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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第七部・読めない者/断り方のない決まり編
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第191話 間で分ける

 灯りを台の端へ寄せると、紙の上の点がひとつずつ影を持った。


 ライは二枚から手を離していない。左の列は長く伸びて、右はその半分ほどで切れている。白いのは書き出しの次だけだ。そこの幅が左も右も揃っている。


「同じって、どのくらい同じなの」


『指の腹の半分より狭いです』


「見ただけで分かるんだ」


『見ては分かりません。当てました』


 細い竹の目盛りが紙の上へ置かれて、すぐに外された。


「じゃあ同じ人じゃん」


『分かりません』


「間が同じなのに?」


『同じ間を出せる者が二人いない理由がありません』


 台の脇の棚には箱が三つある。箱の下へ欄が引いてあって、いちばん端だけ線が途切れていた。ライは春の紙を、冬の紙の隣へ置いた。棚の板の上ではなく、板の手前の台へ。


「そこ、外だよね」


『外です』


「二枚になったね」


『二枚になりました。……分け方に入らないものが二つ目です』


 台の脚のところで木のこすれる音がした。ダクトが楔をひとつ抜いて、向きを変えてから打ち直している。


「傾いてた?」


「わずかですぞ。冬のあいだに土が痩せますな」


「針、変わるの」


「台が傾きますと、針のほうが先に嘘をつきますぞ」


 楔の頭を二度叩いて、ダクトは手を引いた。壁際の糸のほうへは一歩も寄らない。


「糸は」


「行きませんぞ。あれは触った者の手が残りますからな」


---


 朝の段の口には風が通っていた。


 ウルは内側の石へ体を預けていた。段を上がる足音で、尾の先だけが持ち上がる。


『眠っておらぬな』


「ちょっと寝たよ」


『二度寝を寝たと言うか』


「言うよ。……ねえ、ウルは刻を数えるでしょ」


『数える』


「音と音のあいだって、刻なのかな」


 ウルは前脚を組み替えた。


『刻だ。だが我の数え方には入らぬ』


「入らないんだ」


『我が数えるのは、入った者が出るまでだ。あれは瞬きより短い』


「短いと数えられないの」


『数えられる。数えはじめれば、長いほうがぼやける』


 石の上の日の位置が少しだけ動いた。


『間が空いたことなら分かる。幾つ空いたかは言えぬ』


「それじゃ足りないんだね」


『足りぬ。言える者に言わせろ』


---


 日が傾いてから下の壁際へ下りると、糸はもう半分張ってあった。


 アラーネが上の段から糸を下ろし、ラネが下で束を寄せている。結び目のところだけ指の太さぶんこぶになっていた。


「張るの、早くなった?」


「湿りが抜けたのよ~。抜けると手が滑らないのよ~」


 ラネが束の山から一本引き抜いて、床へ並べ直した。


「これ、昨日のとちがう!」


「同じ長さじゃないの?」


「長さはいっしょよ! でも結び目の場所がちがうの!」


 アラーネが上から降りてきて、並んだ二本の脇へ前脚を置いた。


「ラネの言うとおりよ~」


「同じ長さなんだよね」


「長さは同じ。結び目の数も同じよ~」


 前脚の先が、結び目と結び目のあいだをなぞった。


「結び目のあいだね~、長さが違うと手が迷うのよ~」


「迷うんだ」


「迷うわ~。手が先に覚えてるところへ行くから、ずれてると引っかかるのよ~」


 エルクは床へしゃがんで二本を見比べた。こぶの数は確かに同じだった。


「同じ結び目でも、あいだが違えば別の束なのよ~」


「……別なんだ」


「別よ~。混ぜたら朝までにどっちも死ぬわね~」


 ラネが二本を左右へ分けて、それぞれの端を持ち上げた。


「分けたから数え直すわ! まざったまま数えたら、うそになるでしょ!」


 エルクはしばらくその手つきを見ていた。それから立ち上がって、灯りを器のほうへ向けた。


「ライに言っていい?」


「いいわよ~。糸の話だけどね~」


---


 器の台へ戻ると、ライは紙を裏返して余白のほうを上にしていた。


「あのさ。アラーネが言ってたんだけど」


『糸ですか』


「うん。結び目が同じでも、あいだが違ったら別の束なんだって」


 ライの手が余白の途中で止まった。


『……あいだの幅で、分ける、ですか』


「僕はよく分かんなかったんだけど」


 ライは紙を戻して、冬の列と春の列を並べ直した。目盛りを当てたのは点ではなく、点と点のあいだだった。


『音は打った者のものです』


「うん」


『間は、打っていないところです』


「打ってないとこ」


『私は間が空いたか詰まったかで見ていました。幅は数えていません』


 台の上で目盛りが二度動いた。


『同じ長さでも、あいだの幅が違えば別のものです』


「じゃあ分けられるの」


『分けられます。長さと、あいだの幅で分けます』


 ライは棚の下の欄へ線を一本足した。線の下へ長い列の紙を置いて、上から軽く押さえる。


『棚に入りました』


「読めたの?」


『読めません』


「入ったのに?」


『入ったことと読めることは別です。……読めるとは限りません』


 押さえた指が離れた。欄の隣はまだ引いただけで何も入っていない。


「そこ空いてるよ」


『意味のところです。空のままにします』


「埋めないんだ」


『埋める材料がありません』


 エルクは欄の白いところを指でなぞりかけて、途中で手を引いた。


「冬のと春のは?」


『同じ間です』


「じゃあ」


『同じ者とは書きません』


 ライは紙の端をそろえて、二枚とも同じ欄へ収めた。


「僕、それ覚えられないと思う」


『覚えなくていいです』


「いいの?」


『覚えるのは打つ人だけです。これは置く側の分け方です』


「置く側」


『打ち方は何も変えません。今夜も並びは十のままです』


 エルクは棚の前から一歩下がって、欄の線を上から下まで見た。


「増えたの、線だけだね」


『線と、置き場です』


---


 段を上がる途中の柱のところにクラウが灯りを掛けていた。


 帳は膝の上だ。札の彫りが灯りの下で影を作っている。


「入ったそうだな」


「棚の中。でも読めないって」


「ライはそう言うたか」


「言ってた。入ったのと読めるのは別だって」


 クラウは筆を抜いた。


「入れた日を書かせろ」


「日を?」


「入れたなら、入れた日を書け」


「なんで」


「入っておったのか、入れたのかが後で分からんようになる」


 筆の先が硯の縁で落ちた。


「棚は古いものが入っておるように見える。半年もすれば、誰も線が引かれた日を覚えておらん」


「僕は覚えてるよ」


「お前が覚えておるあいだは要らん。要るのはその後だ」


 エルクは札の彫りへ目を移した。深いほうの溝はまだ縁が立っている。


「読めたとは書かないでね」


「書きはせん」


「……ほんとに?」


「読めておらんからな。そこを混ぜると、明日から読めたことになる」


 クラウは膝の帳を閉じて、灯りを柱から外した。


---


 翌朝の溝の縁は下のほうまで水が通っていた。


 ケインは縄を綯う手を止めずに、板の切れ端を足で押さえている。クラウの話を聞き終えると足の位置を変えた。


「分け方増やしたら、また読めねえのが出てくるっすよ」


「出る」


「出るんすか」


「出る。だが棚の外に置いておくよりましだ」


 ケインは縄を一巻き足した。


「どっちも読めねえのは同じっすよね」


「同じだ」


「じゃあ何が違うんすか」


「置き場があるかどうかだ。外にあるものは、片づけたいやつがいつか片づける」


「……捨てるってことっすか」


「捨てん。忘れる。忘れたほうは捨てた覚えも無い」


 縄の端が指のあいだで一度ほどけて、ケインは結び直した。


「おれ、間違ってねえっすよね」


「間違っておらん」


「間違ってねえのに通らねえのは、気分が悪いっすね」


「悪い。俺もだ」


 ケインは綯い上げた縄を溝の杭へ掛けた。掛けてから、掛けた高さを二度直した。


---


 昼過ぎの記録の間の入口でエルクが待っていると、ダクトが写しを四枚とも抱えて上がってきた。


 紙は角をそろえて重ねてある。上の一枚の端だけが指の幅で灰色だ。


「戻りましたぞ」


「替えるの?」


「替えませんな」


「汚れてるよ」


「読む者が指を置く行ですな。そこは前からですぞ」


 ダクトは石の上へ四枚を下ろして、一枚ずつ表を上にして並べた。灰色は四枚とも同じ場所に付いている。


「裏は?」


「これですぞ」


 いちばん手前の一枚が返された。紙の裏は端まで白い。折り目も無い。指の跡も付いていない。


「新しいまま?」


「新しいままですな」


「四枚とも?」


「四枚ともですぞ」


 残りの三枚も順に返された。白いほうが四枚並んで日を受けた。ダクトは並べたまま動かさず、そのそばへ腰を下ろした。

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