九
欲張りすぎ、か。不幸を得て名声を得るか、平静を得て……平静を得た場合、それでは何も得られるものがないことになってしまうなぁ。それはそれで可哀想だが、希羅が言いたいことはきっと、自分のように不幸になっている人間がいるのに、どん底を経験していない人間が華やかな世界に行くだなんてズルい、と言うことなのだろう。
「けれど、あのおなごが本当に言いたかったことはそう言うことではないと思うのだが」
「そうなのですか?」
微かに目を見開いて拙者を見る希羅。もし彼女にそれを伝えるだけならば、彼処まで怒る必要はないと思うのだ。それも、頂戴しかけた物を投げつける程と来た。事情はあの二人にしか分からないが、何事も表面だけで決め付けてはならんだろう。
「あ、あのっ!」
少し掠れた低めのおなごの声。三人が其方を向くと、其処には今思い返していた奇抜おなごが立っておった。拙者達が此方を向いたことでおなごが近寄ってくる。
「此処、いさせてもらっても良いですか。何だか……一人じゃおかしくなりそうで」
「いいよね?」
ゆうきの問いに、希羅も拙者も頷いた。「あざっす」と言い、おなごはゆうきの隣に座って深い溜息をついた。始終を見ていたゆうきはいてもたってもいられず、つい口を衝いてしまった。
「あの……なんでケンカしちゃったんですか?」
「ああっ、聞かれちゃってたのか」
おなごはスーッと歯を食いしばった状態で音を立てて息を吸い、気を落ち着かせるとコクッと首を一度縦に振って勢いよく顔を上げた。
「アタシが悪いんだ! アタシ、仲良いと思い込んで、沙絢、あの子とオソロになりたくって色々渡したり、カバンとか小物もオソロの色違いにしようとかしちゃってさ。そんな嫌われてるって分かんなくって……けど、その所為でこんなことにまでなっちゃって」
希羅が顔を顰めて鼻で溜息をつく。拙者が希羅に翻訳して欲しいと言う視線を送ると、希羅が耳元で、「オソロはお揃いの略です」と答えてくれた。そう言うことか。けれど、一文字略すくらいなら別にお揃いでも良いと思ってしまう拙者は古風なのであろうか。
ゆうきは、「そんなことないですよ」と頭を撫でながら励ましている。希羅は拙者の方を見て苦笑しながら首を捻っておる。ううむ、今回ばかりは言いたいことが分からんでもない。
その時、点灯していた手術中のランプが消えた。
「手術が終わったみたいですね。立ちますか」
希羅の合図によって四人揃って立ち上がり、扉が開かれるのを待った。
しばらくして扉が開かれると、水色の格好に身を包んだ男性が此方へとやって来た。
「手術は無事成功しました」
たった一言に、奇抜なおなごはその場に泣き崩れた。骨を折ってしまった箇所もあるが、命に別状は無いのだそう。ゆうきは彼女の背中を優しく撫でていた。
手術が成功したとは言っても、すぐに目を覚ますようなものでもない。個室に移動された後も長いこと怪我人のおなごこと沙絢は目覚めなかった。その間奇抜なおなごの傷を少しでも和らげようと、ゆうきが奇抜なおなごへ話しかけている。其処で、奇抜なおなごの名前が茉理であることが分かった。それと、茉理と沙絢の今までの仲の良さも。
「……気遣ってくれてありがと。アタシ、貴方達が話しかけてくれなかったら本当にヤバくなってたと思う。貴方達がいて本当に良かった」
「いいや……あ!」
ゆうきが小走りでベッドへと移動する。拙者達も歩み寄ると、沙絢の目が空いていた。
「さ、沙絢……あの、ホントごめん。アタシのせいで」
「……最悪」
拙者の隣、一番沙絢から遠い位置にいる希羅は拙者を壁にしてほくそ笑んでおる。本心を察すると呆れて笑ってしまうのは此奴の悪い癖。だが、今回は呆れつつも、馬鹿にしているだけとは限らない。何故なら……。
「ご、ごめん! アタシ、沙絢のこと親友だって思ってた。勝手に勘違いして舞い上がって、何でもオソロにしたくって……沙絢が嫌いになってたって、思わなかったから」
「私だって!」
沙絢が声を上げた。しかし、深く損傷を受けた体を激しく動かしたことから沙絢は顔を顰めてベッドの上に倒れた。
「沙絢!? 無理しないで」
茉理やゆうきが身を案じて沙絢視点に移ろうと腰を曲げた。触れては更に彼女を苦しめることになるだろうと、ベッドの手すりに手を付けて真剣な顔付きを向ける。ゆうきもすっかりと馴染んでおるなぁ。沙絢と言う娘はあまりゆうきが記憶に入っていないと思うのだが。
二人の本気で心配している様子を見ると、ベッドに体を付けたまま、沙絢は口元をむずむずとさせながら目に涙を溜めた。
「私だって……茉理はいい友達だって思ってた。親友だって、思ってたよ」
「嘘……? だって沙絢」
「だからこそ、仲がいいからって、何もかも一緒にするのが嫌だった。本当に仲がいいなら、見た目なんて揃ってなくても、周りに伝わるって思ったから」
希羅は鼻で溜息をついた。今にも部屋から出ていきそうなんで、拙者が希羅の手首を掴むと希羅は皮肉のこもった笑みを此方に向けた。
「初め、茉理が奇抜な格好から私の格好と似せてきたから、何だか不思議に感じて。あの時、私が雰囲気変わったねって言ったら、友達だから合わせたかったって聞いて、今度は私が奇抜な格好にした。それは、私に奇抜な格好が似合わないってことを言いたかった」
「え?」
「茉理には似合うけど、私には似合わなかった。同じように、私が着ていた服に合わせて着ていた茉理、全然似合ってなかった。茉理らしさがないなって、感じたの。……早く、気付いて欲しかったな」
溜まっていた涙を静かに流し、白いシーツに染み込ませた。茉理も唇を噛み、涙を必死に堪えていた。
「私も茉理も、みんな違うよ。私は私で、茉理は茉理だよ。他の誰にもなれないんだよ。だから、誰にもなれない私と茉理だから、仲良くなれたのに……無理に似せて、ハリボテみたいな友情見せつけたくなかった」
沙絢の言葉に、茉理はその場にしゃがみ、ベッドの手すりの下部を掴んだ。肩をヒクヒクと上げ下げさせている。ようやく、二人は本当の親友になれたのだな。
後は二人で自由に話をさせてやろうと、拙者達は病院を出た。
「安い友情ドラマでしたね」
希羅は嘲笑うように一言感想を述べた。
「そんなことないよ! ね、徳磨さん?」
「左様でござる」
熱くなるゆうきと、ニヤリと笑って同調した拙者に、希羅はニヤリと笑い返した。
「徳磨さん?」
「なんでござろう」
「僕や徳磨さん、希羅さんも親友だよね?」
「は? 何で俺まで」
眉を顰めて此方を見る希羅。希羅のあまりの驚きように、ゆうきと拙者は顔を見合わせてふふんと笑いあった。希羅がわざわざ家へ送ってきた一冊の本と、一枚の手紙、それだけで充分ゆうきには伝わったのだろう、彼が良い人間であることが。
「馬鹿にしてるんですか?」
怪訝そうな顔を向けて言う希羅に微笑んだ顔を二人で向けると、ゆうきは首を横に振った。
「ああ、親友だ!」
拙者の言葉にゆうきは飛び跳ねて喜び、希羅は目を真ん丸くした後、眉を顰めながらも頬を緩ませて言った。
「本当、安い友情ドラマですよ」




