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辺境の村のモンスターテイマー  作者: スルメイカ
第二部・辺境建国編
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第97話 王都の決定

 バルドが王城に戻ったのは、辺境を離れてから四日後のことだった。


 報告室に入ったバルドは、いつも通り背筋を伸ばして椅子に座った。しかし、室内にいた文官たちは、その顔色が出発前と違うことに気づいた。青ざめているわけではない。ただ、何かを見た者の顔だった。


「バルド監察官、報告を」


「はい」


 バルドは羊皮紙を卓に広げた。しかし、すぐには読み始めなかった。


「……まず一点、前置きをさせてください」


「何です」


「辺境共生領は、私の予想を大幅に上回るものでした。今からお伝えする内容は、脚色のない現場の報告です。都合の悪い事実を省くことはしません」


 室内の空気が微かに変わった。


・・・・・


 バルドの報告は、長く、詳細だった。


 人間とモンスターが共に働いている光景。組織的な会議体と六箇条の決まり。移住者の受け入れ体制。そして、法的な問いに対するクラウの反論。


「ここに住むリザードマンやラミアの権利は、王国法のどこに書かれているか、という問いを受けました。私は、答えられませんでした」


 文官の一人が口を開いた。


「それは法律の問題であって、自治組織の合法性とは別の話では?」


「別の話として切り離せればそうですが、彼らはその一点を論拠として使ってきます。我々が非人間種族の存在を法の外に置いている以上、法で縛ることもできない、という主張は、法的には否定し難い」


 沈黙が続いた。


「それだけではありません」


 バルドが続けた。


「交渉が決裂した後、私の部下の魔術師が拘束結界を発動しました。エルクを無力化するためです」


 室内の顔色が変わった。


「結果を申し上げます。エルクは傷一つなく、結界は無効化され、使節団全員が砦の外へ強制転移させられました。その後、砦の外周に、私の目測で五メートルを超える土壁が一瞬で出現しました」


 誰も何も言わなかった。


「帰る前に、壁の上から言われました。ここは自分たちの場所だ、勝手に連れて行こうとするなら次は本当に怒る、と」


 バルドは羊皮紙を閉じた。


「以上が現場の報告です。辺境共生領は危険です。しかし同時に、正面から力で押さえようとすれば、王都が危ない。その両方が事実です」


・・・・・


 翌日、王城の会議室に主要な面々が集まった。


 騎士団長デイビスが上座に近い席に座り、貴族の代表者たちが左右に並んでいた。


「結論から言う。放置はできない」


 強硬派の貴族が最初に口を開いた。


「辺境共生領を放置すれば、他の亜人やモンスターがあそこへ集まり始める。今は数十人規模だが、半年後には何百になるか分からない。王国の国境内に、王国の管理が及ばない勢力が育つことは、安全保障上の重大な脅威だ」


「しかし」


 別の文官が慎重に言った。


「バルド監察官の報告を聞いていたでしょう。エルクを敵に回せば、どうなるか。あの悪魔の群れを一人で潰した少年が、本気で動いたら」


「だからこそ、今のうちに手を打つべきだ。増強される前に」


「今のうちにと言っても、今でも既に手が出せないのでは? 土壁が一瞬で立ったというのは、土魔法だけの話ではない。空間魔法との複合だ。あの少年の転移速度を考えれば、討伐軍を送っても、接触できる前に全員転移させられる可能性がある」


 騎士団側の一人が重く口を開いた。


「あの竜と黒銀の狼の戦力を見た者が、正面衝突を主張しているとは思えません。我々の認識では、現行の討伐部隊での制圧は不可能です」


 強硬派の貴族が机を叩いた。


「では何もしないというのか。王国がただの学生集団に手出しできないと、近隣諸国に知れ渡れば——」


「ほっほっほ。随分と賑やかじゃのぅ」


 扉が開いた。


・・・・・


 白髭を揺らしながら入ってきたのは、ジンだった。


 学園長として王城への出入りを認められているジンが、誰に呼ばれたわけでもなく会議室の椅子に腰を下ろした。誰も止めなかった。止められる立場にある者が、ここにはいなかった。


「爺さんも……いや、失礼。学園長殿も、このような場に関係がおありですかな」


 強硬派の貴族がやや刺のある声で言った。


「無関係ではないわい。あの若者たちの保護者のようなものじゃからのぅ」


「保護者、ですと」


「ま、それはともかく」


 ジン爺が杖を膝の上で静かに置いた。


「議論を聞いておったが、一点だけ申し上げたいことがありましてのぅ」


「どうぞ」


 ジン爺はゆっくりと室内を見渡してから、静かに言った。


「エルクを敵に回すなら、王都を捨てる覚悟をしてからにすることじゃな」


 会議室が静まり返った。


「誇張ではありませんぞ。あの少年の従魔の中には、王都を灰にできる存在が少なくとも二体います。エルク本人も、あの悪魔の大軍を一人で片付けた人物ですからのぅ。ただし、彼に王都を攻める意思はない。彼は誰かを傷つけに行くつもりがないと、ワシが保証します」


「では、放置しろと?」


「そうは言っておらんよ。ただ、敵対するというのはそういうことじゃ、という話です。それだけ覚悟を決めてから議論なさるがよかろう」


 誰も言い返せなかった。


 デイビスが額に手を当てて目を閉じた。長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。


「……折衷案を出す」


・・・・・


「正式な討伐軍ではなく、威力偵察部隊を送る」


 デイビスが静かに言った。


「名目は辺境の魔物調査。実態は、辺境共生領の防衛力を測る軍事行動だ。討伐ではなく、調査として進めれば、相手に先制攻撃の口実を与えない。そして、実際にどの程度の力があるか、こちらが把握できる」


「……それは」


「正面衝突は避ける。しかし、無視もしない。情報を集めて、次の判断材料にする。今はそれが限界だ」


 強硬派は不満そうだったが、反論する材料がなかった。


「反対意見がなければ、そうする。バルド監察官、部隊の選定を頼む」


「はい」


 会議室の空気が動いた。


 ジン爺はすでに腰を上げ、誰にも告げずに扉の方へ歩いていた。デイビスがその背中に声をかけた。


「学園長。一つ聞かせていただきたい。あなたは、エルクの味方ですか」


「味方というより、あの子が正しい方向に進めるよう、見守っているつもりじゃよ」


「それは、我々の邪魔をするということですか」


 ジン爺は振り返らなかった。


「邪魔はせん。ただ、必要なことはする。それだけじゃよ」


 扉が静かに閉まった。


・・・・・


 その三日後。


 辺境共生領に、一羽の鳥が届いた。


 ダクトが保管庫の入り口で受け取り、エルクのところへ持ってきた。足の小筒に折りたたまれた小さな紙が入っていた。エルクが開くと、見慣れた筆跡があった。


「ジン爺からだ」


 クラウが近づいてきた。


「何て?」


「威力偵察部隊が辺境へ向かう。名目は魔物調査。実態はこちらの防衛力を測るための軍事行動。人数は三十から五十程度。出発は数日後、って」


 クラウの顔が引き締まった。


「……ジン爺が情報を流してくれたのか」


「うん。最後に一言だけ書いてある」


 エルクが紙を読み上げた。


「上手くやれ、じゃな。……以上」


 クラウが短く笑った。


「相変わらずだな、あの人は」


 すぐにソウが広場に出てきた。周辺の地図を手に持っていた。


「情報が入った。クラウ、今から話し合いよ」


「ああ。レオルとウルにも声をかけてくれ」


 クラウが動き始めた。ソウも地図を広げながら素早く頭を回し始めていた。


 エルクはその様子を見ながら、お茶を飲んでいた。


「……戦わずに帰ってもらえないかな」


 のんびりした声だった。


 ソウが地図から顔を上げて、エルクを見た。


「そのために、戦えるところを見せるのよ」


 短く、しかしはっきりと言った。


「向こうは防衛力を測りに来る。なら、こちらが測らせる分だけを見せればいい。圧倒的な力があると分かれば、わざわざ突っ込んでくる理由がなくなる。戦いたいんじゃなくて、帰ってもらいたいんでしょ」


「うん」


「なら、戦わずに勝つ。それが一番いい」


 エルクはしばらく考えてから、「それならいい」と言った。


・・・・・


 王都では同じ頃、威力偵察部隊が出発の準備を終えていた。


 三十五名の選抜部隊。精鋭の騎士と魔術師、斥候が混在している。隊長に任命されたのは、辺境経験のある中堅の騎士だった。


「目的は調査だ。交戦は避けろ。ただし、相手が手を出してきた場合は全力で対応する」


 隊長が部下たちに言い聞かせた。


「相手の戦力、配置、弱点を把握してくることが最優先だ。情報を持ち帰ることが任務だと思え。死ぬな」


 部隊は門を出て、辺境へ続く街道を歩き始めた。


 その朝はまだ霧が深く、王都の城壁が遠ざかっていくにつれ、先の山々がぼんやりと霞んで見えた。


 隊長は一度だけ王都を振り返り、それから前を向いた。


 辺境まで、馬で四日の道のりだった。

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