誰?」
「一人は、あっちで壁にもたれて分厚い書類を読んでる魔術科三年のルカス先輩。結界や封印魔術のエリートで、徹底的な事前分析で相手の魔法を完全に封殺する戦い方をするの。……空間魔法を多用するエルクにとっては、最悪の天敵になるかもしれない」
「うわ、相性悪そう……」
「そしてもう一人は……あっちの柱の影で腕を組んでる人。武術科二年のレイ先輩。純粋な身体能力と極め抜かれた剣術だけで、上位モンスターすら圧倒するバケモノだよ。今回の個人戦の、事実上の優勝候補筆頭だね」
ソウの指差す先にいたのは、遠目からでも分かるほど静かで、それでいて研ぎ澄まされた闘気を纏った強者たちだった。
「……どっちも、適当に負けるには強すぎるなぁ」
エルクは心底嫌そうに肩をすくめた。
・・・・・
闘技場から『モンスターの国研究会』の部室へ戻ったエルクたちは、長机を囲んで最終的な作戦会議を開いていた。
「よし、じゃあ情報のおさらいだよ!」
黒板の前に立ったソウが、チョークでカツカツと文字を書いていく。
「まず、団体戦に出るクラウのチーム。登録メンバーはクラウ、ベル、バオムの三枠。ルール上、試合自体は少ない人数に合わせるから常に三対三の同数になるけど……相手が五人のフルメンバーで来た場合、『誰を交代で出してくるか分からない戦術の幅』と、『疲労を交代で回復できるスタミナ面』で、固定メンバーのクラウたちは圧倒的に不利になる」
「あぁ。一度も休めないしな」
「なあエルク。この前、森で適当に狩りをしてただけなんだけどさ、ベルたちもかなりレベルが上がったみたいなんだ。ぶっちゃけ今の俺たち、どれくらい戦えそうか『鑑定』で見てくれないか?」
クラウの頼みに、エルクは「いいよ」と頷き、足元でお座りをするベルと、部屋の隅で静かに立つバオムへ視線を向けた。
「じゃあ、まずはベルからね」
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ベル 従魔 レッサーウルフ
主 :クラウ
レベル:115
HP :850
MP :320
攻撃力:510
守備力:380
素早さ:720
魔法 :無し
能力 :威嚇 連携
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「おわっ……! ベル、すごいレベル上がってるし、素早さなんて前の倍近くになってるよ!」
エルクは思わず目を見張った。修行前……というより、ただ森を散歩がてら狩りをした前の時点でレベル95だったベルだが、そこからさらに限界を突破するようにステータスを伸ばしている。特に機動力の伸びは凄まじい。
「次はバオムを見るよ」
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バオム 従魔 ウッドゴーレム
主 :クラウ
レベル:45
HP :1800
MP :250
攻撃力:650
守備力:800
素早さ:120
魔法 :木
能力 :木生成 建築 自然治癒 物理耐性
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「こっちもすごいな……。HPと守備力がガチガチの要塞みたいになってるし、新しい能力も覚えてる」
「へへっ、だろ? まぁ、森で適当な狩りをしてただけなんだけどな。なんでこんなに強くなったのか、俺にもよく分かんねぇや!」
クラウが不思議そうに笑いながらベルの頭を撫で、バオムの木の手を叩く。
ソウも自信満々に腕を組んで頷いた。
「私の分析に狂いはないよ。ベルの圧倒的な機動力で敵を攪乱し、バオムの木属性魔法による拘束力、そして高い耐久力で陣形を組む。この二匹のステータスなら、三枠固定でも十分に勝ち上がれるはず!」
「おう! 俺とベルとバオムの連携なら、どんな奴らにも引けは取らねえ!」
クラウたちの頼もしい様子に、エルクもホッと胸を撫で下ろした。
しかし、ソウは真剣な表情に戻り、今度はエルクをビシッと指差した。
「問題は……やっぱりエルクだね。個人戦は、テイマーにとって一番キツい部門だよ。相手の剣士や魔術師は、硬い従魔を無視してエルク本体を容赦なく狙ってくるからね」
「だから、俺は適当に魔法撃って負けるつもりだってば」
「それがダメなんだって! エルクの空間魔法は異常すぎるから、自分一人でひたすら回避魔法ばっかり使ってたら逆に審査員から怪しまれるでしょ? あ、それから今朝発表された追加ルールだけど……『個人戦に持ち込める従魔は一匹まで』に決まったからね」
「一匹? 二匹出せば自分は完全に休めると思ったのに」
「ズルしないの! でも、エルクにとっては好都合でしょ? 一匹だけ連れて行って、『俺は普通のテイマーだから、従魔のおかげで何とか戦えてます』ってカモフラージュするの! で、誰を連れて行くか決めたの?」
ソウの問いかけに、エルクはポンッと手を打った。
「うん。それならもう決まってるよ。俺のパートナーはスラにする」
エルクが呼び出すと、半透明の青いスライムであるスラが机の上にぽよんと現れた。
『おっ! おいらだけの単独出陣ッスか! エルクの兄貴、気合入るッス!』
「うわぁ、可愛い! ……って、本気で言ってるのエルク? スライム一匹なんて、いかにも『普通の初心者テイマー』ですって言ってるようなものだよ? 相手に舐められるに決まってるじゃない」
ソウが呆れたように言うが、エルクは我が意を得たりとばかりに深く頷いた。
「それがいいんだよ。空間魔法なんて目立つ力は極力使いたくないし、スラを連れて『逃げ回ってたけど、スライムじゃどうにもならなくて結局負けちゃいました』って感じで地味に終わらせる。これなら誰にも怪しまれないだろ?」
『えぇー!? おいら、負けるのは嫌ッス! 相手をドカンとぶっ飛ばして圧勝するッスよ!』
「ダメだってば! とにかく適当に弱そうに、水鉄砲とか撃っててね!」
エルクの言葉に、スラは不満そうにプルプルと震えている。
それを見ていたクラウとソウは、顔を見合わせて滝のような冷や汗を流していた。
((いや、絶対無理だろ!!!))
二人の心の声が完全にハモる。
目の前にいるこの青いスライムは、リザードマンの村で規格外のヒュドラを一瞬で無力化した『究極の弱体化魔法』の使い手なのだ。普通の初心者テイマーが連れている愛玩用のスライムなどとは、根本的に次元が違うバケモノである。
「ね? スラなら、平和で地味な試合になりそうだなぁ〜」
呑気に笑うエルクの前で、スラは「絶対に勝ってやる」と言わんばかりに、やる気満々に膨れ上がって魔力を滾らせていた。
かくして、両者の「すれ違う思惑」を大いに孕んだまま、波乱の学園武術大会が幕を開けようとしていた。
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