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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第七部・読めない者/断り方のない決まり編
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第200話 通さないと返す

 半日は昼から切り出してある。


 朝のうちに畝の列は端まで行った。坂を上がってきた者が鍬を小屋の壁へ立てかけて戻っていく。ソウは留め金を上から順に押していた。四つとも動かない。


「取ってあったのってこれ?」


「これよ。昼から日が傾くまでだわ」


「短いね」


「短いわ。半日より先は、畑の足を借りることになるの」


 ウーゴは一枚目の下のほうへ指を三本並べて置いた。決まりの行が並んでいるところの下は、去年から白いままだ。


「ヨンギョウ、ハイル」


「四行入るんだ」


「ハイル。チイサクスレバ、ゴギョウ」


 クラウは帳を石の上へ開いた。筆はまだ抜いていない。


「三行だ。増やさん」


「一行余っちゃうよ」


「余らせん」


「入るのに書かないの」


「入るから書くのは、入るから足すのと変わらん」


 ウーゴは並べた指を横へ送っていって、途中で止めた。


「オオキク、カク」


「大きくするんだ」


「オオキクスレバ、ヨンギョウメハ、ハイラナイ」


「余りが消えるんだね」


「キエル。チイサイジハ、カガンデヨム」


 ソウは板の前の土を靴の先で均した。


「屈まないで読めるほうがいいわ。屈む人はもともと読む気のある人だもの」


---


 筆を抜いてから、クラウは抜いた手を一度膝へ戻した。


「読み上げる。書くのはそのあとだ」


「先に言うんだ」


「口で通らん行は、板でも通らん」


 エルクは板の前の土へしゃがんだ。日は板の上の縁までしか当たっていない。


「来たものは、通さなくても来たと書く」


「一つ目」


「通さないと決めたものにも、通さないと返す。黙って通さないのは、来なかったのと同じだ」


「……長いね」


「長い。短くすると返すところが落ちる」


「落ちたら」


「通さんだけが残る。冬じゅうやっておったことだ」


 クラウは頁の端を押さえ直した。


「読めない者へ渡した決まりは、渡した者が読みに行く」


「三つ目だけこっちの話なんだ」


「こちらの話だ」


「向きが逆になってるね」


「頭の二つは受け取る側だ。終いの一つは渡す側だ」


 ソウが二枚目のほうから戻ってきた。


「三つ目がいちばん重いわね」


「重いの?」


「上の二つは来てから動くのよ。三つ目はこっちから動くわ」


「動かなかったら」


「動くって書いてある板だけが残るわ」


---


 薪を背負った男が坂から上がってきて、板の三歩手前で荷を下ろした。


「四つ目は要らねえのか」


「要らん」


「返して向こうが分からなかったらどうすんだ。分かるまで返すって書いときゃいい」


「四行目が要るようになった時は、たいてい三行目が守れておらん時だ」


「そりゃ去年も聞いたぞ」


「先に、守れておらんと書いた。足すのはそれからだ」


「……書いたのか」


「書いた。読みたければ写しにある」


 男は荷を背負い直して坂の上へ行った。板の前の土に足の形が二つ増えた。


 ケインは杭の束を肩から落とすように下ろした。手は縄から離さない。


「通さねえって返したら、向こうはこっちが居ると分かるっすよね」


「分かる」


「今まで黙ってたから、分かんなかったっすよね」


「分からんかった」


「分かってて書くんすか」


「書く」


 ケインは縄を結び直した。結び目はもう固くなっている。


「おれは分かってねえっす」


「そうか」


「分かってねえって書いといてください」


「書く」


「ほんとに書くんすね」


「従う前に言うた、と入れる。従ったぶんとは並べん」


 エルクは束の縄へ指を掛けた。


「ケインが分かってないって言ってくれてるあいだは、まだ大丈夫な気がするよ」


「気がするだけっすよ」


「うん。気がするだけだね」


「おれ明日も同じこと言うっすからね」


「言ってよ」


---


 柱のてっぺんで羽の畳まれる音がした。


 グリフは板の真上まで来て、そこから動かずにいる。エルクは指を三本立てた。立てたまま自分で見ている。


「去年は三つだったね」


『三つだ。俺が一つ持って行った』


「欄の下と柱と空だったよね」


『空は俺だ』


 エルクは立てた指を二本折った。


「……今年は一つでいいんだ」


『一つか』


「一つ。あの人に渡すんだもん。三つ置いても、届くところは一つだよ」


 グリフは首を一度だけ下げた。


『向こうは字だ。……これは字ではない。持って行かん』


「運べないんだよね」


『運べぬ。俺の口から出れば、それは俺の音になる』


 段の下からウーゴが上がってきた。彫る道具は帯に挿していない。


「柱にも彫るのかと思ったよ」


「オトハ、ホレナイ」


「彫れないね」


「ホレバ、ジニナル」


「字になっちゃうんだ」


「ジハ、ヨメナイモノニハ、ナイ」


「冬は彫ったよね」


「ホッタ。アレハ、ヨメルモノノブンダ」


「今日は彫らないんだ」


「ホラナイ。……ホリタイガ、ホラナイ」


---


 書くのは日の高いうちだと決めてあった。


 クラウは字の高さをウーゴの指二本ぶんに取った。一行目を入れ終えたところで手を止めて、板から一歩下がる。


「読めるか」


「読めるよ」


「そこからだ。近くで読めても意味が無い」


「ソウは」


「読めるわ。畑からは無理ね」


「畑から読む行ではない」


 二行目は長かった。終いの一字が縁へ寄って、寄ったぶんだけ行が下へ曲がっている。


「曲がってるよ」


「曲がっておる」


「書き直す?」


「直さん。直せば、そこだけ墨が新しくなる」


「そのままにするんだ」


「そのままだ。曲がっておるのも、その日に書いたということだ」


 三行目を入れ終えて、クラウは筆を硯の縁へ置いた。白いところは残っていない。


 帳の後ろのほうを繰って、冬に綴じた紙を一枚抜く。


「一つ目は今日から使える。だが、冬のぶんが一つ残っておる」


「板に無い印のやつだね」


「分からんと入れてある。来た、とは入れておらん」


「書き足すの」


「足さん。あの日の行はあの日のものだ」


「じゃあどうするの」


「今日の行へ入れる。冬のぶんを数え落としておったとな」


「怒られそうだね」


「怒るやつがおれば読んだということだ」


---


 ライは紙を二枚持ってきて、板の下の縁へ沿わせて置いた。


 縁の上の側には去年の欠きが並んでいる。名前の脇に一つずつだ。下の側はまだ木のままだった。


『下の縁はまだ一つです』


「返さないのやつだね」


『それだけです。今日で三つになります』


「上のと間違えない?」


『上は名の脇にあります。下には脇に名がありません』


「指で辿るんだ」


『辿ります。名を越えたところから下です』


 ウーゴが下の縁へ欠きを入れはじめた。深さは指の腹で測っている。


「ミッツ」


「三つだね」


『通さない、が短いのを二つと長いのが一つです』


「やめてよいのほうは」


『長いのを三つです』


「返さないと似てない?」


『終いだけが違います。短いのが三つと、短いのが二つに長いのが一つです』


「暗いところで分かるかな」


『終いは長さが変わります。長さなら冷えても残ります』


「強く打つのは駄目だったもんね」


『駄目です。冷えると先に手のほうが鈍ります』


 ウーゴは三つとも入れ終えて順に押さえた。


「フカサ、オナジ」


『同じにしてもらいました。深いほうが大事だと読まれますので』


 ライは紙を縁から離した。


『板が持ちました』


「これで打てるの」


『ここからは打てます』


「昨日までは打てなかったんだよね」


『打てませんでした。今日からです』


---


 ソウは二枚目の前へ回った。留め金の下の白いところは、春に入ってから一度も減っていない。


「二枚目じゃないのね」


「二枚目はやめた者の板だ。これは受け取る側の話だ」


「こっちのほうが空いてるわ」


「空いておるのと、そこへ入れるのは別だ」


「入れたらどうなるの」


「やめた者の下へ受け取り方が並ぶ。読んだやつは、やめた者の決まりだと思う」


 ソウは白いところへ指の背を触れさせてすぐ引いた。


「三つのままね」


「三つのままだ」


 坂のほうからレオルが来て、板の二歩手前で止まった。読み上げはとうに終わっている。


「今日は言わぬ」


「反対しないの?」


「我の行はもう入っておる」


「同じことは二回言わないんだね」


「二度言えば二つ数えられる。我の反対は一つだ」


「一つなんだ」


「一つで足りる。……足りておらぬのは、ほかのところだ」


 レオルは三行を上から下まで読んでから、二枚目の白いところを長く見ていた。


---


 戸板は薪小屋の脇へ出したままだ。


 ダクトは四枚を並べ直して、端から順に表を上にした。ライは膝を折って終いの行へ指を置いている。


「終いが変わりましたな」


『変わりました。またぐ字を選び直します』


「どこで切りますかな」


『渡した者が、まで表です。読みに行く、を裏の頭にします』


「途中ですぞ」


『途中です。終いまで表へ入れますと、裏は開きません』


 ダクトは一枚を裏返して裏の頭の空きを目で測った。


「四枚とも書き直しますぞ」


「二枚でよくない?」


「よくありませんな。形の違うものが混じりますと、あとから来た者はどちらかを間違いだと思いますからな」


「古いのは」


「持って上がりますぞ。置いてまいりますとそちらを読む者が出ますからな」


 ライは紙の幅を四枚とも測ってから、切る字を一枚ずつ変えた。


「面倒だね」


『面倒です。揃えるほうを選ぶと読ませたい行のほうが動きます』


---


 日が傾いて坂の下の水の筋が二本とも影へ入った。


 下の一枚を替えに行くのはエルクとダクトになった。段の口の石の上でウルが待っている。首は坂のほうを向いたままだ。


『下りるのは二だ』


「数が先なんだ」


『数は目で足りる。……名は』


 エルクが名を言った。ダクトは写しの束を抱え直してから自分の名を言った。


『入れた』


「読み上げのとき上にいたよね」


『おった』


「聞いてたんだ」


『聞いた。読んではおらぬ』


「同じじゃないの」


『同じではない。我は字を数えぬ』


「じゃあどっちで数えとくの」


『聞いた者に入れておけ。聞いた者と読んだ者を一つにすると、読める者の数が増える』


「増えると困る?」


『困る。読める者が多いほど、渡したと思う者が増える』


 段を下りると柱の札が先に灯りへ入った。冬に彫ったままで新しい行はどこにも入っていない。ダクトは替えた写しを紐で吊るして、紙の下の端が石へ触れていないのを二度確かめた。


---


 畑の縁は日が落ちると先に暗くなる。


 メルは綴りを閉じて、閉じた上へ手を置いた。


「明日です」


「明日?」


「明日は畑が早く終わります」


「朝にならないと分かんないって言ってたよね」


「始めは分かりません。終いは分かります」


「終い?」


「残っているのは畝の終いだけです。長さが数えられます」


「数えられたら言えるんだ」


「言えます。数えられない日は言いません」


 戸を閉めながらソウが聞いていた。


「二人ぶんは前の日から寝かせるのよ」


「今日からだね」


「今日からよ。スラのところは空けてあるわ」


 戸口の灯りが動いて、明かりの輪が外へ出た。ドレクが受け取ってそのまま溝のほうへ歩いていく。


 歩きながら片手で荷札を抜いて向きを直し、帯の外へ挿し直した。切り欠きのほうが外を向く。


 暗くなっても指で分かる向きだ。灯りは溝の縁づたいに下りていってそこから先は止まらなかった。


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