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徳磨の時代  作者: 素元安積
六:助けてのサイン
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十一

「構わんよ」

 希羅の言葉に頷き、例のおなごと小娘を見る。小娘の腕や太ももが、薄らと赤くなっていた。

先程とは打って変わり、小娘は大人しく涙を拭っていた。


 場所をレストランへと変えたところ、希羅は待ってて下さいと言って男便所へと向かった。ゆうきと拙者がおなごと小娘を見ていると、おなごは俯き、小娘は落ち着かないのか頻りにキョロキョロと辺りを見渡しておなごの服の袖を掴んだ。おなごは彼女の母上と見てとって良いのであろう。

「失礼致しました」

 普段の希羅の声で言い、拙者の隣に希羅が座った。格好も男物に戻っている。

「あ、あの僕も……」

「うむ。ほい、返すぞ」

 拙者が持っていたゆうきの服を渡すと、ゆうきは礼を言ってトイレへと駆け込んだ。

 ゆうきがトイレへ行ったのを眺めた後、顔を親子に戻した希羅は、早速話を提示する。

「音声は此方にて確認済みです。映像こそありませんが、これを聞き、彼女の腫れた肌を見たら皆、貴方が彼女を叩いていると思いますよね?」

「ごめんなさい」

「貴方は謝れば済むと思っている。そして、これを続けていく」

「……じゃあどうすれば良いって言うのよ!?」

 糸がプツンと切れたように、おなごは机を叩きつけ、大きく口を開けて希羅へ怒鳴った。それを、蔑むように冷静に見つめる希羅。拙者も、あえてこの間に割って入るつもりはない。

 無反応の拙者達に怒りの熱が冷めたのか、おなごは、静かに席についてまた顔を俯かせて僅かに口を開いた。

「……謝って、謝って何度も謝って、何が悪いのかも分からないでずっと謝って、私は許されて来たの。謝ることも許されなかったら、私はどうしろって言うの? ……死ねば良いの?」

 俯いた顔から、涙が落ちた。彼女は、本気で思っているのだろう。

「何があったのです」

 感情の無い声で希羅は言う。脅しでもなく、同情でもない機械的な質問の声には、問題に答えなければならないような、心を閉ざすこともままならぬ、絶対感を覚える。

 おなごも同じように感じたのか、その質問に答えた。

「今、夫となっている人と結婚したわ。けれど、夫は私にも子供にも愛なんてなくて……その上、お義母様は私のことを要らない者扱いして。夫はお義母様が好きだから、お母様にべったり。学校ではママカーストが起こっていて、私は何時も貶されているし、この子は聞き分けがなくて嫌なことがあるとすぐに泣き出す。……どうしろって言うのよ、私に」

 口元を歪ませて、おなごは自嘲した。意味がわからぬ言葉もあったが、とにかく彼女が辛い環境に置かれていることは理解出来た。

 其処へ、希羅が拙者の腕を軽く人差し指でいて拙者にスマートフォンを見せる。中の文字を見てみると、ママカースト=金銭関係、権力の高低によって起こってしまう母親同士の上下関係制度と書かれていた。

 読みきったことを伝えるため、希羅の腕をつつき返すと希羅はスマートフォンをしまった。しかし、そんなものがこの世でも怒っているとは少々以外であった。そんなものが起こってしまえば、彼女が苦しくなることも分かる。だが……。

「だから、お主はこの小娘に手を上げていたと言うのか?」

 拙者の問いに、おなごは顔を顰め、両手で頭をくしゃくしゃに掻いた。

「……そうです、そうです」

 怒鳴りたい声を必死に抑え、おなごは言った。

 個人の込み入った事情の話ゆえ、どうにかしてあげたくとも、時代が違いすぎる所為で何をどうすれば良いと拙者には言えぬ。此処まで事情を聞き、何もしてやれぬとは。

「夫婦間の、愛情は完全に冷めたと?」

「……ええ。娘のことも無関心ですし……」

「でしたら、いっそのこと別れてしまえば如何でしょう?」

「へ?」

 希羅の言葉に、おなごも拙者も驚き希羅を見た。

「愛がないのであれば、いる必要もない。実家への帰省をおすすめ致します。そうすれば、学校を変える事情も出来ますしね」

「けれど、この子のお友達もいますし……」

「時々会わせてあげれば宜しいでしょう。流石のお母様も、我が子の前で酷い母親の姿は見せないだろうと思います。それでも意地悪をするような人間ならば、自分以下だと心の中で罵って笑っておけば宜しい」

「ああ……あの……その奥さんは悪い方では無いので」

「でしたら尚更。早めの離婚をおすすめ致します。貴方と、父親に愛されない娘さんのためにも」

 希羅の言葉に、おなごは顔を上げ、その目から涙をテーブルに落とした。潤んでいるから余計かもしれぬが、目も不思議とキラキラとして見える。

「貴方は手を上げることで誰かに理解して欲しいと思っていた。ですが、子に対してそんなことをしても、貴方への批判が増えるだけ。何故なら、世間は貴方の心情なんて知りはしないから。そして、貴方も背徳感から言えずにいた。だから、彼女に手を出して何とか精神を保ってきた。……手をあげている時点で、まともな精神を保ててはいないと思いますが」

「辛いことは、辛いと言うべきでござるよ。友達でも親でも、良いでござるから」

「……けれど、両親は、私の結婚を喜んでいた……」

「お主は母になり、娘を生んで娘が辛くなった時、辛くは感じなかったか? それこそ、さっきも」

 問いに、おなごはただ頷いた。またじわりと涙を溜め、下唇を噛んで震えている。

「なれば、お主の両親だってお主がこの状況だと知ったら絶対に戻ってこいと言うはずでござる。誰にとっても、我が子が一番なのでござるから」

 今まで我慢していたものが解けたのか、おなごは声を漏らして泣いた。ゆうきが戻ってくると、突然おなごが泣いていて驚いたのだろう、拙者や希羅の方へと迷いの視線を向けた。

 おなごが泣いていることでゆうき同様小娘が視線をあちらこちらへ動かしていた。やがて拙者達の方を向いて意を決したように眉を吊り上げると、目を固く瞑って声を上げた。

「ママをいじめないで!」

「何を……」

 希羅は思わず呟いて口を小さく開けた。状況や話が理解できない四、五歳の小娘なのだ。そりゃあ、一方的に話を詰められ、泣く母を見れば拙者達が彼女をいじめたとも感じてしまうかもしれぬ。

「ママは悪くないの! 私が悪いの! ママをいじめるの、許さない!!」

 頬を膨らませ、席を離れて希羅の腕を掴んで強く揺らしたり、腕を殴ったりする小娘に動揺し、希羅が抵抗出来ずにいる。

「違うの! 花音(かのん)ちゃん、違うのよ。……だか、らお兄ちゃんをいじめないであげて……」

「……本当に、違うの?」

 希羅に視線を向けるが、希羅は一概に違うとも言えないと言いたげに、視線を小娘、花音から逸した。

「本当よ。お兄ちゃん達は、私を励ましてくれたの。お母さんね、嬉しくて思わず泣いちゃったの」

 おなごの言葉を聞き、花音は手をパッと希羅から離し、おなごの下へと戻った。平常心を取り戻したのか、希羅は怪訝そうな顔付きで掴まれた腕をほろった。

「まさか、会ったこともない他人にこんなこと言われると思ってませんでした。……話をするだけでも、こんなに楽になるなんて」

 一つ深呼吸をすると、おなごはフッと微笑んだ。何か吹っ切れた様な先程よりも穏やかで強い、顔付きで。

「帰ったら、勇気を出して言ってみるわ。言って簡単に別れさせてもらえるとは思ってないけれど……でも、貴方達と話せただけでも大分楽になれた。私のことを、こんなに考えてくれている人がいるなんて、思わなかった」

「俺は第三者視点で一つの意見を述べたのみですので」

 心からの感謝の言葉や、こんなにも晴れやかな笑顔に対しても、冷たく返す希羅。本当に、不器用な奴でござるなぁ。知れば知る程、その不器用さが可愛いものに感じてくるが。

「此奴はこう言うことしか言えない不器用な奴なのでござる。勘弁あれ」

「いいえ、さっきのお話聞いて、人柄がよくわかりましたから」

 希羅は居心地が悪くなったのか、スマートフォンを取り出した。

「あ、あの。宜しければメールアドレスを教えて頂けませんか? ご迷惑でなければ、この先も愚痴を聞いてもらいたいですし……」

 恐縮そうにおどおどと尋ねる女を無視するように俯いてスマートフォンをいじっていた希羅であったが、ふと指の動きを止めた。

「こっちはもう受信状態にしてますから、早く赤外線で送ってもらますか?」

 そうか、既に何らかの設定をしていたから無言で操作していたのか。本当に不器用な奴でござる。希羅の言葉におなごが笑顔になると、「はい!」と弾んだ声でスマートフォンを取り出した。

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