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徳磨の時代  作者: 素元安積
七・あたたかなひと時
13/20

十二

 あれから二人は、無事連絡手段を得ることが出来たようだ。拙者にも聞かれたのだが、拙者は生憎スマートフォンなる物を持っていない。持っていたとしても、使いこなせないのが多方予想つく。ゆうきも当然持っておらず、拙者達のことは希羅を通して話すこととなった。

「あの、もしかしてデパートへ用事だったのですか? でしたら、私とこの子も一緒に……駄目でしょうか?」

 希羅が拙者に視線を向ける。自分で頷けば良いものを。希羅に代わって、拙者が笑顔で頷いた。花音の母上である花恋(かれん)は、嬉しそうに微笑んだ。母の笑顔を見てか、花音も口角を上げて母を見上げていた。意外と、親より子供の方が大人だったりするのかもしれぬ。ゆうきにしても、希羅にしても。

「年頃的には、ゆうきと近いでござるな」

 拙者はゆうきに視線を向けると、ゆうきは頷いて花音の下へと歩み寄った。

「はじめまして。僕、ゆうきって言うんだ。花音ちゃんって呼んでも良い?」

 柔らかいゆうきの口調に、花音はあちらこちらに視線を変え、やがて花恋に向けると、にっこりと微笑んだ。

「ん」

 花恋の服の裾を掴んでいた手が離れると、ゆうきは手を差し伸べた。

「よろしく」

「うん」

 花音は母同様にっこりと笑ってゆうきの手を握った。

「先程は女性トイレへ侵入したり、罵詈雑言を浴びせてしまいましたので奢ります」

「そ、そんな」

「今回限りですので。俺は他人に貸しを作るのが嫌いなんで、構わず」

「でも……」

「一度決めるとなかなか曲げない頑固者でござる、どうか聞いてやってほしい」

 拙者の言葉に希羅が頷くと。花恋は礼を言って頭を下げた。希羅をチラチラと見やる花音に気づくと、希羅は花音の方を向いた。

「さっき君のお母さんを泣かせてしまったから、お詫びに君の好きな物を買ってあげます。そのかわり、今日だけですからね。今日のうちに欲しい物を買っておいて下さい」

 希羅の無愛想な言葉と態度に対し、花音は笑顔を向けて言った。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 希羅が少し驚いたような顔をして花音を見ている。まさか笑顔で礼を言われるとは思っていなかったのであろう。此方からしてみればその反応が妙に可笑しく、ゆうきや拙者、そして花恋までもがにこにこ笑っていた。希羅は三人の反応に気がついたらしく、「さっさと行きますよ」と、行き場も聞いていないのに勝手にエスカレーターに乗り、二階へと上がっていった。


 希羅の後を追ってやって来たのは洋服売り場。其処で、希羅がやっと此方へ体を向ける。

「その短いスカートでは腫れた足が見えてしまいますから。出来れば腕も薄いブラウスくらいは羽織るべきかと」

「ああ……」

 花恋はしゃがみ、花音の目線になると、手を握って、「ごめんね……」と苦しげな表情で言った。花音は目を瞑って首を横に振った。

「ママの言うこと聞かない花音が悪いから」

「そんなこと! 悪いのは完全にママよ」

「ううん」

「あの、もうどっちでも良いから服選んでくれません? 今の時間帯は空いてる方なんです。これからどんどん客足が増える一方なんですから」

 この言い合いは長々と続きそうであったからな。希羅も察して言ったのだろう。奢り主である希羅に早くしてくれと頼まれれば花恋も断れまい。困ったように希羅と花音を交互に見ていると、花音が花恋の手首を両手で掴んだ。

「ママ、行こっ!」

「え、ええそうね……選ぼうか」

 花恋は此方に軽く頭を下げ、花音に連れられて店内の奥の方へと入っていった。途端に、緊張の糸が解けたように希羅は深い溜息をついた。

「貴方と出会ってからと言うものの、有り得ない展開運びが多すぎます。悪霊でも憑いてます?」

「うっ……す、すまぬ」

 まさかこっちにそんな話を振られるとは思ってはいなかった。武器を持った者に襲われるのはさておき、事故を目の当たりにした時は拙者に何か憑いているのかと思ってしまった。

「そう言えば、徳磨さんと出会った初日に猫に食べられちゃいそうになったねずみ見つけちゃって。けれど、そのねずみが猫を蹴飛ばすって言う非現実じみた光景見ちゃったんだよね。そのねずみ、確か白目になってた気がする。たぶん徳磨さん的な生霊が入ったんだよ!」

 いや、その現場は拙者も見ていたし。生霊というのは生きている者の霊なのだから、拙者の意識がある時点でおかしいでござろう。

「生霊と言うことは、徳磨さんは白目をむいていた?」

「むいてた気がする」

 むいとらんよ。

「うん、むいてた。間違いないよ」

 ……え? 本当に、むいておったのだろうか? ……いや、思い返せばあの時ゆうきは猫とねずみに気を取られて一切こっちを見てなかったはず。ってことは此奴、適当に言っておるな!? ああもう、希羅はこっちを向いてニヤリと笑っておる。此奴、確実に分かって言っておるな。

「拙者の記憶ではゆうきはずっと猫とねずみを見ておった。そもそも、拙者にその光景が見えてる時点で白目はむけないはずでござる」

「そっか……じゃあ、どうやって生霊を送ったの?」

 一旦生霊から離れてくれゆうき。

「口から出したのでは?」

「それだ!」

「断じてない!!」

「え~」

 駄々をこねるゆうきに、鼻で笑う希羅。何故こうも拙者は馬鹿にされているのであろうか。

「お兄ちゃん達、来て~!」

 言い返そうとしたところに聞こえてきたのは花音の声。見やれば、可愛らしい格好で拙者達に向けて手を振っていた。「い、いいのよそんな」と声を出す花恋の姿は見当たらぬ。二人の下へ向かうと、花恋は綺麗な服に身を包んでおった。

「私が選んだんだよ! 似合うよね?」

「うむ。とても」

「すごい綺麗です!」

「ええ。若くしてセンスが良いとは。将来有望ですね」

 口々に褒められ、花音も花恋も何だか気恥かしそうだ。

「ご、ごめんなさい……花音のためなのに」

「俺は二人にお詫びをするつもりです。貴方もお気を遣わず。先程まで着ていたくたびれた服装からして、今までの生活でお洒落などもしばらくしていなさそうでしたし」

 花恋はうっと苦虫を噛み潰したような顔になる。確かにくしゃっとした服だと思ったが、普通おなご相手にそんなこと言わぬな。拙者の時代なら、くたびれた着物を来ている勤労者も少なくなかったし。どちらにせよ、希羅は元々皮肉屋な一面がある。其処さえどうにかなればもっと慕われ、おなごからも好かれると思うのだが……惜しいでござる。

「わ、悪気はないでござるよな?」

「ないですよ。事実をそのまま述べただけですから」

 花恋の笑顔が曇っていく……希羅、お前は正真正銘の毒舌王者でござる。

「ですから、もっと綺麗な服を来てメイクなどもすれば良いのではと思うのです。貴方そんな格好しているから年相応に見えますが、自分にしっかりと意識を持てば年よりも全然若く見えると思いますから。三十代前半ですよね?」

「二十八です……」

「予想年齢より老けて見えていたとは。尚更、美を意識しないといけませんよ」

 もうやめてあげてくれ希羅。なんだか、花恋が徐々に見えない刃に刺されているのが見えるのだが。その度にグサッと言う効果音が頭の中で聞こえてくるぞ。ああ、腹に刺さってしまった。拙者の時代ではあれを切腹と言うのだぞ希羅。

 だが花恋はめげなかった。腹に手を当てながら、「確かにそうですね」と笑顔で返した。そう、花恋は強くなったのだ。……うん? 拙者は一体誰目線なのだ?

「有難う御座います。こんなに楽しいの、何時ぶりか……良いのでしょうか、私ばかりがこのように舞い上がってしまい」

「幸せになることへの制限なんて、誰もつけていないでござるよ」

「有難う御座います。本当に優しい男性方ばかりで……きゃっ!」

 すっかり無防備になった花恋の猫背に他の客がぶつかってしまい、花恋は前方に倒れこんだ。転ばぬよう拙者が受け止めると、花恋は即座に体を離し、「すみません」と肩をすくめて言った。

「このくらいにしか役にたたん体でござるから、気にすることはない……おっ? どうだ、肩車でもするかい?」

 拙者は花音の方を見て言った。花音は少しの間硬直して此方を見ていたが、此方へと歩み寄り、目の前へとやって来た。

「いい、の?」

 控えめな花音の問いに、当然拙者は頷いた。


 拙者は花音を肩車して歩く。ゆうきが顔を上げて花音と会話をしている。傍から見ても和やかな光景に見えるであろう。

「何から何まで本当にすみません」

「構わぬって。拙者は自分の意思でやっているのだから」

「ところで……徳磨さん、ですよね?」

「如何にも」

「徳磨さんってその口調……」

「彼は役者の端くれなのです」

 拙者への質問に、希羅が無愛想な口調で割って入って答えた。しかも、事実無根でござる。希羅が口出しをする程なのだから、きっと言ってはいけないと言う意味なのだろうが。

「そ、そう……ですか?」

 花恋は希羅の様子に、悪いことを聞いてしまったと思ったらしい。冷や汗を流し、苦笑いを向けた。

 その後も、皆でゲームセンターと言う場所や、雑貨屋へ見に行った。花恋や花音も楽しんでおったし、何より拙者にとっても良い経験になった。

「きーらくぅん」

 和やかな空気を壊すガラガラ声が聞こえてきた。からかうように希羅を呼ぶ声は、拙者の真正面からだ。この顔を見るのは二日ぶりでござる。

 希羅に声を掛けたのは、ついさっきも言ったとおり、二日前に出会った。ナイフを持った玉虫色頭の連中であった。

「随分とバラエティ豊かなお友達を持ったなぁ」

「そうですね」

 長の言葉にひるむことなく、淡々と答える希羅。むしろ、希羅の蔑むような冷徹な視線に玉虫色頭の連中がひるんでおるようにすら感じる。感じると言うより、実際にひるんでおるのだろう。

「お主達と希羅は何を目的に争うのだ?」

「おっさんに関係ねェだろ!」

「いいや、拙者は希羅の親友でござるから」

「僕も!」

「はぁ? 何安っぽい友情ドラマやってんだよ」

 ケラケラと笑って嘲笑うように希羅を見る長。対して、希羅は涼しげな笑みを見せて言った。

「俺程度の人間には、安っぽい友情ドラマが丁度良いのですよ」

 希羅の不器用な言葉に、拙者やゆうきは頷いた。始めは戸惑いを見せていた花恋も、希羅に頼もしそうな視線を向けている。

「お前……」

 長は、何か言いたげに希羅を睨みつけていた。やはり、彼等は希羅に対して……。

「わかった。そんなに言うなら、サシでやり合おうぜ。俺とアンタで」

 何を言い出すかと思えば。長は拙者を指差して決闘を申し出た。

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