六
「貴方凄いですね。褒めの意味は半分で、残り半分は皮肉ですけど」
「半分あるだけ嬉しいものだ。お主、人との対応に壁を作っているように見えるからな」
「それ、アイツにも言われました。玉虫色頭の連中の、一番偉そうな馬鹿にも」
拙者が長だと考えた彼奴のことと想定していいだろう。この時代のものは刀を携帯していない。ゆうきからも刀は持ち歩くな、刀を今持ち歩くとお金を取られてしまうと言われているから、そうそうこの時代は武器を持っては歩かないのだろう。だと言うのに、彼奴は小さくも刃物を持っていた。普段なかなか持って歩こうとは思わないだろう。
それを今日は持っていた。恐らく希羅に会い、何かを話し合う為だったのだと考えられる。
それにしてもこんなに考えたのは久しぶりだ。知らない言葉を覚えたり、本当に頭が痛い。
「……何があったのだ」
「大したことではありません。ただ、彼等が俺の金に群がって来るのが嫌になって関係を断ち切ったんです。そしたら、しつこく付きまとって来るので。実際、アイツ等なんて本当にただの物乞いですよ。ゆうき君なら分かるでしょう? どういう意味か」
金があると分かり、食事を多く頼んだゆうきに対しての当て付けってところか。ゆうきは管から口を離し、「すみません……」と俯いて詫びた。
「良いんだよ。それが正しい反応だからね」
希羅の皮肉にゆうきは俯いたままだ。どうしたらよいのか分からないのだろう。己の過ちを後悔させ、喜ぶのが魂胆ってわけか。
「大人気ない。子供ならば欲が強くて当たり前だろう。第一、金を差し出しているのはお主の方だ。あの若人達にも、そうやって金を見せびらかして試していたのでは?」
「でしょうね」
口数少なく言葉を返す希羅。言い返すとボロが出る。其奴を必死に抑えている様に見えるが、拙者は彼の言う変な人だ。此処で話を終える程生易しくはない。
「誰も己を見てくれないのでは無く、己から本心を見させようとしていないのではないか?」
「そうかもしれませんね」
「それでお主は楽しいか? こうして、他人の嫌な部分を自ら作っていて楽しいのか?」
「多少は」
これはきっと本心であり、本心でないのだろう。信じたいとは思っても、信じられる人間など一人もいないと思っている。時折信じられそうな相手を見つけると、こうして金を見せびらかし、相手の反応を伺う。醜い相手の本心を見つけ、やはり此奴は金しか見ていないのだと傷つけられる前に安堵し、それ以降深く仲良くなることを躊躇う。それどころか、関係さえも断ち切ってしまおうとする程、相手に対する嫌悪の感情に見舞われる。そうやって同じことを何度も繰り返し、彼は孤独と言う籠の中で自ら首を絞めて絶望してるのだろう。
「親がこんな名前付けるから、周りからはちょっと距離置かれますし、呼び方を馬鹿にしたりされますし、こんなことなら生まれてなんて来なければ良かった」
「親はお前に、珍しい名を付ける為だけに生んだとな?」
「跡継ぎの為もあるかな。俺は絶対継ぎませんけどね」
断固として否定的な言葉を述べる希羅。ゆうきの首もそろそろ痛くなってきた頃だろう。ゆうきの頭を撫で、頭を上げてもよいの合図を出した。
「お主は、普通に愛されてきていると思うが」
「何故」
「いやぁ。普通、お主を生むから名を付けるし、生まれると分かるから名を考えるのだ。つまり、お主は前々から生む予定だったのだろう」
「当たり前でしょう」
「そうとも限らぬ。此処は戦国時代では無いからな」
「……戦国時代、ね」
全く、怠そうな声で返すものだ。生きてもいない時代のことを言われればそれは気難しいと思うかもしれないが。なれど、拙者はこの時代のことを頭を痛めながらも必死に聞いてきたのだぞ。少しくらいは聞いてもらわねば。
「戦国時代、特に上の位置にいる者は、その地位を逃さまいと、自らの子を生み、育てていく。自身の存在が残る様にと、似たような名前にしてな。だが、時は平成。もう栄華を続けていく意味も薄れたのであろう。最悪、本当に大金持ちなればお主を生まずとも男手一つで妻を養っていけるだろう。しかし、両親はお主を生んだのだ」
「それこそ、栄華を死後も残していきたいからでは?」
「一度帰って両親に名の意味を聞いてくると良い」
これ以上言っても今の彼には伝わらまい。言いたいことは多方伝えたし、食べながら会話をしていたので食事も完食した、と。立ち上がり、「行くぞ」とゆうきに声をかけると、ゆうきは無言で頷いて立ち上がった。
「待って下さい」
「如何用だ」
「……住所、教えてくれませんか」
ゆうきはまだ警戒か解けていない様子だ。拙者の後ろに隠れるように立っている。住所と言っても、拙者の家は時代が違う。何より、元の家はもう焼き払われてしまったからなぁ。この場合、ゆうきの住む方を聞いているのだろうか?
「ゆうき君の方で良いので」
どうやらゆうきの方で良かったみたいだ。ゆうきは溜息を漏らして拙者の後ろから希羅を見ている。
「ゆうき、教えてやってくれ」
「うん……」
まだ心配が晴れないと言った返答だ。希羅も察してか目を細めてゆうきを見ている。反省をしていないわけではないのだな。良かったよかった。ゆうきは懐から紙と筆……に似た細いものを取り出し、其奴で字を書くと無言で手渡した。
「どうも」
ぶっきらぼうな返事で希羅が返すと、ゆうきは首を横に振った。もう声を出して関わるのは怖い。そう言いたげだ。これ以上ゆうきをこの場にいさせるのも不憫だ。拙者はゆうきの手を引いて今度こそ歩き出した。希羅が会計の方へと向かって先払いをしてくれている。店員に止められることもないだろう。拙者とゆうきはレストランを出て行った。
「……あの人、何だか怖かった」
「見透かされ、見下されるのは怖かろう」
ゆうきと二人歩く帰り道。橙色の夕日が、ゆうきの憂いを一層強くさせていく。落ち込むゆうきの足取りは重く、拙者の言葉に対する頷きも重たかった。
「やっぱり、あんなに頼んじゃったら失礼だよね。本当に馬鹿……」
「そう卑屈になるな。お主は、一度でも彼奴を信じようと思ったからあの量を食べたのだろう? 拙者達が希羅を救ったから、希羅はお礼の気持ちから言ってくれているのだと」
「それはそうだけど……」
「他人を心から信じられるのは、それこそお主の様に幼いうちだけなのかもしれぬな」
拙者はその場に立ち止まり、夕暮れの空を見上げて思わず呟いていた。ゆうきが拙者の機微を察したのか、「ううん」と声を出す。顔を空からゆうきの方へと向けるとゆうきは拙者の方を向いて首を左右に振っていた。
「徳磨さんは、出会ったばかりの時、僕を一切疑わずに来てくれたじゃん。それに、僕がいじめているヤツのこと言えずにいた時、言ってみろって強く言ってくれた。だから、今まで言えなかった悩みも言えた。徳磨さんみたいな人だっているんだもん、きっと信じられるよ」
ゆうきの優しい言葉が、この時は胸に突き刺さった。それはゆうきを信頼していないと言う意味ではない。拙者にも未だに信じることが出来ていない者がいるからだ。それだと言うのに、ゆうきにこんな風に言ってもらえることが申し訳なくてたまらなかった。




