↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ハンスじいさんの最後

作者: 夢学無岳
掲載日:2018/01/13


どんなことが真理とか寓話とか言って、

数千巻の本に現れて来ようとも、

愛がくさびの役をしなかったら、

それは皆、バベルの塔にすぎない。


(ゲーテ『温順なクセーニエン』から)



 むかしむかし、北の国にオーデンセという町がありました。


 オーデンセは、冬はながく、雪がおおくて、寒い町でした。


 しかし夏になると、短い間ですが、あたたかくなります。うつくしい草原は、太陽のやさしい光にゆらめき、小鳥たちは青空のもと、すずやかな風にのって飛びます。



挿絵(By みてみん)



 ある日のこと、ハンスじいさんはうすいコートをはおって、草原へと散歩(さんぽ)へ出かけました。遠くには、しずかに町へと向かう馬車が見えました。


 ハンスじいさんが小川のほとりを歩いていると、どこからともなく、小さなかわいらしい女の子があらわれました。


 女の子は、悲しそうな目をしていました。そして、ハンスじいさんを見て、こう言いました。


「おじいさん。どうして、あたしを殺(ころ)したの?」


 ハンスじいさんはびっくりしました。なぜなら、ハンスじいさんは、だれも殺(ころ)したことなんてないし、その女の子は目の前に生きているように見えたからです。


 ハンスじいさんは言いました。


「ぼくは君を殺(ころ)したことなんてないと思うんだけどなぁ。ぼくはハンス。君は、だあれ?」


 女の子は答えました。


「あたしはアン。アン・マリー」


 ハンスじいさんは、ふしぎそうな顔をして言いました。


「アン・マリーだって? ぼくの死んだお母さんの名前といっしょじゃないか。 君は、ぼくのお母さんなのかい?」


 女の子は答えます。


「いいえ、お母さんじゃないわ。あたしはおじいさんの娘(むすめ)よ」


 ハンスじいさんは、もっと分からなくなりました。なぜなら、ハンスじいさんは結婚(けっこん)をしたことはないし、子供もいなかったからです。


 ハンスじいさんは、むかしはたくさんの恋(こい)をしました。でも、その恋(こい)が実(みの)ったことは、いちどもありませんでした。ハンスじいさんは、自分が、みにくかったから結婚(けっこん)できなかったと思っていました。


 ハンスじいさんは思いました。


〈ぼくには娘(むすめ)はいなかったはずだけど。どういうことだろう? それに子供だったら、ぼくをおじいさんと呼(よ)ぶんじゃなくて、お父さんと呼(よ)ぶはずだ〉


 女の子はハンスじいさんの手をとりました。


「おじいさん。おぼえてないの? いっしょに来て」


 そう言うと、まわりの景色(けしき)がぐるりと回転(かいてん)しました。



挿絵(By みてみん)



 ハンスじいさんは女の子と手をつないで、うす暗いオーデンセの町の中に立っていました。


 家々(いえいえ)の屋根にも、道にも、雪が厚(あつ)くつもっています。町の人たちは、コートをギュウッと着こんで、帰宅(きたく)を急いでいました。


「はて、さっきまで夏の郊外(こうがい)にいたのに、どうしたことだろう?」


 ハンスじいさんは首をかしげました。


「おじいさん。あれを見たら、あたしを殺(ころ)したことを思い出す?」


 女の子は通りの向かいを指(ゆび)さしました。行きかう人々の間に少女がはだしで立っているのが見えます。ハンスじいさんの横にいる女の子にそっくりです。


「アン、彼女(かのじょ)は君に似(に)ているけれど、ふたごか何かかい?」


「いいえ、あれは、あたし」


「あれが君なら、君はだれなんだい?」


「あたしもあたし」


 ハンスじいさんは、よく分かりませんでした。でも、そのことを考える前に、はだしの女の子が凍(こご)えているのを見て、かわいそうだと思いました。そして、自分のコートを女の子にかけてあげようとしました。しかし、近づくことができません。


 ハンスじいさんと女の子のすがたは、他の人には見えないようでした。みんな、わき目もふらずに歩いています。はだしの女の子も、ハンスじいさんたちには気づかず、道行く人たちにマッチを売ろうとがんばっていました。しかし、なかなかマッチは売れません。


「思い出したぞ。これは、たしか30年くらい前、ぼくが書いた童話(どうわ)だ。君は、マッチ売りの少女だね」


「おじいさん、思い出したみたいね」


 そのうち暗くなりました。マッチ売りの少女は、少しでもあたたかい所をもとめて、さまよい歩きました。そして、ある家の軒下(のきした)、雪だるまの横に、すわりこみました。


 少女はあまりの寒さに、マッチをすってあたたまりました。マッチに火をともすたびに、ストーブや、七面鳥(しちめんちょう)の丸焼(まるや)きの幻(まぼろし)があらわれては消えていきます。


「とても寒くて、いたくて、お腹(なか)がすいて、つらかったの。どうして、たすけてくれなかったの?」


 女の子はハンスじいさんに聞きます。


「ごめんね。どうしてって聞かれても、これはお話なんだ。みんなが読むための、お話だったんだ」


 と、ハンスじいさんは答えました。



「おじいさん。わたしのことはおぼえていますか?」


 ハンスじいさんは、急に声をかけられて、びっくりしました。見ると、マッチの炎の中に、クリスマスツリーが立っています。


「ええと、君のお話も書いたおぼえがあるよ。たしか、君は、もみの木だね」


「そうです。わたしは苗木(なえぎ)のころから、大きく、りっぱになることを夢(ゆめ)見ていました。なのに、若木(わかぎ)のうちに切られて、クリスマスツリーにされました。そしてクリスマスが終わると、屋根裏(やねうら)にしまい込まれ、枯(か)れたら、薪(まき)にされて燃(も)やされました。どうしてです?」


「ごめんね。どうしてって聞かれても、これはお話なんだ。みんなが読むための、お話だったんだ」


 と、ハンスじいさんは答えました。



「おじいさん。ボクのこと、おぼえてる?」


 ハンスじいさんは、また声をかけられて、びっくりしました。見ると、軒下(のきした)の雪だるまが、ハンスじいさんを見ています。


「ええと、君のお話も書いたおぼえがあるよ。たしか、君は、ストーブにあこがれた雪だるまだね」


「そうさ。ボクはストーブに会いたかったんだ。でも、ボクは溶(と)けちゃうから部屋の中には入れない。外が寒いと窓(まど)がこおりついて、中をのぞいて、ストーブを見ることもできない。けっきょく、ストーブには会えず、外があたたかくなるころに、ボクは溶(と)けてなくなっちゃったんだ。どうしてなの?」


「ごめんね。どうしてって聞かれても、これはお話なんだ。みんなが読むための、お話だったんだ」


 と、ハンスじいさんは答えました。



 ハンスじいさんは、自分の書いたお話の女の子や、クリスマスツリー、雪だるまに悪いことをしたなあ、と思いました。まるで本当に、みんな生きていたように思えてきたからです。



「ほらほら、みんな、あんまりおじいさんを困(こま)らせるものじゃ、ありませんよ」


 見ると、そこには白くかがやく、うつくしい天使がいました。


「あのう、あなたはどなたですか?」


 ハンスじいさんはたずねました。


「わたしは、あなたの守護(しゅご)天使です。これから、あなたたちを別(べつ)の場所につれて行きましょう」


 そう言うと、まわりの景色(けしき)が、また、ぐるりと回転(かいてん)しました。




 ハンスじいさんと女の子、クリスマスツリーと雪だるま、それから天使は、大きな町の、大きな家の屋根の上にいました。


 目の前には、大きな聖堂(せいどう)があり、そのまわりには、何千人もの人が集まっていました。


 大人も子供もみんないます。町の人たちだけでなく、王子さまや浮浪者(ふろうしゃ)、外国の人もいます。


「あれは、なんですか?」


 ハンスじいさんは、天使にたずねました。すると、天使は言いました。


「あれは、あなたのお葬式(そうしき)ですよ」


 ハンスじいさんは、おどろきました。


「ええっ! ぼくは死んだのですか?」


「そうです。あなたは死にました。そして国じゅうの人たちが、それを悲しんでいます。あなたの書いた童話(どうわ)を、だれもが読みました。これから世界じゅうの人も読むことでしょう」


「そうでしたか」


 ハンスじいさんは、悲しそうな、満足(まんぞく)そうな笑(え)みをうかべました。


 天使は言いました。


「人生には、幸福(こうふく)の真珠(しんじゅ)がひつようです。でも、それだけでなく、悲しみの真珠(しんじゅ)もひつようなのです。だからこそ、あなたのお話はみんなに愛(あい)されました。これから先も、愛(あい)されつづけるでしょう」


 女の子は、やさしくハンスじいさんの手をにぎりました。クリスマスツリーと雪だるまは、あたたかく光っているように見えます。


 雲のすき間から光がさしこみました。天上の音楽が聞こえてきます。


「さあ、みんな、お待ちかねですよ」


 天使が言うと、ハンスじいさんは聞きました。


「みんなって、だれです?」


「あなたのお父さん、お母さん、それから、おやゆび姫(ひめ)や人魚(にんぎょ)姫(ひめ)もいますよ。みんな、人々から愛(あい)されて、たましいを持ったのです。さあ行きましょう」


 天使が言うと、光の階段(かいだん)があらわれました。


 そうして、ハンスじいさんは、女の子や天使といっしょに、空にのぼって行きました。



 地上では、だれもがハンスじいさんの死をいたみ、感謝(かんしゃ)の祈(いの)りをささげています。そして、聖堂(せいどう)のレクイエムは、天上の音楽とまざりあい、光の雨をふらせていました。



挿絵(By みてみん)




おしまい






 1875年8月。ハンス・クリスチャン・アンデルセンは亡(な)くなり、コペンハーゲンに埋葬(まいそう)されました。70歳(さい)でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いでっち51号さんがご紹介されていたので、伺いました。 とても面白かったです……! 想像だにしない展開でありながら、読了感も爽やかで。 途中途中で挿入されているイラストも綺麗でした。 夢学さ…
[良い点] 古い作品に感想、ご迷惑になったらごめんなさい。 私はアンデルセン童話好きで、ハンスって名前だけで反応して読みに来てしまいました。そしたら、オーデンセ! まさか本当に、彼を主人公とした作品…
[一言] 遅ればせながら拝読いたしました。 勘が良いかたなら気づくかもしれませんが、私は最後まで全く気づかず、後書きではっとさせられました!! 何より夢学さまの文体に作風がとてもマッチしていると感じ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。