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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第七部・読めない者/断り方のない決まり編
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第201話 やめてよいと打つ

 畝の終いは日の残っているうちに片づいた。


 鍬は縁の石へ柄を上にして並べてある。並べたのはウーゴで、数え終えるとそのまま小屋のほうへ戻っていった。戻る者の列が坂へ折れて、下りる二人のぶんだけ列から抜けていた。メルは綴りを腕へ載せたまま畑の縁に立っている。エルクは石の上を歩いて、列の切れたところで止まった。


「今日です」


「ほんとに早く終わったね」


「早いです。残っていたのは端の二列だけでした」


「刻は決まってるの」


「日が落ちてからです。落ちきるまでは待ちます」


「待つんだ」


「段の中が暗くなってからのほうが、灯りの届くところが分かります」


 メルは頁の端を折って、折ったところへ指を挟んだ。


「上げるのは私が言います」


「下ろすほうじゃなくて?」


「下りる刻には向こうの都合もあります。上げる刻はこちらだけで決められます」


「決められるほうを持つんだね」


「持ちます。決められないほうは持ちません」


---


 坂の下の水の筋は夕方になると音だけになる。


 ソウは順の紙を板へ留めずに手のひらへ載せて持っていた。書いてあるのは名と刻だけだ。エルクは細いほうの筋をまたいで、乾いている縁へ立った。


「僕は上だよ」


「先に言うのね」


「うん。上の欄、僕が作ったやつだもん」


「作った人が真っ先に抜けたら、欄のほうが嘘になるわ」


「だから入るよ」


 ソウは紙の端を指の腹で押さえた。


「返ってこなかったら、どうするつもり」


「……待つと思う」


「待つのはいいわ。待ってるあいだに、渡してないことにするのは駄目よ」


「渡したことにするんだ」


「するわ。返事は向こうのものだもの」


 草の上をスラの分身が転がってきて、エルクの足の先で止まった。


『寝かせたッス。今日は五人ッス』


「二人じゃないの」


『二人はゆうべからッス。あとの三人は昼からッス。上で夜まで立つ人ッス』


「そっちも寝かせるんだ」


『待つ人が寝てねえと、帰ってきた人が先に寝られねえッス』


---


 段の口の脇の草は踏まれて一方向へ倒れている。


 下から糸の匂いが先に上がってきた。アラーネが出て、そのあとからラネが出てくる。脚の先に乾いた土が付いていた。エルクは口の縁の石へ腰を下ろした。


「二本とも張ってきたわ~」


「戻せたんだ」


「戻せたわ~。しめりが引いたのよ~。上げたぶんをそのままにしとくと、結び目のほうが伸びるの~」


「きょうは私がさきに下りたのよ!」


「早いね」


「二本とも私がむすんだわ! 姉さんは見ただけよ!」


「見たわね~。数だけ数えたわ~」


「今日だから二本にしたの?」


「ちがうわ! かわいてたからよ!」


「かわいた日に戻すって書いてあるのよ~。今日のためじゃないわ~」


---


 灯りの芯を短くしてから、クラウが火を移した。


 口の前の石は昼のあいだに乾いている。ドレクは帯の荷札へ指をあてたまま縁のところで足を止めた。エルクは二人の後ろで立ち止まった。灯りの芯は口のところで一度だけ横へ振れて、それから下を向いた。


 ウルは段の口の脇にいた。灯りが寄ると、目だけがこちらへ向いた。


『名は』


「名前言ってって」


 ドレクが先に言った。クラウは灯りを持ち替えてから自分の名を言う。


「二だね」


『二と、一だ』


「一?」


『下りたのが二。立っておるのが一だ』


「僕のこと?」


『主が欄へ入っておる。前は零であった』


「零だったんだ」


『零であった。今日は一だ。……一のほうが数えにくい』


「なんで」


『零は書けば済む。一は途中で抜けても形が残る』


 段の下からダクトが上がってきた。手には楔の入った布袋だけを提げている。


「水平は出してまいりましたぞ」


「糸のほうは」


「触っておりませんぞ。触れば張った者の数と合わなくなりますからな」


「触りたくならなかった?」


「なりましたな。なりましたが、私の持ち場はあそこで終いですぞ」


 ドレクは段の一つ目へ足を置いてから、手のひらを二度、腿へこすりつけた。


「震えてるね」


「震えてる」


「やめとく?」


「やめねえ」


「うん」


 ドレクは灯りのほうを見ずに下りていった。クラウが灯りを提げ直して続く。足音は途中の踊り場で一度だけ止まって、それから遠くなった。


---


 門の石組みは日が落ちてからのほうが白く見える。


 ライオは門の内側で坂の下のほうを向いて座っていた。前脚は揃えたまま動かない。エルクは横へ並んで同じほうを見た。


「もう下がるんだよね」


『下がる』


「今日くらいって言わないんだ」


『言わぬ。今日くらいと言うた者は、次も今日くらいと言う』


 内の道を足音が一つ下りてきた。レオルは門の手前で止まって、そこから先へは出なかった。


「レオルも来たんだ」


「我はもう欄におらぬ。……見に来ただけだ」


「門の外には立たないんだね」


「立たぬ。やめた持ち場だ」


 前脚が組み替えられて、土が浅く鳴った。ライオはレオルのほうへ首を向けた。


『渡したものは、渡した者の手を離れる』


「離れるか」


『離れる。離れぬのなら渡しておらぬ』


 レオルは返事をしなかった。門柱の影に半分入ったまま、坂の下を見ていた。


「返ってこなかったら、僕たぶん取り返しに行きたくなるよ」


『なるだろう。……我は下がる。決めた刻ゆえな』


---


 土の鳴る音は坂を上らずに段のほうへ落ちていく。


 エルクは段の口の縁へ座って膝を抱えた。エネは少し離れた石の上で紙を広げている。ドラゴは灯りの輪の外にいて、尾の先だけが乾いたところへ伸びていた。


『下りたぞ』


「分かるの」


『足の音が段の下で消えた。あそこから先は土が違う』


 尾が土を打った。一つ置いて、もう一つ。


「合わせてるんだ」


『同じ音を刻む。上と下で同じにしておけば、あとで並べられる』


 しばらくして打ち方が変わった。


 短いのと長いのが続けて入る。エルクは膝の上で指を折った。冬に配ったときに自分も覚えた形だ。ドレクの頭だった。


 間が空いた。


 それから長いのが三つ、同じ間で続いた。


 打ち終わってから尾は動かなかった。エルクは息を止めていたのに気づいて、止めていたぶんをゆっくり吐いた。


「返ったのも打つ?」


『打たぬ』


「なんで」


『我が打てば我の数になる。返りは我の数ではない』


「じゃあ、こっちからは分かんないんだね」


『分からぬ。上がってくるのを待て』


 エネは紙へ何か書いて、書いたところを指で押さえた。


「打ったのは一人です」


「聞こえたの?」


「聞こえません。頭が一つだったので一人です」


「二人だったら」


「頭が二つ入ります。並べるときに分かれます」


 羽音が坂の上から回り込んできて、口の脇の石へグリフが降りた。


『上は十一だ。誰も動いておらん』


「数えてきたんだ」


『数えた。ここへ下りて言う』


「上の欄でもいいのに」


『書いたぶんは上に残る。ここで待つ者へは届かぬ』


---


 尾がもう一度同じ形を刻んだ。


 頭。間。長いのが三つ。間のほうが前より広い。エルクは膝の上で二本目の指を折った。ドラゴは打ち終えてから首を灯りの届くところまで上げた。


『二つ目だ』


「広くしたの?」


『下が変えた。我は合わせる側だ』


 それきり土は鳴らなかった。


 メルが段を三つ下りて、そこから声を落とした。足音が上がってくるまでに、灯りの色が段の壁へ二度映った。


 先に出たのはクラウだった。灯りはまだ消していない。ドレクはそのあとから出て、口の外の石へ座り込んだ。エルクは縁から腰を上げて、クラウの灯りの前へ出た。


「返った」


「ほんとに?」


「二度とも返った。頭だけだ」


「頭だけ」


「頭だけだ。そのあとは何も来ん」


「ライは」


「器の前に残っておる。刻をその場で書いておった」


 エネは紙の上の二つ目の行へ指を置いた。


「返ったのは頭だけです。二回とも同じです」


 ドレクは膝の上で両手を開いて、開いたまま動かさずにいる。


「手はどうだった」


「震えておった」


「打てたの?」


「打った。震えたまま、札を分けるときの手で打っておった」


「速くならなかった?」


「ならん。あれは間を取れる手だ」


 ドレクは座っていた石を離れて、口のほうへ二歩戻った。


「もう一回下りる」


 ソウは順の紙を畳んで、畳んだまま段の口の前へ体を入れた。


「三度目は、こっちが欲しいだけだわ」


「聞き損ねたかもしれねえだろ」


「二度同じ形で打って、二度とも頭が返ってるの。聞こえてるわ」


「……返事はしてねえ」


「してないわね。それは向こうのぶんよ」


 メルは綴りの刻を読んでから閉じた。


「今日はここまでです」


---


 口の外に人が残った。


 誰も先に坂を上がらない。薪を担いできた男が荷を下ろさずに立っている。


「返ってねえのと同じだよな」


 ミナは口の脇の石へ座っていた。膝の上には何も載せていない。


「あたまだけでも、かえってきたでしょ」


「頭だけだぞ」


「きこえてないなら、あたまもかえってこないもん」


 男は言いかけたものを飲み込んで、荷を背負い直して坂を上がっていった。


 エルクはミナの隣の石へ腰を下ろした。


「ミナ、下にいた?」


「いないよ。ここでまってた」


「聞こえた?」


「きこえない。でも、みんなの顔みてた」


「どうだった」


「みんな、おなじほうむいてた」


---


 ドラゴの尾の跡が土の上に二つ残っていた。


 跡は同じ深さで、同じ向きに引いてある。エルクはしゃがんで手前のほうの縁へ指を置いた。


「板の欄、今日のぶん入るね」


『入るか』


「入るよ。打った日でしょ」


『二つ並んでおったところへ、三つ目だ』


「待ってたもんね」


『待った。……埋まったと言え。要るかとは、もう訊かぬ』


 尾は跡を崩さぬように上げられて、そのまま影のほうへ引かれていった。


---


 棚の前に置く灯りは一つと決めてある。


 夜の見張りの当番が戸口の内側に立っていた。布の上の三つはいつもと同じ間を空けて据えてある。ライは棚の下の台へ紙を広げて、筆を持った手を上げたところで止めていた。エルクは戸を閉めずに、入ってすぐのところへ立った。


 左はいつもと変わらない。縁のところだけが細く光っている。


 その隣が光っていた。


「……真ん中だよね」


『真ん中です』


「弱いね」


『弱いです。今朝のぶんを測ったときには何もありませんでした』


「左は」


『消えていません。今夜のぶんはまだ書いていません』


「二つになったんだ」


『二つです』


 ライは筆の先を紙へ下ろさずにいた。エルクは布の手前へ膝をついて、同じ高さから二つの光を見た。


 左は冬から強さが変わっていない。真ん中のほうは、目を離すと見失うくらいの明るさだった。


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