74.伴侶の印
冷徹になれない優しさだけでは、
誠実にはなり得ない。
伴侶の印について、
かつてサシャに尋ねたことがある。
「五百年前の文献には、
こう記されていました。
聖女は、愛し、
愛されることが大切だと。
伴侶になれたわたしは……」
色の薄い彼の頬が、
かすかに薔薇色に染まる。
「あなたに愛されている。
私はそう、信じていました」
サシャは、
本気で信じていたのだろう。
それとも、信じたかったのか。
印が解けた理由は、
ひとつしかない。
アスランはもう――
聖女であるわたしを、
愛していない。
聖女になったわたしを、
多分、
憎んですらいる……
そして、
わたしは――
それを受け入れた。
「サシャが
わたしを嫌いになって、
わたしがそれを認めたら、
印は消えるかもしれないわね」
「それは絶対にありません。
ですから、
わたしの伴侶という立場は
盤石ですね」
サシャは、
迷いなく微笑んだ。
それが真実なのか。
わたしは、
確かめずにはいられなかった。
――婚礼の祝宴の合間
わたしはミゲルの私室に
カイルとサシャを呼んでいた。
三人の伴侶の前で、
わたしは
グレンの手を取った。
すぐに
淡く銀の光が浮かびあがってゆく。
――できた。
「えっ?」
左手に、
くっきりと刻まれた伴侶の印を見て、
誰よりも驚いていたのはグレンだった。
もちろん、
彼と身体を重ねたことはない。
唇すら、
触れ合っていない。
グレンは約束どおり
領地戦に勝ち、
アスランを守ってくれた。
感謝も、
尊敬もある。
けれど――
わたしは彼を愛してはいない。
そのことをグレンに隠すつもりはなかった。
「結婚式の最中に、別の夫を作るとは。
ずいぶん酷い花嫁だな」
ミゲルが苦笑する。
「これで、グレンも身を守れるわ」
わたしが愛しているかどうかより、
『伴侶として選ぶ』ことが
大切だと、
はっきり証明された。
「でも、相手からの愛情は
やっぱり必要かもな」
カイルが少しほっとしたような、
複雑な顔で呟く。
グレンは赤くなり、
うつむいた。
「わたしなどを
伴侶にして良いのですか?」
グレンにむごいことをしているのは、
わかっていた。
伴侶たちにも。
「グレン、
あなたにお願いがあるの。
婚儀が終わったら、
勇者を探し出して。
勇者は……
わたしのことよく思ってないの」
サシャが補足する。
「勇者の側にいる男は、
聖力魔法を使います。
もし、敵対することになったら、
剣だけでは、
あらがえないかもしれません。
だから、この印を使ってでも、
身の安全を確保してください」
グレンの身を守る手段として
伴侶の印を使い
彼の誠実さに報いる。
そんな、
わたしの狡い意図も込められていた。
グレンはみなの顔を一人ずつ見た。
そして、黙って頷いた。
「使い方は、俺が教えるよ」
カイルは、
印の使い方を皆に説明し始めた。
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あと5話で王国編終了予定です。
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次回は金曜日更新です。




