第122話 開けるか開けないか
その集まりはこれまでのどの寄り合いとも少し違っていた。
クラウが招いた広間には人間だけでなくリザードマンの代表レオルが腕を組んで椅子の端に腰を下ろしラミアの長が蛇の下半身を折り畳んで床に静かに落ち着いていた。避難民の側からは小角族のミナが緊張した顔で皆の後ろに控えている。そして天井近くの梁の上に若いグリフォンのグリフが翼を畳んで止まっていた。嵐鷲王ゼルガの名代だった。
人とリザードマンとラミアと避難民と空。この国に暮らすものたちがはじめてひとつの部屋にそろって顔を並べていた。
議題はひとつだけ。半開きの門の奥記録の間を――開けるのか開けないのか。
クラウが写し帳を広げて口を開いた。
「今日は手を挙げた数で押し切る会議にはしません」
クラウは一同をゆっくり見渡した。
「開ける開けない。それを決める前にまずみんなの言い分をぜんぶ聞きます。なぜそう思うのか理由まで。……たぶんこの国はその理由が種族ごとにまるで違うので」
・・・・・
「開けないほうがいい」
最初に口を開いたのはレオルだった。
「あの国は記録を残した。共に生きようと誓いも立てた。その記録が残っていてそれでも内側から壊れた。……つまり記録は国を守らなかった。読んだところで同じことが起きるなら開けて悪いものを呼び込むだけ損だ」
「でもなんで壊れたのかが分からなきゃ同じ失敗をまた繰り返すよ」
声を上げたのは廊下の壁ぎわに立ったケインだった。
クラウが「発言は代表者に」と言いかけたがレオルが片手でそれを制した。
「いい。聞こう。若いのの言うことも理由のうちだ」
ケインは勢い込んで続けた。
「真相を知らなきゃ備えられない。何が国を壊したのかはっきりさせてこっちが同じ手を防げるようにする。それが開ける理由です」
「……こわいです」
小さな声で言ったのは後ろに控えていたミナだった。
「あの記録にあたしたちのことが書いてあったら。逃げてきたことがまちがいだったって書いてあったら。……知りたくないです」
うつむくミナのほうへメルが身体を向けた。
「うん。怖いよね。無理して開けようって言わなくていいんだよ」
メルはその反対の声を否定しなかった。怖いという一票もちゃんと机の上に置いた。
それまで黙って聞いていたラミアの長が静かに顔を上げた。
「わたくしたちは開けても開けなくてもどちらでもかまいません」
長は低く落ち着いた声だった。
「開けて真相が分かるならそれでよい。開けずにいまの静けさが続くならそれもよい。……ただ一つだけ。どちらに決めてもあとになってあのとき開けたせいだ開けなかったせいだとたがいを責め合うのだけはやめていただきたい。この国がまた内側から疑い合うことになるのなら記録の中身などよりそちらのほうがよほど恐ろしい」
その言葉にレオルが深く頷いた。裏切られた記憶を持つ者と責め合いを恐れる者。立場は違っても恐れているものの根は同じ一つだった。内側から壊れること。それだけはどの種族も二度と味わいたくなかった。
・・・・・
ソウが地図を広げて守りの側から説明した。
「開けるなら備えはできる。あの晩みたいに力ずくでこじ開けるんじゃない。ノノの感知で中の声に応える形でそっと開ける。見張りは種族ごとに散らして立てる。もしまた黒いのが来ても一か所に固まらなきゃ内側から割られることはない」
梁の上のグリフが翼をひとつはためかせた。それはゼルガからの言づてだった。空からは見張る。だが開けるか開けないかの判断には加わらない。それは地に足をつけて暮らすお前たちが決めることだ――嵐鷲王の言葉を若いグリフォンはそういう気配で皆に伝えた。
「ほら。備えはできるってソウが言ってる。だったら開けようよ。びくびくして閉じたままでいたって何も進まない」
ケインが勢いづいた。
「勢いで決めるな」
レオルの低い声がそれを止めた。
「前もそうだった。勢いで割れた。開けろと開けるなで種族ごとに真っ二つになりかけた。勢いってのはいちばんあの黒いものの思うつぼだ」
広間がしんとなった。ケインも今度は言い返さなかった。
・・・・・
ずっと皆の言い分を聞いていたエルクがそこでゆっくり口を開いた。
「僕はさ」
いつもののんびりした声だった。
「僕が一人で決めちゃだめだと思うんだ」
みんながエルクを見た。
「前だったらたぶん僕が決めてた。開けようとかやめとこうとか。僕が言えばなんとなくみんな従ってくれるからさ。……でもそれだとまた一人に背負わせることになる。ノノに聞く力を背負わせないって決めたばっかりなのに決めることは僕が背負うんじゃおかしいよね」
エルクはレオルとケインとミナを順に見た。
「開けたい理由も開けたくない理由もぜんぶ正しいと思う。どれかが間違ってるんじゃない。だからみんなで決めよう。開けるか開けないかだけじゃなくて……開けるならどうやって開けるかまで」
・・・・・
話し合いは長かった。開けたい者と開けたくない者の真ん中を一つずつ手さぐりで探っていった。
やがてクラウがまとまった形を写し帳に書き上げた。
「――開けます。ただし条件つきで」
クラウはその条件を読み上げた。
「一つ。中へ入るのは少人数で。二つ。人間だけリザードマンだけにはしない。かならず複数の種族で一緒に読む。三つ。一度にぜんぶは読まない。少しずつ確かめながら。……こうすれば記録がどこか一つの種族の都合のいいようには読まれません。読んでまた割れるということが起きにくい」
レオルはしばらく腕を組んだまま黙っていた。それから短く言った。
「……その決め方になら乗る。開けるに頷いたんじゃない。この決め方にだ」
開けるかどうかではなく決め方に頷く。レオルのその一言がこの集まりのいちばんの実りだった。
クラウが写し帳の新しい一枚にこう書き足した。
「この代表者の集まりをこれからは決まった折ごとに開きます。困りごとを誰か一人が抱え込まないように。……決めることそのものをみんなで分け合う場所として残します」
一人で決めない。それがその日この国の仕組みの一つになった。
・・・・・
集まりのあとエルクは半開きの門の前に立った。
隣にはエネに手を引かれたノノがいる。開けると決めたのはみんなだ。けれどその門にいちばん最初に応えられるのはノノの聞く力だけだった。
「ノノ。無理はしなくていいからね」
エルクがしゃがんで言うとノノはこくりと頷いた。それから門のほうへ小さな手をそっと伸ばす。
その手の先で。
ぴったり閉じていたはずの門の隙間がほんの少しだけ――内側の声に応えるように静かに広がった。奥から漏れる魔力の波はもう叩くような尖った形ではなかった。こんこんと扉を叩いて応えを待つような優しい形をしていた。
開けると決めたのは一人ではない。だからその先で何が待っていても背負うのも一人ではない。エルクはそっと広がっていく隙間を見ながらそう自分に言い聞かせた。記録の間はこの国が「みんなで決める」を覚えたその日にはじめて少しだけ心を開いた。




