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64.ミゲルへの誓い

【あらすじ】

毒を盛られた義父公爵を、癒しの魔法で救ったフェリシア。

魔力を得るためのカイルとの情事を察したアスランに、

静かに距離をおかれて傷つく。

フェリシアは傷心のまま別荘に着いた……





別荘の門をくぐった途端、サシャが駆け出してきた。


白い衣が夜風にはためく。

彼は、馬車が止まるのも待たずにドアに手をかけた。


「聖女様、大丈夫ですか?」


「ただ……少し、気分が悪くなって……」


わたしは、馬車を降りるのにもふらついて、

暖かいサシャの腕に抱き止められた。


「公爵様は、命の危険を脱したようです」


「サシャ……心配をかけて、ごめんなさい」


声に出した瞬間、堪えていたものが切れた。


支えられて歩きながら、ぱらぱらと涙がこぼれた。


わたしの手の聖女の印が光っているのを感じると、

すぐにサシャはわたしの手を握り、魔力を流し込んだ。


「……アスラン様から、

魔力を受け取らなかったのですね」


一拍置いて、低く続ける。


「何か、あったのですか?」


行きの馬車で、カイルから受け取った魔力で癒しを使ったことは、

もう察しているのだろう。


「何もないわ……

早く、帰りたかっただけ」


「今夜は、ミゲル殿下が王宮から戻られます。

こちらでお休みになるそうです」


今日は、ひとりで眠りたい。


けれど、

ミゲルも王宮で気を張り続けている。

きっと、労いを欲しがる。


迷いが顔に出たのだろう。


「聖女様」

サシャの手に、わずかに力がこもる。

「ミゲル殿下をごまかすのは、難しいですよ」


……そうだ。

あの人は、わたしの些細な変化も見逃さない。

様子がおかしいことに、気がついてしまう。


「疲れて眠っているって、伝えて」


「それなら……

公爵を救うため、癒しの魔法を使い過ぎた、そうお話しします」


「お願いね」


そう言ってサシャの胸に顔を埋めると、

女神のペンダントから白い花の香りがした。


サシャは軽く髪に口づけてから手を離した。


わたしは足早に部屋へ向かう。


⸻


「……ギグ」


部屋に戻り、カウチに崩れるように座ると、

久しぶりに、

影からギグを呼んだ。


「フェリシアさま」


すぐに、彼は現れて、

何も聞かず、ただ手を取ってくれる。


ギグは全てを知っていて、なにも言わずにそばにいてくれる。


「わたしを、こうやって傷つけられるのは……

アスランだけなの……」


声が震える。


「結局、わたしが恋をしているのは、アスランだけ……」


聖力を貯めるためなら、

何でもする覚悟だったはずなのに。


たった一言、たった一瞬で、

強いはずの決意が、

簡単に揺れてしまう。


ギグに手を握られたまま、

しばらく泣いた。


ギグは別荘に来てからは、

見晴らしの良い上階の部屋を、

気に入って使っている。


地下の部屋に長くいたせいかもしれない。


今のギグからは、少し太陽の匂いがした。


暖かい手に心を預けて、

涙が引く頃、ようやく気持ちが落ち着いてくる。



不意に、


窓から夜風が吹き込んできた。


テラスの窓が開き、王族の青を纏ったミゲルが姿を現す。


そう、彼はこんな風にわたしのところに来てしまう。


手を握り合っているわたしとギグに、

少し眉をひそめた。


「フェリシアの護衛って聞いたけど、

伴侶候補なのかな?」


「違うわ。

ギグ、もう戻っていいわ」


闇に溶け込むように、

ギグの気配が消える。


「驚いたな……

ずいぶん親しいんだね」


一瞬、鋭い緊張が走った。


そんなことを言っても、彼は全く驚いていないのがわかる。

口元には笑みさえ浮かんでいた。


「生まれてすぐ神殿がつけた護衛よ。

長い付き合いなの。

伴侶にするなら、

とっくにしてるわ」


ミゲルは小さく息を吐き、

わたしの隣に腰を下ろした。


「サシャから聞いた。

公爵の容態が、そこまで悪いとは……」


「わたしも、知らなかったわ。

毒を盛られたことすら」


「犯人はまだ調査中なんだ。

ただ、アスランからストップが

かかって……」


薄暗がりの中でも、涙の跡に気づいたのだろう。

ミゲルの手が、そっと伸びる。


びくりと身体が震え、わたしは身を引いた。


「汗をかいたし、土埃もついてるの。

先に、お湯に浸かるわ」


「そう思って、僕の部屋に用意させてる。

おいで、いっしょに入るかい?」


⸻



わたしの動揺が伝わったのか、

その日のミゲルは穏やかに優しく魔力をくれた。


いつもの快楽へと誘うような慣れた手つきは無く、

少し不器用にわたしの唇をなぞる指先が震える。


ミゲルには珍しく、戸惑いを含んだ沈黙が流れた。


「異国の男を伴侶にするのかい?

もっと、魔力の多い」


肩を撫でる指が止まり、ぽつりと呟くような言葉が落ちる。


「わかってしまうよね……」


「そりゃあ、わかるさ。

あげた魔力は『聖女の奇跡』に使いこんでるだろ?」


隠したって、ミゲルにはバレてる。

どう言おうか迷っていただけだ。


「こんな風に魔力をあげても、足りてない。

今の伴侶だけじゃ不足なんだね……」


わたしが隠していた事実を確認する、

穏やかな声に胸を突かれた。


「わたし……」

声が詰まった。


「ミゲルに、不誠実だわ。

こんなわたしと、結婚式をしていいの?」


暗黒竜を倒せば、

聖女は、

氷壁の守護として、その身を捧げる。


その後、伴侶たちは――

普通の人生に戻れるかもしれない。


ミゲルも王子として、

ふさわしい女性を妻に迎えるだろう。


だけど、

ミゲルの青い瞳はまっすぐにわたしを見る。


「君と一緒にいて、

幸せだと感じられたら、

それが僕の正解なんだ」


静寂の中、確かな声が響く。


「こんな気持ちは、はじめてだよ。

それだけで、

僕の人生には意味がある」


熱いものが込み上げてくると同時に、

心が痛む。


「……わたし自身には、

そんな価値、ないわ」


ミゲルは、一瞬息を止めた。


少し悲しげな彼の顔を見上げて、

頬に手をあてる。


王族の黄金の髪、青い瞳。

情熱的な浅黒い肌、

謎めいた笑みをうかべる肉感的な唇。


ミゲルは素敵な王子さまだ。


聖女でなければ、

ただのフェリシアだったら……


ミゲルに遊ばれる程度の、

たくさんの女の中の、

ひとりに過ぎないのかもしれない。


伴侶たちに、愛情を示されるほど、

それが『聖女の力』によるものだと思ってしまう。


――愛せば、愛される。

呪いのような力。


ミゲルの頬を撫でる、わたしの手に大きな手が重なる。


「フェリシア……僕を」


ミゲルの声が変わった。


「置いていったりしないって、

誓って」


わたしを見つめる瞳が揺れる。

触れる指が、声が、震えている。


そんなことを、

言わせてしまうのも、

わたしが聖女だから。


「伴侶のあなたを、

置いていったりしないわ。

たとえ離れることがあっても、

それは一時的よ」


わたしがいま、嘘をつけば、

たちまち、その青い瞳に暴かれてしまうだろう。


「置いていかないって誓うわ。

わたしが、

この世界から消える、

その日まで……」


その言葉は、

かつてグレンがわたしに向けた誓いと、

ほんの少しだけ、重なっていた。


ミゲルはそっと目を伏せた。


「約束だよ」


わたしの肩に顔を埋めた。


「約束だよ……フェリシア」


その唇は、まだ、

子供のように震えていた。


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