十三
何が何だか。てんやわんやでことが進んでしまったのだが、最終的には拙者と玉虫色頭の長……一郎による決闘を、今夜することとなってしまったのだ。
「あの男も馬鹿ですね。以前やられた相手に
再戦を、それもたった一人で申し込むなんて」
「無謀としか思えないよ……」
無謀だからこそ、気づいて欲しい。拙者にはそのように感じる。気づいて欲しい相手は当然希羅なのであろう。何せ、此奴の心は開くことを恐れておるのだから。
そんなことを考えていると、思い出した様にゆうきが希羅に話し掛けた。
「けれど、希羅さんって意外と強気だよね。始めて会った時、何だかあの人達に怯えてるように見えたから、もっと弱々しいのかなって思ってた」
「あの時は弱者のフリをしていただけです。実際、あの人数相手では勝機は見えませんしね」
「頭良いねぇ」
「しかし、徳磨さんには多大な迷惑をかけてしまいましたね。すみません」
「本当でござるよ」
拙者は希羅の言葉に深く頷く。謝っているはずなのに、希羅が微笑しているのが何とも言いえぬ悪寒を覚えさせる。
「ですがお友達ですし、助けてくれますよね?」
有無を言わせぬような冷たい笑み。何たる心理攻撃でござろう。
かと言って此処で頷く訳にはいかぬのう。
「彼が拙者に求めてきたのだから合意はするが、これは本来拙者と彼奴等の戦いでは無いと思うぞ。賢いお主なら、この意味わかるよな?」
拙者の質問に、希羅は伏し目がちに、「……すみません、知識不足なもので」と答えた。
これ以上花恋と花音に心配はかけさせまいと、拙者達はことを済ませるとすぐに二人を家まで送っていった。移動手段は希羅の呼んできた車でござる。
「今日は本当に有難う御座いました。今夜、夫に話してみます……っ」
その言葉にはまだ続きがある様であった。上手く言葉に出来無い不安が立ち込め、彼女の喉を潰している様に。しかし、やがて意を決したかの様に表情を強ばらせると、一つ頷いてから重たい口を開かせた。
「きっと、大丈夫……!」
「だいじょうぶっ!」
娘の言葉にも心を押された様だ。表情を和らげた花恋は、その顔を花音に向けた。拙者達にも顔を向けてくれたので、三人揃って彼女に頷き返した。「きっと、大丈夫」だと。
不安は拭いきれなかったが、一番不安なのはあの二人なのだ。拙者が不安になったって何にもならぬ。拙者も気を改め、いま自身がすべきことを果たそうと、約束の場である青草の生い茂った河川敷へとやってきた。
「待たせたな」
「さっさとやんぞ。ガタイだけな見せかけはよしてくれよな」
一郎が言うと、下っ端達がゲラゲラと笑い出した。
「言ってくれる。どうなっても知らんぞ? 現代人の体が何程強いものかは知らぬが」
「貴方よりは強くないと思いますよ」
「何ほざいてやがるッ!」
希羅の鋭い言葉にハエの様に声を上げる若人達。正直な所、拙者も見た様子では同意見だな。さて、どう手を抜けば良いものか。
「クッ! 今すぐブッ倒してやるよ! んでもって、負けたらお前は俺等の仲間になる。それで良いな!」
「はぁ!?」
一郎が希羅を睨みつけて言う。希羅は物凄く嫌気に満ちた顔をしておる。ゆうきも納得がいかなそうだ。
「勝手な……まぁ良いですけどね。絶対貴方が負けますから」
「言ってろ!」
「それで、お主が負けたらどうするのだ?」
「負けたら一生お前に関わらないでやるよ、負けねーからな」
一郎の言葉に希羅は嘲笑った。ハナっから拙者の勝利しか見えておらぬからだろう。
「やったね! 徳磨さんが圧勝するに決まってるもん」
「ですね。さぁ、さっさと始めて下さい」
涼しい顔で片手をそそっと動かす希羅。一郎が怒りで顔を赤くしているし、仕方あるまい、乗ってやるか。……それに、一郎の意図も明白に見えてきたのでな。
「来い、受け止めてやる。もし避けきれなかったら拙者の責任だ」
「ナメやがって!」
一郎が拳を振り上げ拙者に殴りかかる。言葉通り其奴を片手で受け止めると、一郎は一瞬顔を青くさせて拙者から離れた。
「どうした、来ないのか?」
「……行くに決まってんだろ!」
猛々しい雄叫びを上げながら、一郎は拙者に飛びかかる。それを何度も受け止め、そして流す。数回同じ様なことを繰り返した。一郎の息が荒くなってくると、荒い息を混ぜながら話し出す。
「チッ……そんなにつぇえなら、さっさとトドメさせっての……」
「だから言ったんですよ、わざわざ負け試合に挑むなんて、この上ないイタさだ」
希羅はこの一方的な戦いを楽しそうに見つめていた。否、見下していたの方が正しいか。
「戦いを止めたいか? ならば降参するが良い。今ならば帰る体力もあるだろう?」
「そんなこと出来るかよっ! ……テメェ、初めから降参させるつもりで手出さなかったのか!!」
「お主の魂胆に乗ってやっているだけでござる。お主は勝って希羅を仲間にすると言ったであろう」
「ちょっと徳磨さん、貴方どっちの味方してるんですか……!? 友達、でしょう?」
「希羅、お主は友達の意味を履き違えておる。お主にとっての友達……拙者等は、ただの居心地の良い人間でしか無い」
返す言葉も無かったらしい。希羅の隣で傷ついた様子のゆうきから視線を逸らし、悶々とした顔付きで希羅は顔を歪めた。ゆうきにはすまないことを言ったが、今の彼奴にはこれぐらい言わないと届かまい。突然の仲間割れに、一郎は驚いた様子で立ち尽くしていた。
「何故動かない!? お主の気持ちはその程度なのか! そんな程度では、そんな程度では響かぬぞ!!」
「そんな程度って……」
意地でも響かせてたまるものかと言いたげな希羅。彼を見上げるゆうきは、とても寂しそうであった。そんなゆうきの様子や、希羅の顔を見て、一郎は震える拳を握りしめた。
「……本当は、本当に殴りてェのは……ッ!」
再度激しい雄叫びを上げると、一郎の拳が希羅の頬に的中した。不意打ちの攻撃に草むらに倒れた希羅は、キッと一郎を睨みつけた。
「何なんだよお前! 滅茶苦茶だぞ、ルールに反している!!」
「お前な! 何時も人を見下して、自分ばっかり甘やかして! 腹立って仕方無ェよ!!」
「だから喧嘩で勝って俺を支配下にしようとしたんだろ!? でもお前はあの人より弱いんだよ!! ……負け惜しみも大概にしろ」
「自分のダチ傷つける様な馬鹿誰が支配下に置きたいか! 見誤った、お前はもっと良い奴だと思ってたんだけどな」
「……それは見誤ったな」
暫しの沈黙が流れた。希羅や一郎は勿論のこと、それを見る拙者達もだ。ゆうきがその空気に耐え切れなくなったのか、その場から拙者の元へ駆けて移動した。その様子を、希羅が目で追っていた様に見えた。
「……俺ならゼッテェ傷付け無ェけどな」
「自慢ですか」
「だから、お前は俺とダチになれ」
「意味不明なのですが」
下っ端達も、一郎の真意がわからないらしい。何故彼に其処まで固執するのかと、顔を見合わせて首を傾げていた。
「テメェをそんな冷たくさせたのは何だ! 誰なんだ!? テメェをそんな腹立つ奴にさせたのもテメェをそんな可哀想な奴にしたのだって!!」
「何が言いたい!!」
「環境がどうだろうと名前がどうだろうと知るか! 世の中苦しい奴ばっかなんだよ! 苦しんでんのはテメェだけじゃ無ェのに、金あるしそんな良いダチだっているのに……何で無碍にする? 何で人を信じない?」
「そう言う熱いの、俺苦手なんですけどね……」
髪を掻き上げ、立ち上がろうとした希羅の腕を強引に引っ張ると、一郎はまた希羅の頬を殴った。一層強く。
「お前な━━」




