終
徳磨がいなくなってから早一週間。徳磨と出会ってから、人生が見違える程明るくなった。希羅や一郎と言う友達が出来た。貢もあの一件からゆうきと普通の友達として接するようになり、クラスメイトの見る目も変わった。何より、花恋が夫と真剣に離婚話をしたことにより、動揺した夫が何とかすると話し、家の引越しを決めたのはゆうきとしても鼻が高い。沙絢や茉理は、それぞれ親に迷惑をかけることとなり、親から叱りを受けて反省させられていた。だが、彼女達の絆は、これを機に強固な物へとなっていた。
徳磨との出会いは、ゆうき達に沢山の影響を与えた。日課はもっぱら、希羅からもらった歴史本を読むことになっていた。徳磨のいる、戦国時代のことについて書いてあるページを、何度も何度も読むのだ。彼がこの時代に戻っているのだとしたら、何時かこの本の一部が書き直される日が来るのでは無いかと信じて。今日も希羅からもらった歴史本に期待を寄せてページをめくると、とある文章の変化に気付いた。
「あ……お母さん! お母さーん!!」
「はい~?」
エプロンで手を拭いながら、母がゆうきの下へ歩み寄る。ゆうきもまた、母の下へと歩み寄っていった。そして読めない漢字のあるページを見せた。
「お母さん、これって何て読むの?」
「これは……私にも分からないから、今希羅君に写メ送るわね」
「お母さん読めないの……」
漢字が読めない母に愕然としつつ、希羅の返信をそわそわしながら待つ。するとものの数秒で母の携帯電話が鳴った。
「早い!」
「流石希羅君ね! えっと……きさらぎですって!」
「それじゃあこれは、きさらぎって言う国が戦いになったけど、何者かの助けできさらぎ姫は生き抜くことが出来て、その後違う国のお姫様としてお嫁に行って、きさらぎ国の人達をみんなこっちの国に連れてきて、沢山の人達の希望になったってことだね。これが新しく書かれているってことは……この何者かの助けって……」
母が微笑んで頷く。
本に浮き出た事実に、ゆうきはいてもたってもいられなくなった。辞書を持って立ち上がると、途端に玄関へと走り出す。
「ゆうき!」
母の呼び止める声を無視して、ゆうきは家を飛び出した。
確か、あの人と出会ったのは、あの道で。あの人は、川が近くにある草原で寝ていたと言っていた。ここらへんで、川が近くにある場所と言えば……。
「あそこしかない!」
向かい来る人々に脇目も振らず、走っていく。心の内で、希望を持っていた。もしかしたら、あの人がいるんじゃないか。否、いて欲しい。と。
川が見えてきた。もう少し。辞書を両手で抱きしめ、足を踏み込む。あの草原まで、三、二、一メートル。
止まった拍子に石ころを蹴飛ばし、ゆうきは走って荒くなった呼吸を整えながらゆっくりと川辺を歩く。あの人の姿は。キョロキョロと辺りを見渡した刹那、茶色く、長い髪の人間を見つけた。
その人物は立ち上がると、ゆうきとは逆方向を向いて歩き出す。
「待って!」
呼び止められて、その人物が振り返った。しかし振り返った人物は、ゆうきの求めていた人物とは似ても似つかない女性であった。
「す、すみません」
申し訳なくなったゆうきは、深く頭を下げて、その場を逃げ出した。
やはり、そんな夢物語のような話は無いのだ。川辺を歩きながら、ゆうきは感傷に浸った。
「ゆうき?」
悲しげな彼の背に、呼び止める声。低くて、がっしりとした声に、「えっ」とゆうきが振り返る。
茶色く、長い髪。髪と同様に茶色く、肩までしかない着物。そして何より、十九とは思えぬその老け顔。ゆうきは目を見開いてその者を見る。やがてその目をぎゅっと閉じると、その者の胸に飛び込んだ。
「徳磨さん!!」
どうして? と、言わんばかりの目で見るゆうき。それを察してか、徳磨は苦笑いした。
「ゆうき達と出会い、この平成で沢山の出会いを出来たおかげで、拙者は敬愛する女性を守ることが出来た。だが……親心と言うのか。一つ心残りでな。ゆうき、お主のことが」
「そうなの? でも僕、ちゃんと自分で解決してきたよ」
「な、何と……!」
徳磨から離れ、きょんとした顔で見るゆうき。出来ることなら、その瞬間を見届けたかったのだが。徳磨は安堵と惜しさで、一歩後ずさった。
「……だが、安心した。それじゃあ、拙者のいる必要は無いな! と、言いたいところなんだがー」
妙に歯切れの悪い徳磨。ゆうきは何となく事情が分かったが、あえて何も言わず徳磨を見つめた。その視線に耐え切れなくなり、徳磨は豪快に笑い飛ばす。
「拙者、訳あって戦国に帰れなくてな。完全に、平成で生きていくことになったらしい」
「へぇ~、そうなんだ」
珍しくニヤリと笑うゆうき。徳磨は困りながらも、笑顔で両手を合わせる。
「頼む! もう少し厄介にさせてくれ!!」
徳磨の願いを聞くと、ゆうきはすんなりその表情を穏やかなものに変え、徳磨に片手を差し出す。
「良いよ。徳磨さんといたら大変なことも多いけど、良かったって思えることもたくさんあったから。これからまたみんなで、色んな人達の悩み解決しに行こう!」
ここ一週間で、随分変わったものだ。頼もしいゆうきの姿に徳磨は感心しながら、その片手を握り返す。
「承知!!」
二人が固い握手を交わした直後のことだ。河川敷上の歩道から、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせ、すぐに河川敷を駆け上がっていく。
そこには、太ももまである黒い髪の女性が尻餅をついて倒れていた。
「如何した?」
徳磨が肩を貸すと、黒髪の女性は頭を下げた。
「ごめんなさい。ヒールが壊れてしまって……」
女性が顔を上げると、徳磨は驚いて目を見開いた。
黒く艶やかな髪、絹のような肌、美しいその表情。女性が、まるで彼女の生き写しのようであったのだ。
「……卯月」
徳磨の時代が、また音を立てて動き始めた。
――(了)




