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徳磨の時代  作者: 素元安積
九:徳磨の時代(前編)
16/20

十五

 一郎と希羅が和解し、安堵した拙者とゆうきは希羅の配慮によって自宅まで車で運んでもらった。もう夜の七時半でござる。流石にご両親も心配しているだろう。

「ただいまー」

「ただいまでござる」

「遅かったじゃない。何処まで行っていたの?」

「徳磨さんと一緒にデパートとか。友達が沢山出来たから、遅くなっちゃった」

「そう? なら良かったわね」

「うん!」

 そう言えば母上は天然だったな。でもゆうきのこの嬉しそうな表情を見れば、誰でも安心するかもしれぬ。

「二人共、ご飯にする? お風呂にする?」

「うぬ……? 母上、それは前にも……」

「あら? ああ! えっと……ご飯温めておくわね~」

 ……拙者は少しばかり母上を侮っていた様だ。まさかこんな早い頻度で忘れるとは。とてつもない天然でござる。ゆうきは母上の言動にガクッと項垂れていた。


 風呂を終え、美味しい食事も食べ、拙者とゆうきはゆうきの部屋でくつろいていた。

「徳磨さん来てから大変なことばっかりだったけれど、嬉しいことも沢山あったよ。今まで、学校の嫌な人達ばかり見てきてたから……優しい人達に出会えて、ちょっと安心したし」

「それは良かった。人にも色々おるからな。世界は広いでござるよ。世界が狭いと感じているのは、きっと見ている者の心が塞ぎ込んでおるからだ。きっと、意地悪をする者達の世界も狭く映っているに違いない」

「うん、僕もそう思う。だからね、僕……明日、アイツ等に言ってくるよ。もういじめるなって」

「うむ。それが良い」

 その後、暫し拙者は寡黙を貫いた。その様子にゆうきが慌てふためく。

「な、何で黙るの。何だか不安」

「ああいや……何だか、そろそろ戻ってこい、と。そう言われている気がするのだ」

「ええ!? で、でも戻るって言ったってどうやって」

「拙者は寝ていたら何時の間にか来ていた。と言うことは、寝たら戻るかもしれぬなぁ」

「そんなのヤダ! 徳磨さんがいなかったら僕……。僕、起きてる! 起きて徳磨さんがいなくならない様に」

 ゆうきの肩を掴み、動揺するゆうきを落ち着かせる。拙者が首を振ると、ゆうきは涙目で拙者を見る。

「だって……だって徳磨さんは僕の一番の友達なのに……」

「前も言ったはずでござる。拙者とゆうきは、例え時代が違っても友達だと」

「でも、会えなかったら……っ」

「ゆうき……」

「……僕、起きてるから。ずっと、ずっと」

 赤くなった目で拙者を睨み、ゆうきは強く言った。


 丑三つ時、ゆうきは座りながらうつらうつらとしていた。必死なゆうきの姿に心が痛み、拙者も共に目を開いていたが、これ以上は限界……だ。拙者のまぶたが重たくなっていった……。


 朝を知らせる様にすずめが鳴く。淡い木漏れ日と共にゆうきは目を開けた。

「……! と、徳磨さん!?」

 ゆうきは部屋を見渡した。しかし徳磨は何処にも見当たらない。一階へと降り、両親の下へと向かった。

「あら~ゆうき、おはよう」

「おはようゆうき」

「それより、徳磨さんは!?」

「徳磨さん? あら一緒じゃないの?」

 父も母も不思議そうに首を捻った。ゆうきは事態を悟り、その場に力なく膝を付け、座り込んだ。

「だ、大丈夫だってゆうき。きっと散歩してるだけだって」

「ちがう……」

「え?」

「……行っちゃったんだ、戦国時代へ」


 徳磨が目を覚ますと、ゆうきの家のカーペットより肌触りの悪いものに寝転がっていた。

「そうか、拙者は帰ってきたのか」

 懐かしい草の香り。徳磨が現代へタイムスリップする前にいた草原だ。視界の奥に写るのは、平成のコンクリートで固められたビル街では無い。一つ風が吹けば、簡単に崩れ去ってしまいそうな木製の小さな小屋ばかりだ。

「そうだった。拙者の住む時代はこうだったな」

 たった数日だが、現代の居心地に慣れて感覚が麻痺していたらしい。徳磨は草原の向こ城下町を眺め、懐かしそうに微笑んだ。

「思えば、現代へ連れて行かれて沢山の出来事に遭遇したのは、拙者へのメッセージだったのかもしれぬな」

 徳磨はぼぅっと視線の先の城下町、そしてその奥にそびえ立つ城を眺めた。

「オイ、お前」

「うむ?」

 不意に声を掛けられ、徳磨は驚きながら振り向く。視線の先には甲冑に身を包む武士が数人いた。

「此処で何をしている」

「昼寝だが?」

「お前、あそこの町の者では無いな?」

「うむ。拙者はしがない流浪人でござる」

「ならばさっさと此処を立ち去れ。直に此処は戦場になる」

「戦場?」

「良いから巻き込まれたくなければ立ち去れ。分かったな」

 忠告を終えると、武士達は甲冑特有の音を鳴らしながら、その場からいなくなった。

「……卯月(きさらぎ)

 徳磨は城の方を見つめ、顔を顰めて呟いた。


 徳磨のいなくなったショックから、数十分呆然としていたゆうき。母から、「電話よー」と呼ばれると、とぼとぼ歩きながら母から受話器を受け取った。

「ゆうき君」

 希羅の声を聞いた瞬間、ゆうきは涙が止まらなくなった。「ふえぇ」と頼りない声と、鼻をすする音に、希羅も只事では無い様子だと察する。

「どうか致しましたか?」

「きらさ……っ、ふぇ……ぇっぐ、と、とくまさんが……」

「……まさか」

「ぃなぐ……なっちゃった……」

 希羅も暫く言葉を失っていた。やがて冷静さを取り戻すと、「今から一郎と其方へ向かいます」とだけ言って電話を切った。


 チャイムが鳴り、母が扉を開けると、「失礼します」と母の許可を取る前に希羅と一郎が部屋へと入っていった。

「あら、本当にお友達が増えたのね~……駆けつけてくれるなんて、本当に良いお友達」

 母はドアノブを掴んだまま、穏やかに呟いた。

「ゆうき君、徳磨さんがいないとは……?」

 希羅がゆうきにボックスティッシュを差し出すと、ゆうきは力いっぱい鼻をかんだ。駆けつけるまでずっと泣き腫らしていたのだろう、目も鼻も真っ赤になっている。希羅はゆうきの呼吸を整える為、持ってきていたコンビニのビニール袋からマスクを取り出した。

「付けてみて下さい。呼吸がしやすくなると思いますよ」

 マスクを受け取り、被せてみると、乱れていた呼吸が徐々に安定してくる。呼吸が整って安堵したのか、大きく溜息をつくと、ゆうきは二人に、「二人共、ありがとうございます」と礼を言った。

「いや、俺は何も出来て無ェからよ」

「そうですよ、礼を言うのは私だけで良いんです」

「でも、二人共こんな朝早くから来てくれたし……」

「徳磨さんのこととなれば当然ですし、ゆうき君が泣いてたら尚更ですよ」

 思い返すと年上のお兄さん方に泣く姿を見られ、ゆうきは恥ずかしくなって顔を赤くした。しかしすぐに徳磨の話題へと頭を切り替えた。

「徳磨さん、昨日言ってたんだ。自分は寝てこっちに来てるから、今度こっちで寝たら戦国時代へ戻るんじゃないかって。僕ずっと起きてるって言ったのに、寝ちゃって……起きたら、いなくって」

「成程。どうやって来たのか不明でしたが、聞いても納得いかない点ばかりです。あの人はつくづく謎ですね」

 当然の様に進む会話に、一郎だけ溶け込めない。魔が差した質問になると思ったが、一郎は二人の間に割って入った。

「オイ、アニキってマジで侍だったのかよ」

「アニキ?」

「おう。年上はやっぱアニキ呼びしないとな」

「徳磨さん十九歳だよ?」

「「……は?」」

 更に魔が差したゆうきのツッコミに、思わず希羅と一郎の声が揃う。ついでに表情も大体一致している。

「二人は何歳?」

「……十九歳ですよ。此奴もそうです」

「じゃああの人同い年じゃ無ェか……全然見えねェよ……」

 場が和んでくると、茶菓子を運んできた母がニコニコと笑いながら言った。

「みんな、徳磨さんのお話で元気になってる、徳磨さんって凄いわね」

 母の言葉に、三人が気が付いた様にハッとした顔をして再度微笑んだ。

「そうだね、徳磨さんが来てからみんな嬉しそう」

「……けれど」

 希羅は茶をすすりながら呟く様に言った。

「私達はもらうだけで終わってしまいましたね。元気も、幸せも」

 希羅の言葉に、ゆうきも一郎も黙り込んでしまった。

「……だからこそ、頑張らないと」

「え?」

「今からでも、俺達が頑張らないと。徳磨さんが心配しない様に」

 希羅はゆうきへフッと柔らかい笑みを向けた。ゆうきは返す言葉に困っていたが、考えを決めると、深く頷いた。

「実は僕、したいことがあるんだ」

 ゆうきの言葉に、希羅と一郎もまた、深く頷いた。

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