69. 供物
結婚式まで、残り数日。
式の前に、聖女の奇跡を見せるのは、
今日が最後だった。
わたしはサシャの執務室の窓辺に立ち、
大神殿広場を見下ろす。
すでに群衆は集まり、
祈りのざわめきが、
広場を満たしていた。
「今日は、人が多いわね……」
結婚式に合わせ、
王都の外からも人が流れ込んでいる。
所々、異国の衣装も、
言葉も、混じっていた。
「広場で、癒しの魔法を使うわ」
そう告げると、
サシャはわずかに眉を寄せた。
「魔法の効果や警備の上でも、
やはり礼拝堂で……」
「わたしなら大丈夫……
ただ、魔力が足りなくなりそう。
今、少しもらっていい?」
こういう時に遠慮がなくなったのは、
アスランが去ってから、
わたしが変わったところだ。
空虚な身体を埋めるのに、
彼らを使っているのかもしれない。
わたしは、
サシャの水色の瞳を避けて
目を伏せた。
彼は、言葉に詰まっていた。
「私の番は……まだでは?」
サシャが意外なことを言う。
「番?」
「順番です。次はカイル様の番です」
わたしは、顔を上げてサシャの顔を見た。
微かに眉を寄せている。
「そんなこと、関係ないわ。
都合が合えばいいのよ」
自分で無意識に順番を決めていたことに、
思わず苦笑が漏れた。
サシャは、
少し迷うように視線を落とす。
「私はいつでも嬉しいですよ……」
彼にしては、歯切れが悪い。
「客室に行きましょうか?」
わたしは首を振った。
「カーテンを閉めて、ドアに鍵がかかれば……」
「わかりました」
わたしの言葉を遮って、
短く答えると、
サシャは執務テーブルの上を
手早く片付けた。
そこに、
聖職者の白いマントを丁寧に広げる。
わたしは聖女の衣を脱ぎ、
そこに横たわった。
――痩せすぎていては、
見ず知らずの異国人を
誘惑するのは難しい。
そう諭され、
食事を摂るようになった。
身体には、なんとか女性らしい
丸みが戻ってきていた。
サシャは、
朝の光に照らされたわたしの身体に、
一瞬だけ視線を走らせ、
すぐにカーテンを引いた。
部屋は、
薄い闇に包まれる。
聖衣も、わたしも、サシャも、
闇の中に浮かび上がるように白かった。
「わたし達、神への生け贄のようね」
「本当に、供物ですからね……女神への」
サシャは知らない。
全知全能のはずの女神は、
ただの『傍観者』だということを。
わたしたちは、
そんな神に捧げられた。
哀れな供物だ。
大神官――
わたしの実父が、
感情もなく口にした言葉。
サシャの
『仕込まれた房事の作法』を、
わたしもまた、
彼から教わる。
サシャは――
わたし以外の女性に触れたことがない。
だからこそ、
男性を喜ばせる方法を、
正確に知っていた。
サシャの喉から、
かすかな吐息がこぼれる。
「わたし……
ちゃんとできている?」
わたしの言葉に、
閉じられていた水色の瞳が開く。
溜め込まれていたもののように、
その瞳から涙が溢れた。
「……私のところまで、
堕りて来てくれて――
ありがとうございます……
フェリシア」
聖女と呼ばず、
わたしの名前を口にする
サシャを抱きしめた。
わたしたちは、
それを楽しむ権利があると、
思った。
供物である、わたしとサシャは、
魔力の流れに身を委ねる。
上気する肌と、
かさなりあう熱い息だけが、
重く沈む部屋の空気を、
わずかに揺らしていた。




