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徳磨の時代  作者: 素元安積
十:徳磨の時代(後編)
19/20

十八

――とくま、今日もお稽古よろしくね!

 腰まである黒い髪を揺らし、幼き徳磨へと語りかける。徳磨は、あの可憐な少女を思い出した。

 徳磨には強く慕う女性がいた。その名は卯月(きさらぎ)と言う。卯月とは、五つの年の時、偶然城下町で出会った。今思えば、あれはあの頃から彼女の城の脱走癖が始まっていたらしい。その後と言うものの、よくチャンバラごっこをして遊んだものだ。彼女はそれを、何時もお稽古と言って本気で挑んでいた。それが、徳磨が眠っていたこの草原であった。

 その幼馴染が一国の姫だと知ったのは、彼がゆうきくらいの年になった時だ。その日も何時ものように徳磨の下へやって来た卯月だったが、何時もとは大きく違う箇所があった。

 今までは二、三枚しか羽織っていなかった着物。だが、その日は少なくとも十枚の美しい着物に身を包んでいた。年に似合わない紅をし、その後ろには十数人の兵を連れていた。美しい装いをした麗しき卯月は、正しく、「姫」であった。彼女と己の差違を知り、姫である卯月を目にして以来、徳磨は彼女から逃げる様に流浪の身となり、各国を旅する様になった。

 しかし、淡い思い出を残すその姫が今、危険に曝されている。

「拙者一人がどうこうしても……第一、彼女が今拙者を覚えているはずも無い」

 折角流浪の身となったのに、わざわざ死に急ぐ必要は無い。そう思い聞かせて呟くが、今までの平成での出来事、関係してきた人々を思い返すと、簡単に見放すことも出来なかった。何より、今まで出会ってきた彼等は皆、様々な危機に自分達で立ち向かってきたのだから。

「……少し様子を見に行くか」

 徳磨は卯月のいる城まで走り出した。


 城まで約二、三キロ。この先長い階段があるが、まだ息は上がっていない。

「拙者もまだまだいけるかもしれぬな」

 冗談を呟き、ケッと苦笑する。死に急ぐなど馬鹿だなと呆れる己と、それでも真実を伝えたいと感じる己がいる。どちらにせよ、もう引き返すつもりなど毛頭無い。

 階段を駆け上る最中、民の悲鳴が聞こえてきた。そして沢山の迫り来る足音も。徳磨はこの音が嫌いだ。大抵嫌いな者が多いと思うが、徳磨はこの音や声を聞くのが嫌で流浪になったのも理由の一つだ。流浪の旅に出た間、羽振りの良さから何度か兵として雇われたが、戦の後味の悪さが不快で数回経験して以降は少ない手持ちで貧しい旅をし続けた。まさかそんな自分が自ら戦場に踏み込むことになるとは、当時の徳磨ならよぎりもしなかっただろう。

 一気に階段を駆け上る兵達に気づかれる前に門前に到着すると、二人の門番が槍を徳磨に向ける。

「貴様、敵国の者か!」

「断じて違う! そもそも敵国の兵ならばもっと下の方にうじゃうじゃおるぞ!!」

「何……?」

 門番の一人が下を少し駆け下りていくと、事態の悪さに気づきもう一人の門番に状況を伝えた。

「拙者はそれを伝えに来たのだ。一応卯月姫の友人だしな」

「しかし貴様……こんなところにいれば」

「構わぬ。もう戻れぬからな。だからこそ、拙者は最後に姫に会いたいのだ」

 二人の門番が徳磨に疑いの目を向ける。数秒品定めをしているようだったが、やはり突然の来客に信用が出来ない。再度槍を向ける。

「仕方あるまい」

 徳磨は二人の門番の腹を殴り、気絶させた。二人を抱えて中へ入っていくとまた兵である。それも、今度は二人など甘っちょろい数では無い。

「此奴等は竹林に捨ててくれ!」

「お……お前は?」

 多くの兵が困惑する中、後ろから沢山の足音が近づいて来る。

「参るぞ!!」

「な、もう敵が……」

「奴等が来る前に此奴等は竹林に捨てておけ、情のある兵ならば殺生はしないだろう!」

「あ! お主!!」

 二人の門番を卯月の兵に預けると、徳磨は止める間も無く城内へと駆け出した。


 皮肉にも、敵国の兵が入ってきた影響で、徳磨を狙う兵は殆どいなかった。

「本当に拙者が来る意味はあったのだろうか? ……拙者は、此処の足を引っ張ってしまっているのでは」

 一瞬後悔したが、此処まで来て戻る方が余程失礼だと考えると、何時も姫の見える最上階へと急いだ。今のところ追っ手はいないが、流石に息が切れてきている。足を前へ踏み出す度に加速するスピードに任せ、最上階へとやって来ると、一番大きく豪勢な装飾を施されている扉を開けた。

「卯月姫」

「くっ……!」

 長い黒髪を壁にくっつけ、此方を睨む、彼女こそが卯月だ。怯える卯月は、やって来た人物が兵とは一風違うと気付くと、大きく溜息をついた。

「安心出来るのも今のうちでござるよ姫」

「貴方様は……」

「知らなくとも良い。別に大した間柄でも無い。それよりなるべく薄着になれ、逃げる準備をするのだ」

「ですが」

「時間なら拙者が稼ぐ」

 伝えたいことがあった。それは確かなのだが、徳磨のことを覚えていないこと、そして今の状況を見て名を伝えることは諦めた。長らく鞘に収めていた刀を取り出すと、徳磨は両手で掴んで構えた。

「早く!」

 徳磨の言葉に押され、卯月は重たい着物を脱ぎ捨て、真っ白な肌着にまでなった。

「この城のことだ、何らかの隠し通路はあるのだろう?」

「え、ええ……」

「その手前まではついて行く、先に走れ」

 卯月は薄く白い着物を揺らし、隠し通路まで駆け出した。徳磨はある程度の距離を取りながらいずれ来るであろう敵兵へ向けて刀を構えていた。どたどたと喧しい足音と共に、敵兵が姫の部屋を開けた。だが、部屋の中はがらんどうだ。

「卯月がいないぞ!」

「きっとまだ近くにいるはずだ」

 そろそろ此処もバレる。拙者もそれと同時に終わるな。徳磨が己の死を察していると、後ろから手を引かれた。振り返ると、其処には隠し通路へ向かったはずの卯月がいる。

「お主何を……」

 二人が廊下を勢いよく走る音は兵にもよく聞こえた。

「こっちだ!」

 音を頼りに多くの兵が二人の方へとやって来た。兵士の目につく寸前に隠し扉から出て扉をすぐさま閉めると、其処には頼りない細い金属製の梯子があった。刀を鞘に収めながら、徳磨は下にいる卯月に言った。

「お主……一人で行けば良かったものを」

「出来ることなら、私めだって誰かをお助けしたいのです」

「そうか。ではまず、お主が生きねばな」

「きゃっ!?」

 片手で梯子を掴み、空いている片手で強引に卯月の腹を持って卯月を持ち上げる。行き先の明確な徳磨は、一気に梯子を降りていった。

「戦は取り返しのつかないことばかり。それは民も兵も皆わかっておる。そして今、正にその状況だ。そんな時、此処の兵や民が希望とするのはお主なのだ。お主がいるから、国がある。裏を返せば、お主がいなくなれば、この争いに意味が無くなってしまうのだ。だから、お主は生きねばいけぬのだ」

「そう……でしたね。つい忘れていました。どうして皆、私めを守る為に命を張れるのか。私めは、私めは命など惜しくも無いのに」

「それはいけぬ。本当は誰だって死にたくは無いのだ。笑って生きていきたいのだ。お主も、もっと貪欲に生きたいと願え。それが、今のお主に必要なことだ」

「……ええ、生きたい、と思います」

「宜しい」

 最上階は平成の建物で言う十階近くの高さはあるだろう。その下には階段が有り、其処では戦の最中だ。梯子を降りた先は階段とは違う、足場の僅かな細い通路がある。徳磨はは城の裏の森側を見た。

「この先の逃げ場は怪我をさせる確率もあるが、構わないな?」

「勿論で御座います。連れて行って下さい」

 改めて卯月を抱えなおすと、徳磨はおよそ百度の石階段壁を駆け抜けた。途中壁から足が外れて落下状態になったが、何とか壁を足を付けると再度駆け出す。地上へ近づいたところを片手を地面に付け、一回転前へ飛び回って着地した。

「怪我はないか?」

「ええ……殆ど。もう少し枝や岩にかするかと思っていたくらいです」

「ならば良かった。少し急ごう」

 徳磨も殆ど無傷の状態。枝が散乱する森の中でも、軽やかに動けた。徳磨が目指すのはこの先数キロメートル先の小さな農村だ。距離が近いが、此方の農村は卯月とさほど親しくは無い。どちらかというと、城から三キロメートル程しか無い隣国の方が親しくしていることは向こうの国でも恐らく知っているだろうと考えたのだ。それ以上に、これ以上遠くへ行くのも難しい。残党が追いつくのも時間の問題だ。考えを巡らせる間に農村へと付いた。姫の薄着姿に村の女が驚く中、構わず徳磨は村長の下へと向かった。

「すまぬ! 姫だけ……姫だけでも、目を瞑って匿ってやってくれぬか」

「おお、懐かしいのう姫。状況は把握している。出来る範囲で匿ってやろう」

「村長様……有難う御座います」

「昔は此処辺でよく遊んでおったものだ。確か、もう一人おったが……」

「それでは拙者はこれで」

 村長の言葉を遮り、徳磨は村を出ようとした。しかし、徳磨の手を再度卯月が引く。

「貴方様も此処に……」

「いや、拙者が連れて来たのだ、拙者が此処へいては怪しまれるだろう」

「けれど!」

「すまない」

 卯月の手を強引に手を振りほどくと、徳磨は村から離れていった。瞬く間に小さくなっていく徳磨をしかと見つめ、卯月は呟いた。

「どうか無事でいて……徳磨」


 兎に角、まず村から離れなければ。徳磨は我武者羅に走っていたが、途中で足を止めた。背中から、スッと冷たい感触があったのだ。

「貴様!」

 徳磨はすぐさま刀を抜き、背後の残党の刀を飛ばし、頭に拳を食らわせて気絶させた。タイミングの若干のズレのお陰で瀕死とまではいかない傷で済んだが、次襲われれば徳磨の命は無いだろう。

「……こうなったら、せめてこの命尽きるまで……」

 息遣いを荒くさせながら、徳磨は必死に駆け出した。


 着いた場所は徳磨がタイムスリップをし、卯月と遊んだこともある思い出の多い草原だった。着ていた麻の着物の背中部分が赤黒く染まっているが、見た目より傷は浅い。徳磨の体力を考えると、時が傷を癒してくれる確率もあった。

「もう少し……」

 呼吸を整えながら、一歩ずつ進む。あの地点まであと一メートル。あの場所に寝転んでゆっくり休もう。徳磨は手を伸ばした。

 その刹那、グサリと鈍い音が聞こえた。背中に一瞬の激痛と、その後すぐに襲った脱力感。徳磨は、起き上がったあの地点へ真っ直ぐと倒れていった。徳磨が無抵抗になったのを確認すると、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

「だから忠告しといてやったのに」

 良いのかと尋ねる兵達に、「そのうちくたばる、放っておけ」と言って兵達はその場からいなくなった。一人草原に残された徳磨はクスリと微笑んだ。

 恐らくあの時兵の忠告通りにこの地から去っていれば、徳磨は何事も無く過ごせただろう。だが、徳磨は今の状況に後悔などしていなかった。ただ一つ、思い残すことがあるとすれば……。

「……ゆうき」

 その言葉を最後に、徳磨は深い眠りについた。もはや後悔は無い。そう物語るかのような穏やかな顔付きで。

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