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君は今、笑っていますか?

 三か月後の秋。

(11/20 19:30)


「今日の仕事はここまでだ。お疲れさん」


 見慣れた生徒会室の中、会長の真人がそう告げたのを聞いて、今日の活動が終わったことを実感する。号令が終わり、テキパキと帰宅の準備をして部屋から出ていく役員を尻目に、僕は体を伸ばす。慣れない仕事をすると精神的にも肉体的にも疲れる。肩のコリが特に。


「ん――」


 気付けば周りの生徒がいなくなっているが、別に親しいわけでもないので気に留めず、腕を上に引っ張り、体をほぐす。

 体の節々が伸びる感覚に浸っていると、会長席の方から声が掛かる。


「どうだ、生徒会の活動は。もう慣れたか?」


「あぁ、一応。一つ文句言うなら、デスクワークが少しきついかな。体がコって仕方ない」


「俺も最初はそうだったよ。次第に慣れる」


「だといいけどな」


 現に、会長含め、前期に次いで生徒会を務めている役員に疲れは見られなかった。本当に慣れれば疲れなくなるのだろう。……それはそれで怖いけど。

 自分の肩を手で揉んでいると、机に乗っている資料を整理しながら会長が、しみじみと呟く。


「……にしても、まさかお前が生徒会に入るとはな。()()に勧められでもしたか?」


「ん……まぁ、そんなところだ」


 曖昧に答えるが、実際のところ別段、誰かに「生徒会に入れ」と言われたからやろうと思ったわけではない。ましてや、生徒会に興味があったということでもない。どちらかというと、日頃の会長を見ていて「忙しそうだな」と内心、生徒会を苦手に思っていたぐらいだ。

 でも、()()がいなくなって数週間経った病室で、僕は何となく思った。飛び下りても死ねなかった僕は、結の遺した手紙を読んで、少しだけ考え直したみた。

 彼女のいない世界で生きることは、きっと辛い。誰かを想う度、きっと結のことを思い出す。それは、いつまでも残る大切な思い出で、同時に僕を縛る鎖だ。僕は一生、誰かを愛せないかもしれない。無色だった僕の唯一の『色』だった結のことを忘れられず、他の色を拒むことだってあるはずだ。

 それは仕方ないこと。結を忘れたくないと願ったのは僕自身だ。あの優しい思い出に浸かっていたいと願うのは誰だって同じはずだ。それでも――いつかは変わらなければいけないと思った。

 彼女は言った。「精一杯生きろ」と。「私の分まで生きて」と。結の願いは僕を縛りながらも、生きる意味をくれた。裏切るわけにはいかない。止まることは許されない。結の遺した願いが「僕が笑うこと」なら、僕はただ、精一杯生きるだけだ。笑えるようになるまで必死に走るだけだ。たぶん、これからの人生は、これまでと何も変わらない。彼女の代わりに僕が探す。僕が僕のために、生きる意味を見つける。それだけ。

 そんな理由で僕が生徒会に入ったとは全く考えていないのか、「やっぱりそうか。お前の彼女には感謝しないとな」と会長は独りごちて、整理し終えた資料をファイルに綴じる。


「まぁ、なんだ。お前が死んだ顔しなくなってよかったよ。前よりか少しはまともに見える」


「なんだよそれ」


 苦笑しつつ、鞄を手に取って立ち上がる。


「じゃあ、今日はもう帰るよ」


「おう。おつかれ。気を付けて帰れよ」


 最後までお人好しな会長の言葉に頷いてから、生徒会室を出る。ゆっくりと扉を閉めて、外靴を取りに行こうとして前を見ると、


「あっ、悠斗」


 そこには、壁に寄りかかるようにして立っているあおいがいた。部活は終わったのか、普通の制服を着て、鞄を下げている。


「待ってなくていいって言っただろ。葵の方が終わるの早いんだからさ」


「いいの。私が好きで待ってるんだから」


「……そうか」


 彼女の語調に気圧されて、それ以上言葉が出なくなる。……本当にいつも思うけど、何で毎日待ってるんだ?


「じゃぁ、帰ろっか」


「あぁ」


 追及しても答えは返ってきそうにないので、疑問の言葉を飲み込み、彼女の後をついていく。もう秋だからか、葵の首元にマフラーが捲かれているのが目についた。そろそろ、手袋が必要になってくる時期かもしれない。

 いったん葵と下駄箱で別れて、靴を履きかえてから玄関へと出る。思ったより外は暗くなっていて、冬が近づいてきていることを感じさせた。


「お待たせ」


 遅れてやってきた葵が横に並ぶのを見てから歩き始める。正門は工事中なので、迂回して裏門から帰らないといけないはずだ。

 普段通らない学校の敷地を歩きながら葵と雑談していると、第二体育館に隣接したテニスコートに誰かいるのが目に入る。居残り練習だろうか。話しながらそんなことを考えていると、隣で葵が何気なく呟く。


「あ、秋園さんだ」


 ラケットを振るう音がコート内に何度も響く。言われてみれば、その音の主は、僕の友人(?)の秋園泉だった。


「あいつ、ホントよくやるよな……」


 ライトに照らされながら一人で練習する彼女を見て、僕は思わず呟いてしまう。彼女は最近の高校テニスの大会で、決勝戦まで勝ち上がり、見事県大会で優勝を飾った。これにより全国大会出場が確定し、様々なところから注目が集まっているようだ。

 それでも秋園は、彼女の根幹をなす『努力』を決して怠らず、今も練習を重ねている。その芯の強さにはただただ頭が下がるばかりだ。

 集中している彼女に声を掛けるのも躊躇われたので、心の中で応援してそこから離れる。


「秋園さん凄いよね。いつも自主練してるし」


「葵も見習った方がいいんじゃないか?」


「私はいいよ。悠斗と帰れなくなるし」


「なんだよ、その判断基準……」


 僕の言葉を聞き流して、葵は笑って前へ進んで行ってしまう。……彼女に言っておいてなんだが、僕も、葵と帰れなくなるのは、なんとなく嫌だった。彼女が笑っているのを見ると、少しだけ気分が明るくなる気がした。


「…………」


 ふと、僕は一度立ち止まって、辺りを見回してみる。結と出会うまでは、足を止めるだけで、全てに置いていかれてしまいそうな気がした。けれど今は、少しだけそう思わなくなった。『退屈』が、幸せだと感じるようになっていた。


 ――僕は、変われているのだろうか。


 様々な人と関わって、多くのものを知って。自ら進み始めた道の先に、何が待ち受けているのかは分からない。()()のいない世界で、誰かを愛せるのかも確かじゃない。


 ――それでも今、僕は確かに笑ってる。


 紛れもなく本心で。何の変わりもない、平凡な幸せを噛みしめて。


「悠斗、早く帰ろ!」


 葵が僕を呼ぶ声がする。気づけば彼女は、かなり先の方で僕を待っていた。


「あぁ、今行く!」


 そう言って、僕は彼女の元へ走っていく。

 ふと見上げた夜空には、光を放つ星たちが広がっていた。



 ――君は今、笑っていますか?


 これにて「僕たちが今を生きる理由」は完結となります。最後まで読んで頂いた読者様には最大級の感謝を。あなた達の評価と感想が私の活力になりました。ありがとうございました。

 今作品では、『恋』や『人生観』という大まかなワードを中心に、私が毎度投稿している短編のテーマを端々に織り交ぜて描いた感じになります。「伝えたいことがブレてないかな」「皮肉過ぎたりしないかな」など色々迷う部分もありましたが、終盤には「書きたいことを書くだけ」と開き直って書いていました笑。

 私はどうも屋上に魅力を感じているようで、最近の作品には屋上が度々登場するようになりました。いいですよね、屋上。……入ったことないけど。

 「どこか他人とズレていたり、大事なモノに対する価値観が大きかったりする登場人物たち一人ひとりにも、信念や想いは変わらずある」。彼らの考えに少しでも共感して頂けたのなら嬉しい限りです。(もちろん、必ず正しいとは言えないものばかりですが)

 書きたいことは多くありますが、蛇足にしかならないと思うので、今回はこの辺で。今作について質問があれば、感想にてお答えいたしますので、ぜひ。

 拙作に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。初心を忘れず、これからも頑張ります。


 少しでも、この作品が皆様の心に残ることを願って。


 それでは。

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