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徳磨の時代  作者: 素元安積
八:壊したい壁
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十四

 希羅の反論を遮ってもう一度拳をぶつける。奴お得意の言葉を封じ込めようとしているのであろうか。

「……っ!」

 片頬の腫れ上がった希羅は、怒りをあらわにして一郎を殴り返した。それからはお互いが拳をぶつけ合うどうしようもない殴り合いになってしまったのだが……不思議と、それは見ていて清々しいものだった。……そう思っているのは拙者くらいかもしれぬ。拙者の服を掴むゆうきは、二人の殴り合いを震えながら見つめていた。


 二人の殴り合いはそう長くは続かなかった。一郎は拙者の戦いで労力をかなり使っておったし、希羅は一郎に比べれば体力も少ない。そもそも、あの綺麗な顔でござる。一度も殴られたことなど無いだろう。疲れ果てた二人は草むらに倒れこみ、動けずにいる。かろうじて意識がある、そんな所であろう。

 一郎の下っ端達がこそこそとこの場を立ち去ろうとしていた。さっきまで一郎の肩を担いでいたと言うのに。小ずるい奴等でござる。

「何処へ行く?」

 拙者の声に一度動きを止めたが、すぐに皆走り去ってしまった。ろくでもない奴等だ。

「……大丈夫、ですか……?」

 ゆうきの問いかけに希羅は答えなかった。その代わり、一郎がニカッと笑ってゆうきを安心させていた。

「どうだ、お主等少しは懲りたか?」

「ソイツ次第かな……」

「勝手に殴られたのです。正当防衛でしょう」

「そんなこと言って……体の心配をして下さい」

 ゆうきの無垢な瞳と言葉に、希羅が口を尖らせた。こんな小さな童に心配されることをしてきたのだ。大きな青年が。空に視線を向け、希羅は痛みに顔を歪めながら話し始めた。

「……居心地の良さを求めては駄目ですか、徳磨さん」

「うぬ?」

「居心地が良くて、楽しい。そんな人達を友達と呼べないのであれば、俺はどんな人を友達と呼べば良いのかわかりません」

「それって……!」

 ゆうきの表情が瞬時に晴れた。そうだな。それはつまり、そう言うことなのでござろう。

「良い友達を持ったな、希羅」

「何を……」

 希羅はや柔らかな笑みを此方に向けた刹那、ゆっくりと瞼を閉じていった。


 希羅が目を覚ましたのは病室の中であった。二人共本気で殴り合った為、ニュウインすることになった次第だ。

「病院……」

 希羅が目を覚ました途端、彼の付き人が拙者達より前へと出て、媚びる様にへこへこと頭を下げる。

「おはよう御座います。奥様や旦那様にはお伝えしていますので、早々にお顔を見に来られるはずです。それまで少々お待ちを」

「……一緒に送られてきた奴は?」

「その者ならば、危害を加えぬ様にと病室を変えて頂きました。看護師には希羅様は帰ったと伝える様に言ってますし、階も違いますので、確実に会うことは無いでしょう」

「そうですか。でも結構ですよ、其処まで配慮しなくても」

「と申しますと?」

「手を出したのは此方からなので。彼は自分の身を守ろうとしただけです」

 希羅の口から出た事実と正反対の説明にゆうきが反論しそうだったので、ゆうきの口を塞ぐ。

「何と……まさかそんな希羅様が……」

 付き人は唖然とした様子で呟いた。

「ご迷惑をおかけしました。ですが彼とは後に話し合いで合意しましたので、この騒ぎはどうか隠密に」

「……そう、ですね」

 悪代官と言っても代官なのである。代官が悪を働いていたと知れば、其者を支持していた者の怒りを買う。そうなっては国は終いでござる。現代も恐らく、権力のある者の汚名は隠したい所なのであろう。本来なら懲らしめてやりたいでござるが、今回は人を守る為の隠蔽、仕方あるまいな。

「少し彼等と話しがしたいので、席を外してもらえませんか」

「御意」

 付き人は拙者とゆうきに一礼し、病室から出て行った。

「どうするのでござるか? 一郎は」

「自分で撒いた種でしょう? 後はもう知りませんよ」

「しかし……彼奴は今一人だ。仲間らしい奴等は尻尾巻いて逃げてしまったからな」

「そうなんですか? ……ダチがどうのこうの言っておいて、ろくな友達いませんね」

 希羅は痛ましい顔で苦笑した。

「……苦しいのは、俺だけじゃ無いみたいですね。本当に」

「うむ。皆それぞれの悩みがあるのだ。それを癒してやれるのも、友達でござる」

「鬱陶しい言葉ですね、友達は。……ちょっと、呼んできてもらえますか。今あんまり動きたく無いんで」

「がってん承知!」

「ちょちょいのちょい!」

 拙者とゆうきはそれぞれの言葉で答え、病室を後にした。


 カンゴシと言う者に、一郎の居場所を尋ねる。同じ様な景観だが、わかりやすい様に数を振ってあるのは今の時代の良さだと感じる。

名前の書いてある部屋を発見し、ゆうきと共に静かに入っていく。通常の部屋は他にもニュウインしている者がいるからだそうだ。希羅は金持ち故に優遇されているのだとか。

「一郎さーん……?」

 扉を開けると、一郎はすぐに見つかった。廊下側にベッドがあったからでござる。しかし、先程の希羅を見た所為か、一郎が妙に寂しそう見える。

「あ……こっちにも来てくれたんだ。さっすが、アイツに友達って言わせるだけのことはあるよ」

「他には来ておらぬのか?」

 一郎は首を振る。そして腫れた顔で、「ケッ」と苦笑した。

「両親は俺のことなんて見て無ェからよ。ダチだってあんなモン俺怖がって従ってきただけの奴等だし。あ、あと俺が奢るからついてくんのかな。俺は礼儀としてやってるだけなんだけだったんだが。まぁ、そんなこんなでボッチだよ」

「ぼっち?」

「一人ぼっち……孤独の略だよ、徳磨さん」

「ふむふむ」

「改めて説明されるとなんか虚しいな」

「す、すみません……」

 ゆうきが申し訳なさそうに何度か頭を下げると、軽く笑いながら、「いいっていいって」と言った。なんだ、印象よりずっと気さくで良い奴では無いか。

「希羅がお主のことを呼んでおったぞ」

「希羅? アイツ帰ったんじゃ無いのか?」

「それは嘘です。執事さんが気を遣ったって」

「あっそ……やっぱりか。で? 俺行っても良いのか?」

「当たり前だ。希羅が、お主を呼んでいるのだぞ」

 拙者の言葉に一郎が頷くと。フラつきながらもベッドの手すりを使って立ち上がり、拙者の肩を借りて希羅の病室へと向かった。

 道中、カンゴシに幾度か行く手を阻まれたが、希羅自身が呼んでいると言うと、皆無言で立ち去っていった。階段を上り、やっとのことで希羅のいる病室へ辿り着いた。

「遅かったじゃ無いですか」

 希羅の第一声がこれでござる。ゆうきは顔を引きつらせて笑っていた。

「道中色々あったのだ。それより、一郎連れてきたぞ」

 一郎を見舞い用のパイプ椅子に座らせ、拙者とゆうきは二人から数歩距離を取る。

「拙者達は部屋を出た方が良いか?」

「いえ。いて下さい。貴方達は特別です」

「俺も良いぜ。つか、二人も気不味いし」

「それ、使ってどうぞ」

 希羅が指差しで二つの丸椅子を示す。先程あれだけ動いたのだ、もう暫く動きたく無いのだろう。ゆうきが椅子を並べてくれたので、拙者達も座って話を聞く態勢に入る。

「……貴方、あの後仲間に見捨てられたそうじゃ無いですか。可哀想に」

「可哀想だろ? 今の俺は、今のお前よりよっぽど惨めで可哀想だよ……って、今に始まったことじゃ無ェかもな。俺はお前みたいに両親から愛されても無いし、ロクなダチもいなかったからよ」

「俺だって両親から愛されていませんけど」

「自惚れてるぜ、お前」

 一郎は低い声で、希羅の目を真直ぐ見つめて言った。希羅は驚きからか目を見開いている。

「俺はな、親にお前なんか生むんじゃ無かったって言われたんだぞ。その上母親は浮気してるし、そんで夫婦仲ドロドロだよ。一人暮らししてっから俺にはカンケー無ェけどさ。一人で暮らす為に結構働いてんだぞ。その金で奢ってやってるのにダチには逃げられっし。まー、別に金で絆ごうってつもりは無かったけど。実際離れると案外ショックだな。不幸自慢したいワケじゃ無いけど、はっきり言える。お前は甘いよ。特別な名前付けてもらって、期待もされて大切に育てられて、良いダチもいるのにさ」

「……わかっています」

「でも、これってヒガミだよな。俺もわかってる。お前は甘いだけじゃ無いってことも。だからこそ良い親やダチが集まってくるし、俺も、お前とダチになりたいって感じるんだと思う。最低でも、お前は逃げてったアイツ等とは全く違うってわかってたから」

 希羅は表情を歪めて頭を掻いた。もともと素直にモノを言えないタイプだ、きっと言葉に困っているだろう。

「徳磨さん……名前」

「うむ?」

「名前聞きましたよ。それとなくですけど」

「どうだった?」

「俺がキラキラと輝いて、困っている人を導く、希望の羅針盤の様な存在になれる様にと……のことでした。かっこつけすぎです。こっちはその名前の所為で方位磁針狂いまくったのに。ってこの例え、寒いですね」

「何を言う。ちゃんとご両親の望み通りに育っておるでは無いか」

「かっこいいね! ……実は僕、希羅って名前聞いた時かっこいいなって思ったんだ。ヒーローの名前みたいで、ちょっぴり羨ましかった」

 拙者とゆうきの返答に希羅が更に頭を掻く。やがて怪訝そうな視線を此方に向け、その後一郎へと顔を戻した。

「この通り、俺はとても甘い人間だと思います。そう簡単に他人を信用しようと思いませんし、関わっていたら面倒ばかりだと思います。それでも、貴方がどうしても友達が欲しいと言うのなら、まずは私から慣らしてみますか」

 希羅は何時もの冷静な顔付きで一郎に言った。その瞬間、拙者とゆうきは見合って静かに手を合わす。これを現代ではハイタッチと呼ぶそうだ。希羅はその様子を見てまたもや怪訝そうな視線を送るが、希羅の性格に慣れた拙者達には全く効かぬ。

 希羅の言葉に、一郎は太ももに両手を付け、前のめりになって答えた。

「勿論だとも! ヨロシクな、我が友よ!!」

「貴方はガキ大将ですか? そっちもそっちですよ。ったく……これは普通の日常会話でしょうが。貴方達騒ぎすぎですよ」

「ねぇねぇ一郎さん、僕達もダチになって良い?」

「構わねェぜ! いやむしろなろうぜ!!」

「やったね徳磨さん!」

「そうだな……」

 拙者が話している最中、扉が開かれ、ご年配のカンゴシがやって来た。

「他の患者さんのご迷惑になりますから、お静かに」

「す、すみませぬ……」

 扉が閉められ、カンゴシの気配が消えると、希羅は口元に手を持っていき、クスクスと笑った。

「言わんこっちゃない。俺は騒ぎすぎだと言いましたからね」

「拙者は静かにしていた方なのだが……」

 拙者の呟きに、ゆうきと一郎が同時に吹き出した。お主達が一番騒いでいたではないか……納得いかぬ。

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