60.結婚式まで
結婚式は、一ヶ月後と決まった。
その決定は、あまりにも自然で、
まるで最初からそう決まっていたかのように、
誰の反対もなく受け入れられた。
聖女の存在を探っていた各国の間者たちは、
一斉に動きを活発化させる。
訪問の名目は祝意、親善、視察――
準備は急ぎ足で進められ、短い期間にもかかわらず、
各国の要人が参列することになった。
「ちゃんと、イスファ国も来るのよね?」
ローブを羽織りながら、わたしが尋ねると、
サシャは書類から目を上げずに答えた。
忙しいせいか、サシャはここのところ顔色が悪い。
「イスファは砂漠の向こうの遠国です。
聖女を重要視していない異教徒の国なので、
日程的に、王族の出席は難しいかもしれません」
サシャは美しい眉をひそめる。
「伴侶になるような、独身男性が来るといいけど……」
――そして、わたしの色仕掛けが効く相手だと良いけど。
知らない男性に恋愛目的で話しかけたりしたこともないのに。
わたしには、聖女の魅了があるから、なんとかなるはず……だよね。
「その人物を足がかりに、魔力の強い者を呼び寄せることも考えましょう」
淡々とした声。
これも、聖女の仕事……
わたしはため息をついた。
情事の後ですら、
すっかりサシャとは作戦会議だ。
聖女と王子の婚礼の触れが出ると、
王都はみるみるうちに人で溢れかえっていった。
わたしは聖力を貯めることを諦め、
伴侶たちから受け取った魔力で、
聖女の魔法を施す『見せる奇跡』を行うことにした。
勇者に鼻で笑われるような善行でも、
何もしないよりはいいと思った。
大神殿に集まった人々に、
大規模な癒しの魔法を施す。
奇跡への、歓声と祈り。
大神官は満足げだったが、
例の粛清以降、
神殿内の実権は
聖女の伴侶である、
サシャが握りつつあった。
それを、誰も口にしない。
わたしは、式の準備と聖女のパフォーマンスに追われ、
アスランには、旅の前に会ったきりだった。
彼は領地の方をまわったりして、
不在が多くなかなか会う機会が無かった。
公爵家自体が、何かと忙しいらしく、
カイルも、魔力をくれる日以外はあまり顔を見せない。
別荘での夜、
「フェリシア、珍しく疲れたのかい?」
甘くハスキーな声が耳元で囁く。
ミゲルの腕枕で、
わたしは半分眠りかけていた。
女性に慣れた手つき。
唇。
心地よくて眠気が襲う。
「癒しの魔法を使ったから。
毎回、人が増えていくの……」
「あまり、無理はしないでほしいな」
「光の聖女の奇跡を広めたいのよ。
聖女を信じてもらえれば、
暗黒竜の復活が嘘じゃないって、
危機感も増すから……」
――そして、勇者にも、
わたしを無視できなくさせたい。
「王宮の方はどう?
結婚準備以外、任せきりでごめんなさい」
「なんとかなるよ。
なかなか、調査は進んでいないけど……」
調査?
違和感を感じて瞳を上げると、
まっすぐな青い瞳がわたしを見ていた。
「ミゲルが危険なことはない?」
彼は微笑んでわたしにキスを落とす。
「僕の手腕を信じて」
義父が言った、
『ミゲル殿下は才気煥発』は、
本当だ。
少し間を置いて、
ミゲルは続けた。
「フェリシア……
僕は軍を任されたけど、
動かせるのは部隊だ。
僕はチェスのプレイヤーだよ」
静かな声。
「部隊を率いる者が必要になる。
騎士がね。
軍を率いる騎士――
ほぼ、そのままの意味だ」
彼は、淡々と盤面を語る。
「僕がグレン・ハートをそばにおいたのは、彼が優秀だからだよ。
マーカスの護衛を辞めたがっていた彼を、引き抜いたんだ」
だから、お披露目の前、
秘密通路でミゲルと一緒にいて、
すぐにカイルはグレンに制圧された。
わたしの逃亡はあっさり
終わってしまったわけだ。
「そもそも、
騎士団長候補のエリートが、
なぜ出世コースを外れて、
マーカスの護衛を志願したと思う?」
まどろみながら、かすかな記憶がよみがえる。
グレン・ハートがマーカスの専属護衛騎士になったのは、
マーカスの浮気の噂が流れ出した頃だろうか。
グレンとは一年くらいの間、毎日のように顔を合わせてた気がする。
「彼は――
王子の婚約者に
叶わぬ恋をしていた。
君に、だよ……フェリシア」
「え……?」
ミゲルの瞳がわたしの表情を確かめるかのように近づく。
「周知の事実だったよ。
知らなかったのは、たぶん君だけだ」
「それじゃ、わたし……」
グレンに、ひどく残酷なことをしたのかしら……
真摯な騎士の誓いを思い出す。
「ミゲルは、そんなことを言って、
今度は、グレンを伴侶にした方がいいと思ってるの?」
「ううん、思わないよ……」
その答えに、わたしは安堵して……
「フェリシア、
僕は、君を試しただけだよ」
そのまま、眠りに落ちた。
だから、聞こえなかった。
「もっと強く掴んでいないと、
君は、どこかへ行ってしまう」
「僕を置いて」
静かな声は、
まるで独り言のように、
夜に溶けていった。
――
*
遠い異国の空
飛竜が舞い降りた。
強い羽ばたきは、
小高い崖の上の東屋に
風を巻き起こす。
「乱暴すぎるよ、オズ」
東屋で竪琴を弾いていた、
細い手足の十二、三歳の子供が
軽く咳をする。
「お前はいつも、文句ばかりだな」
オズと呼ばれた目も髪も黒い若い男は不満げだ。
「いつ聖女様に会わせてくれるの?」
子供は、深い泉のような青い瞳。
腰まで流れ落ちる白銀の髪には
ところどころ青いビーズが編み込まれている。
「まったく、聖女、聖女って……
そればっかりだな。
それより、シルヴァーナ、
お前はいつになったら、
俺の嫁になるんだよ?」
オズは全然育たない、
白い婚約者を見下ろす。
「わたしはまだ子供だから。
伴侶となる時は、ちゃんとわかるの」
ビィーンと糸を弾く。
「王位継承権のこともあるからな。
絶対に男を近づけたりするなよ!」
「男を?」
シルヴァーナはくすくすと笑う。
「そんなわけないよ。
わたしは、子供なんだから。
それに、純潔はなによりも大切なもの。
そうでしょ?」
オズは憮然とした表情で、
婚約者に背を向けて奥の館に向かった。
銀の竪琴を手に持ち、
シルヴァーナは歌うようにつぶやく。
「聖女様、
聖女様に逢いたい……
はやく、
はやく、
わたしのところに来て……」




