エピソード3「デュアル・ゴア」(10)
国家保安区治安維持課ーーその中庭に、一人の竜人と一人の男が場所を変えて踏み入れる。
イーゴンもアトスも落ち着いた様子で、近くの大き目の敷石に腰掛けた。
「後を付けられては?」
「確認はしていないさ。まだ居ない」
アトスはそう返事をし、イーゴンを見る。
「監視を寄越してくると思っただけに意外ではあるな」
イーゴンはそう吐き、静かに口を開く。
牙が覗くその口からは、一見その獰猛そうな姿から想像せぬような理知的な言葉が出た。
「さて」
「……」
「単刀直入に言おう、アトス。この国には二つの立場がある」
目を険しくしつつも告げるイーゴン。
「ミラカナからある程度聞いているが、この国は戦時中でもあるらしいな」
「それもあるが……国内での争いがあった……いや、あるらしいという事だ」
「どういう事だ?」
「君が聞いているかは知らないが、過去この国は内乱があった。この国の根幹システムである13人衆というものも、本来は16闘将というさらなる3家があったようだ」
イーゴンは続ける。
「当時の3人が、裏切ったという事か」
「あぁ。北隷という国に亡命し、それぞれ仕えているらしい。そしてその家の末裔が、この国の下層民を扇動し国家を転覆させようとしているとの噂を掴み、治安維持課は動き始めている」
「それを俺に話したところで、どうこうと出来そうに無いが」
「いや、そこからが問題なのだ」
「……詳しく聞こうか」
アトスは身を乗り出す。
「古の鬼人、デッド=ジンを使うというのだ」
「鬼人、か」
「古き人がプロトタイプをこの世界で作り上げたというが、相当な破壊を世界に齎したらしい」
「古き人、ね。当時のこの世界の人間が弱くて闘えなかったのではないか?」
「……そうかもしれん。が、この国の人間は弱かったか?」
「……いや、ミラカナの部下で相当腕の立つ男が居る」
「だとしたら当時もそれくらいの使い手は数人はいただろう」
「だな」
「今回君たちの調べている事件。そしてデッド=ジン。この国は潜在的な脅威に晒されているのだ」
「脅威、か。だが今心配をしたところで手を打てることは少ない。奴らを感知出来る能力は残念ながら俺には無いからな」
「そうかもしれん。だが、何も知らずに奇襲で命を落とすよりは、やれる事があるだろう」
そう諭すイーゴンの角に、光が反射しアトスは少し眩しく感じた。
「……忠告だというのなら、ありがたい」
「では、私のようにこの国のあちこちを探って見てみる気は無いか?」
「……興味自体は惹かれるものがある。だが、それは遠慮しておこう。俺は俺の道を行くだけだ」
「……アトス。私は君を少し疑っていたが、それは杞憂だったようだ」
イーゴンがそう告げた時ーー。
「『トロイ・メライ!』」
槍のような物がアトスとイーゴンの足元の地面に突き刺さり、爆発した。
「むっ」
「何だ!?」
二人は飛びのいてアトスはタマチルツルギを、イーゴンは翼の中に隠していた双斧を握り構える。
「分析……召還を受けたものか。不審人物であったものと感じたが」
言葉の主が近付いてきて、無機質な声を掛けてきた。
「ずいぶんと……失礼な真似をしてくれるではないか。非礼な振る舞いだな」
イーゴンはゆっくりと現れた言葉の主に向け、怒りを露にして怒鳴り返す。
「黙りたまえ竜人。私は披召還者にして次代席次二番デルテ・アルベルト・イズンの直下、ガイアブレード」
「ガイアブレード? 何者だ」
アトスは首を傾げる。
全身を甲冑に包み、素顔すらも見えない。何やら相当な重さに見える。
アトスにとってはかつて自身の師が使っていた変身機構を思い出させたが、奴は素であの形態のようだった。
「貴様達と同じく召還者だが、元の世界では最高のマシンとして警備王の名を承った者だ……だからこそ、俺がデルテ・アルベルト・イズンに呼ばれたのだがな」
「だからと言って、何故此方に攻撃を!」
「往来を妨げた罪だ。道路交通法の裁きを受けてもらおう!」
ガイアブレードはこちらの話を聞かず、円形の盾を構えてアトスにまず襲い掛かってきた。
「どうしたいのか知らんが……喧嘩なら買ってやる! その武装を全て駄目にしてから話は聞こう!」
アトスはタマチルツルギを盾に向かい振り下ろす。……だが、
「効かんわ! このスクリュー1WAYシールドには遠心回転装置が仕込んであり、貴様の光学兵器を分解減衰させるのだ!」
剣先が盾に当たる瞬間タマチルツルギの刀身が消滅する。
「何ッ!?」
「そして隙有りだ!」
「ぐぼぁ!?」
そのままアトスは盾で殴打されて吹き飛んだ。
「すかさず内臓サテライトショットアクティブ!」
ガイアブレードの盾が変形し、銃身が露出し追い討ちの緑色の光弾が射出される。これは……避けられない。
「えぇい、諦めるな!」
アトスは急に背中を引っ張られ、次の瞬間には尻餅をついていた。
どうやらイーゴンの足の爪がアトスのマントを掴み、引っ張りあげる事で弾丸を無理やり避ける事が出来たようだ。
「この程度の動きで……ノルドシュトルムをやれるというのか? 貴様のような他愛の無い男が」
ガイアブレードは馬鹿にしたような口調で、アトスとイーゴンを見る。
「俺は戦闘のプロフェッショナルである。そこいらの騎士が科学の塊に勝てると思っているのか」
「試してみるか」
イーゴンが前に出ようとするが、
「待て!」
アトスはそれを静止した。
「アトス」
「ガイアブレードと言ったか。素晴らしい武器だな。だが……俺はまだ隠している手が幾つもある。こちらを判断するなら、それからでも遅くは無いだろう」
「そうか……ならば見せてもらおうか」
「上等だ。……見せてやる、『エクステンション!』」
アトスは腕に内臓されたデバイスを起動させた。