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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第三部・悪魔残党 / 旧共存国家編
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第107話 最初の疑い

 朝、仮避難所の食料置き場で声が上がった。


 クラウが先に駆けつけた。エルクも遅れて行くと、積んでいたはずの干し肉と保存パンの袋が、半分近く減っていた。


「昨夜の見張りは誰だった?」


 クラウが聞くと、人間移住者の一人が小さく手を挙げた。ケインだった。元々は王都側の難民で、研究会と一緒にこの土地へ来た男だ。


「俺だ。でも、何も持ち出してない」


 避難民の一人が、すぐに声を上げた。


「見張りが一番怪しいだろ。誰もいない時間に持ち出せるのは、見張ってる人間だけだ」


「待ってよ」とエルクが間に入った。「まだ誰が持ち出したかも分かってない。先に探そう。見つけてから考えよう」


 ウルが鼻を地面に近づけた。食料置き場の周りをゆっくり歩き、何度も止まる。


『……分からない』


「分からない?」


『匂いが、薄い場所と濃い場所が入れ替わってる。誰かが歩いた跡なら、もっとはっきり残るはずだ。これは……変だ』


 ライが袋の置いてあった場所にしゃがみ込んだ。手のひらを地面にかざす。


「ここ、薄く黒いのが残ってる」


「黒いの?」


「魔力の残滓。悪魔のものに近い気がする。量は少ないけど」


 エルクはその場にしゃがんで、ライの手元を見た。地面に何があるわけでもない。ただ、ライが感じ取っているものがある。


「足跡が合わなくて、黒い魔力が残ってる。これ、誰かが歩いて盗んだ感じじゃないね」


「そう思う」とライが言った。「でも、証拠にはならない。気配がある、ってだけだから」


 避難民側のミナが前に出た。最近来た避難民の一人で、人間に対してまだ強い警戒を持っている女性だ。


「黒い魔力なんて、見えない言い訳でしょう。人間が隠したのを、悪魔のせいにしてるだけじゃないの」


「俺は何もしてない」とケインが声を強めた。「見張りをしてただけだ。それを疑うなら、もう見張りなんてやらない。出て行けって言うなら出て行く」


「ケイン」とエルクが止めた。「まだ誰も、ケインがやったって決めてない。落ち着いて」


「決めてなくても、みんなの目がそう言ってる」


 ケインは苛立った様子で踵を返しかけた。エルクはその腕をつかまなかった。代わりに、もう一度声をかけた。


「探すのを手伝ってくれる? ケインが一番、夜の様子を知ってるはずだから」


 ケインは少し止まり、振り返った。


「……それなら、する」


・・・・・


 メルが、泣き出した避難民の子供のところに駆け寄っていた。小さな女の子が、大人たちの言い合いに怖がって泣いていた。


「大丈夫だよ、大丈夫」


 メルがしゃがんで、女の子の頭を撫でた。スライムたちが二匹、女の子の周りをふわふわと漂って、気を逸らすように動いて見せた。女の子が少しだけ泣き止んで、スライムを目で追った。


 クラウは手帳を開いて、双方の言い分を書き取っていた。


「避難民側の主張、人間が食料を隠した可能性。人間側の主張、避難民の証言自体が不確かな可能性。両方記録しておく。決めつけずに」


「クラウは冷静だね」とエルクが言った。


「ここで誰かの肩を持てば、それだけで対立が固まる。今は事実を集める段階」


 ウルが、もう一度匂いを追い始めた。今度は範囲を広げて、避難所の外側まで歩いていく。


『……こっちだ』


 岩陰の奥、人がしゃがんで通れる程度の隙間に、ウルが鼻を突き込んだ。


「何かあった?」


『ある』


 覗き込むと、干し肉と保存パンの袋が、そのまま置かれていた。封も開いていない。誰かが食べた形跡はなかった。


「盗まれてない……」


 エルクは袋を持ち上げた。中身は減っていない。最初に消えたと思っていた量が、ほぼそのまま岩陰にある。


「持ち出されて、隠されただけ?」


「食べた跡がない」とライが袋を確認しながら言った。「盗む理由がない持ち出し方。これ、誰かが食べるためじゃなくて、消えたように見せるためにやられたんじゃないかな」


 クラウが手帳を閉じた。


「つまり、最初から盗難じゃない可能性がある」


「悪魔がやったってこと?」とミナが声を出した。今度は警戒というより、戸惑いに近い声だった。


「断定はできないけど」とライが言った。「ここに残ってた黒い魔力と、この隠し方を合わせると、誰かが盗んだように見せたかった、って考え方の方が筋が通る」


 ケインが袋を確認して、ため息をついた。


「俺がやったんじゃないって、これで分かったか」


「ごめん」とミナが小さく言った。「人間が隠したんだと思い込んでた」


「俺も、すぐ疑われたから腹が立った。お互い様だ」


 二人とも完全に納得した顔ではなかったが、それ以上は言い合わなかった。


・・・・・


 夕方、エルクとライとクラウで、今日のことを整理した。


「悪魔は、直接襲ってきたわけじゃない」とエルクが言った。「ただ食料を隠して、誰かが盗んだように見せただけ」


「それだけで、俺たちは疑い合った」とクラウが言った。「正面から攻撃するより、こっちの方が効くのかもしれない」


「狙いは何だと思う?」


「共同体の中を割ること」とライが言った。「避難民と人間移住者が、互いを信じられなくなれば、悪魔が直接何かしなくても、この場所は崩れていく」


 エルクは黒い魔力が残っていた場所を思い出した。量は少なかった。だが、確かにそこにあった。


「悪夢のことを思い出すね。ゼルガの記憶を使って群れを揺らしたのと、同じやり方かも」


「直接壊すんじゃなくて、内側から崩そうとしてる」とクラウが言った。「分かりやすい敵が来るよりも、厄介だ」


 その時、ライが何かに気づいたように顔を上げた。


「……待って」


「どうしたの?」


「さっき、ミナとケインが言い合ってた時、黒い魔力の反応、もう一度確認したんだ。あの瞬間、ちょっとだけ強くなってた」


「疑った瞬間に?」


「うん。誰かを疑う言葉が出た時に、残ってた魔力が一瞬反応した気がする。気のせいかもしれないけど」


 エルクはその言葉を聞いて、黙った。


 悪魔が仕掛けたのは、最初の食料の隠し場所だけじゃないかもしれない。疑い合うこと自体が、何かを育てているとしたら。


「それ、もう少し詳しく調べられる?」


「うん。今夜、もう一度残滓を見てくる」


 ライが立ち上がった。エルクはその後ろ姿を見送りながら、避難所の方を見た。子供たちはもう泣き止んで、メルとスライムたちと遊んでいる。ケインとミナは、まだぎこちないが、隣り合って焚き火の片付けをしていた。


 今日は、誰も傷つかなかった。

 でも、何かが少しだけ、種を蒔かれた気がした。

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