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55. 結婚式の白い衣装


「こんなことって!

ある?」


思わず声が弾んだ。


「マーカスとの結婚のために用意したドレスが、

まだ残っていたなんて!」


破談の後、王室が買い上げて

保管していたらしい。


わたしは小柄で、

この思いっきり高価で、

豪華な衣装を着られる者が、

他にいなかったのだろう。


王妃がわたしに送りつけてきたのは、

嫌がらせのつもりだったに違いない。


けれど――


最先端のデザイン。

真っ白な上質のシルクに、

惜しみなく散りばめられた真珠。


裾の揺れ、

光の反射、

そのすべてが、

かつてのわたしの注文通り。


公爵家が、材料選びから時間をかけて、

丹念に仕立てさせた一着。


「こんな皮肉を、

こんなに

愉快な気持ちで

着る日が来るなんて、

思いもしなかったわ」


侍女に着せられた姿のまま、

ミゲルの前でくるりと回る。


王宮の豪華なミゲルの私室は、

窓が大きく、

むせかえる緑の庭を渡る涼やかな風が、

カーテンを揺らす。


「……素晴らしいね」


ミゲルは長い手足を持て余しながら、

低い椅子に軽く腰掛け、

ぼうっと潤んだ瞳でわたしを見上げていた。


わたしは、

ミゲルから高い評価を貰ったドレスの出来に、

満足して、笑った。


「こんな素敵な君が、

僕の隣に立つんだね」


ミゲルはひざまずき、

ふんわりと広がるドレスの裾に口づけた。


本物の王子さまのキス!



その甘やかな空気を、

乱暴に切り裂く音がした。


前室で侍従達の

ざわめく声が聞こえた後――


バン、と大きな音を立てて、

扉が開く。



「……カイル!」


無事に王都へ戻ってきた!


安堵と喜びと同時に、


血の飛んだ服、

土に汚れた靴、

土と血、

その両方にまみれたマント。


この部屋には、

あまりに不釣り合いな姿に、

よく通されたものだと驚く。


「どういうことだよ!」


再会を喜ぶ間もなく、

カイルは怒鳴った。


「結婚式だなんて!」


「カイル、待って――」


駆け寄ろうとしたわたしを、

ミゲルの腕が制した。


「これじゃ、

マーカス殿下の時と同じじゃないか!」


カイルが叫ぶ。


「そうか。

カイル、君は、

マーカス兄さんと僕を

同じに思ってるんだね?」


ミゲルの声が、静かに落ちる。


「違う、だけど……」

カイルが言い淀む。



「だから、

あんなことをしたの?」


わたしは、

ミゲルの声の冷たい響きに、

ぎょっとして振り向いた。


いつもの、少しハスキーで、

優しく誘うように甘美な

ミゲルの声とは全然違う。


通路での取り引きの時ですら、

聞かなかった――こんな声


「聞いただろう?

カイル。

彼女が死んだって……」


「それは、

イライザが勝手にやったことだ」


『彼女』と言われただけで、

カイルは即座に誰のことか理解していた。


得体の知れない不安が、

背中を駆け上がる。


「フェリシア、知ってた?」


ミゲルはわたしの前に立ち、

振り返らずに続ける。


「元々、兄のマーカスは、

イライザが好きだったんだ。

だから、

カイルはイライザを誘惑して

夢中にさせて、

なんでも言うことを

きかせるようにした」


はっと、した。


たしかに、

侯爵令嬢のイライザは、

カイルがつきあうような、

後腐れの無い女の類じゃない。


だから、

泣き腫らした顔で現れた時も、

おかしいと違和感を感じていた。


そうだ、

カイルの女友達のスーザンも、

マーカスに近づいてた。


ぞくりとして、カイルを見る。


「イライザをマーカスに近づけて、

フェリシアとマーカスを

破談させたかった……そうだろう?」


「そうだよ」


カイルは、

あっさり認めた。


指先が冷たくなる。


「マーカスを、

誘惑するように頼んだ」


なにしてるのよ――


なんて、

ばかなカイル……


どうせマーカスは、

アンナに恋をするのに。



「それで、今度は――」


ミゲルの声が、低く沈む。


「イライザを、

僕に仕掛けたんじゃないの?」


「えっ……?」


「違う。フェリ!

違うんだ!」


カイルは駆け寄り、

ひざまずいて、

わたしの白いドレスに、

すがりついた。


落ち着かせるために、

わたしはそっと、

泥のついたカイルの背中を撫でると、

微かに何かが焦げた匂いがした。


うつむいたまま、

カイルは声を絞り出した。


「……イライザが、王宮に

出入りしてたのは知ってた。

手紙も来てた……

俺はずっと無視してたんだ。

彼女は前から、

少しおかしくなってたから……」


「でも……死ぬなんて……」


そう。

彼女は、

黒焦げになって死んだ。


胸の奥に、嫌な予感が走る。


大神殿の粛清の場にも、

黒焦げの死体があったという。


内輪だけで囁かれる、

密やかな噂――


『伴侶の印は、危機に陥ると

聖女の加護を

自動的に発動します』


サシャの言葉がよみがえる。


『わたし自身で、

試しましたから』


だから、

魔法陣の向こうに

残ったカイルを、

過度に心配しないでいられた。


「……イライザは、

王宮で何をしたの?」


わたしは、

ミゲルに問いかけた。


「それを、

この場で僕に言わせたい?

カイルには帰ってもらっていいかな?」


ミゲルはいつもと変わらない、

魅力的な唇で微笑んだ。



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