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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第七部・読めない者/断り方のない決まり編
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第196話 続かなかった者と呼ばない

 入口の石へ日が入るのは昼のあいだだけだ。


 ダクトは四枚とも裏を上にして並べていた。表のときと同じだけ間を空けて、角の位置もそろえてある。裏の頭には途中から始まる行が乗っていた。そこから下が二枚目の写しだ。三行あって、その下に名が三つ。名の下は白い。端の一枚にはスラの分身が二つ乗っている。


「風、あったっけ」


『無いッス』


「無いのに乗ってるんだ」


『昨日は端が反ったッス。反ったやつは誰も返さねえッスよ』


「そうなんだ」


『指が引っかかると、めくる前にやめるッス。おいら見てたッス』


 ダクトは並びの端から回ってきて、日の入っているほうへ一枚だけ寄せた。


「返す者は増えましたかな」


「増えたの?」


「今朝も一人、裏まで来ましたぞ」


「何人目?」


「数えておりませんな」


「数えないんだ」


「見ておるだけですぞ。数えるのは別の人ですな」


 エルクは裏の頭から指を下ろした。一行目と二行目はすぐ終わって、三行目のところで止まる。


「聞かされていない者を、続かなかった者と呼ばない」


「声に出されますかな」


「読めるからさ」


「読めますな」


 石の面は日を受けたところだけ温い。エルクは指を三行目の高さに置いたままにした。


---


 段の口のほうから足音が来た。


 ライが胸のところへ夜の紙を抱えている。石の空いたところまで来てから、紙を平たく広げた。


『昨夜のぶんです』


「頭は」


『三つです。間も同じだけ空いています』


「欄には入れたの」


『入れていません』


「今日も?」


『今日もです。板に無い印は通しません』


「打ち返しもしてないよね」


『していません。三つとも紙の上にあるだけです』


 ライは紙を写しの脇へ寄せた。裏の三行目と、紙の上の三つの頭が同じ高さに並ぶ。


「配ったのって十だよね」


『十です。余りはありません』


「この頭は」


『十の外です』


「じゃあ、この人は並びを知らないんだ」


『知っているかもしれません』


「分かんないんだ」


『分かりません。渡していないことだけは分かります』


「こっちから渡したのって、何と何だっけ」


『十の並びと、返さない並びと、持ち場の三文字です』


「あの人には渡ったよね」


『渡りました。頭に付けて返してきます』


「こっちの人には」


『一度もありません』


 エルクは写しと紙のあいだで目を二度動かした。紙の頭は三つとも同じ形をしている。


---


 帳を提げたクラウが入口の暗いほうから出てきた。


 冬の綴じ目へ指を挟んだままだ。石の縁へ座って、挟んだところを開く。


「冬のを見ておった」


「あった?」


「ある。分からんと書いてある。それだけだ」


「足すの」


「足さん」


 クラウは写しの裏へ目を落とした。目は三行目の高さで止まった。


「これを書いたのは俺だ」


「知ってるよ」


「書いたときは、うちの者のつもりでおった」


「違うんだ」


「行には書いておらん。誰のこととも書いておらん」


 紙の端が日に反って、影が細く伸びた。


「聞かせておらん者を、通さん者と呼んでおる」


「呼んでないよ」


 クラウは帳の綴じ目へ親指を差したまま動かさなかった。


「呼んでおる」


「呼んでないってば。誰もそんな言い方してないじゃん」


「口で呼ばんでも、扱いが呼ぶ」


「扱いって」


「来たのに、何も返さん。返さんまま冬を越した」


 エルクは言い返す言葉を口の形まで作った。作ったところで止めた。石の上の三行はさっきから動いていない。


「……呼んでないけど、扱ってはいるんだ」


「そうだ」


「今日は先に言われたね」


「お前が先に見つけて、俺が行にすることが多い」


「今日は違うよ。僕、さっきまで読んでるだけだったもん」


「読んでおったなら、お前のほうが近い」


「近くないよ。読めるとこしか読んでないし」


 クラウは筆を抜かなかった。帳は開いたまま膝の上にある。


---


 坂の下から上がってきたレオルが、入口の手前で足を止めた。


 並びを端から見て、それから一枚目の裏の上のほうへ目をやる。


「我の名はそこだ」


「一つ目だね」


「一つ目だ。三行はその上にある」


 レオルは腰を落として、三行目の高さへ爪の先を寄せた。紙には触れずに止める。


「呼んでおらぬ」


「クラウは呼んでるって言ってるよ」


「呼んでおらぬ。通しておらぬだけだ」


 クラウは帳を脇へ挟んだ。


「同じだ」


「同じではない」


「どこが違う」


「呼ぶのは口だ。通さぬのは手だ」


「手のほうが早く着くぞ」


 爪はまだ下がらない。日は石の半分まで来ている。


「……だが近い」


「近いんだ」


「近い。我は近いところで止めておきたい」


「止めとくと、どうなるの」


「呼んでおらぬと言い続けられる」


「ずっと?」


「聞かせるまでだ。聞かせてからなら、いくらでも言うてよい」


「聞かせるまでは言えないんだ」


「言えぬ。言えば、こちらの都合が行より先に立つ」


 レオルは爪を下ろして立ち上がった。裏の並びからは目を離さない。


「三行目を書いたのはお前たちだ。書いた者が破っておるのは、破られるより悪い」


「怒ってる?」


「怒っておらぬ。……こちらが先に見つけたのは良いことだ」


---


 溝の水は昼を過ぎて細くなっていた。


 ケインは落ち口の土をさらっている。話を聞き終えてから、掬った土を縁へ上げた。


「通したら危ねえっすよ」


「通すとは言ってないよ」


「聞かせるんすよね。聞かせたら通すのと変わんねえっす」


「変わるよ。……たぶん」


「たぶんっすか」


 エルクは縁の乾いたところへ座った。


「決まりを教えるだけだよ。頭の無いのには返さないとか、板に載ってない印は通さないとか」


「それ、打ち方の話っすよね」


「打ち方じゃないってば」


「打ち方っす。どこまでが通るか教えるんすから」


 ケインは鍬を立てて柄の先へ顎を載せた。


「聞かせてねえのは分かるっす。でも聞かせたら、向こうも打てるようになるっすよね」


 返事の代わりに水の音が一度だけ大きくなった。


 坂の上からソウが下りてきた。袖は肘までまくってある。


「危ないわ」


「ソウもそっちなんだ」


「そっちよ。ケインの言うとおりだわ」


「じゃあ黙ってるんだ」


 ソウは落ち口へしゃがんで、水の当たっている石を指で向き直した。


「黙るのもいやなのよ」


「両方は取れないよ」


「取れないわね。危ないのと、黙るのと、両方いやなのよ」


「どっちか選ぶんでしょ」


「今日は選ばないわ」


 ケインは顎を柄から上げた。


「決めねえのも決まりっすか」


「決めてないって言うのが決まりよ。決めたふりをしないだけ」


「おれ、今日は通ってるほうっすよね」


「通ってるわ」


「通ってんのに、なんも軽くならねえっすね」


 ソウは指に付いた土を水で落として、それきり何も足さなかった。


---


 段の口の灯りは昼のあいだ消してある。


 ウルは内側の石へ伏せていた。下から上がってくる空気だけが冷たい。エルクは口の外の日向へ腰を下ろした。


「打った人ってさ。ウルの数だとどうなってるの」


『無い』


「一回も?」


『一度も無い。我の前を通った者だけを数えておる』


「紙には出てるよ」


『出ておる。紙はライだ』


 ウルは頭を上げずに耳だけ動かした。


「昨日の二人は、ウルの数に入ってるんだよね」


『入っておる。段を下りたからだ』


「入ってない人は」


『我の中に居らぬ』


「居ないことになるんだ」


『なる。我も数えるだけだ。……数えぬ者は、居らぬことになる』


「冬からずっとだね」


『ずっとだ』


「気づいてた?」


『気づいておった。我の欄には入れようが無い』


「入れなくていいの」


『よい。我が入れれば、段の数が濁る』


 エルクは膝を抱えて、段の暗いほうを見た。


「じゃあ、どこにも居ない人のままだよ」


『数える者へ回せ。我は数えぬが、居らぬとも言うておらぬ』


---


 入口の外の窪みにドラゴがいた。胴の半分は日の当たらないところへ入っている。


「ねえ。こっちから打ったのって、いつが最後?」


『冬だ』


「雪の深い晩のやつ?」


『あの晩だ。あれから我は打っておらん』


「打ちたい?」


『欄は拍を打つのままだ。打つ日が来れば打つのだ』


 尾の先が土を一度掃いた。


『返らぬのと、打たぬのは別だぞ』


「別なんだ」


『別だ。返らぬのは向こうの日だ。打たぬのはこちらの日なのだ』


「こっちの日って、いくつ続いてるの」


『数えておる。言うてよいか』


「……今日はいいや」


『では持っておる。我は遅いが、数は落とさぬのだ』


---


 日が石の端から外れる頃に、ダクトが四枚を表へ戻した。


 白いほうが下になって、指の跡の付いた灰色が上へ出る。クラウは帳を開いたまま石へ置いた。筆はまだ袋にある。


「足すんでしょ」


「足さん」


「新しいの作ると思った」


「今日は足さん」


「なんで」


「足す前に見る」


「見るって、なにを」


「三行だ。上から三つとも、うちが守れておるか見る」


「守れてなかったら」


「守れておらんと言う」


「言うだけ?」


「言うのが先だ。足すのはそのあとになる」


 クラウは筆を抜いて、穂の先を袋の口で拭った。


「見てから言う」


「順番、変えないんだ」


「変えん。先に足せば、足したほうが守れておることになる」


 石段の下からエネが上がってきた。紙は胸の前で抱えている。数のぶんだけ端が段になっていた。


「数えるものが二つ増えました」


「二つ?」


「ひとつは読んだ人です。冬から数えています」


「もうひとつは」


 エネは抱えたぶんを片腕へ寄せて、空いた手を紙の上へ置いた。


「聞かせていない人です」


 クラウの手が止まった。エルクは石の上の写しへ目を戻した。


「それ、何人いるの」


「分かりません」


「分かんないんだ」


「まだ一人も数えていません。数え方も決まっていません」


「数えられるの?」


「数えます。そこから探します」


 エルクは表の面を指の腹で二度叩いてから、手を膝へ戻した。


「……ウルが似たこと言ってたよ」


「なんて言っていました」


「数えない人は、居ないことになるって」


「はい」


「知ってたの?」


「いえ。……でも、そうだと思います」


 エネは上から二枚目を抜いて、字の無い面を上にして石へ伏せた。余白の端へ細い線を一本引く。線は一本だけで、その下へは何も足さない。


「今日はいくつ入るの」


「今日は入りません」


「入らないんだ」


「入れる前に、聞かせていない人が誰なのかを決めます」


 入口の石から日が抜けて、四枚は端から順に影へ入った。


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