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53.ミゲルのテーブル

しばらくは 金 土 日 更新です。


翌日――


夕暮れの別荘に、

馬車の音が響いた。


夕食の支度が整い始めた頃、

ここ数日、

王宮に泊まり込んでいたミゲルが姿をあらわした。


わたしが視察から戻ったと聞いて、

帰ってきたのだろう。


ミゲルは、

もう一人、連れを伴っていた。


アーロンはシュミット侯爵家の後継者で、

サシャの実弟だ。

そしてわたしの従兄弟でもある。


サシャはミゲルの姿を認めると、

テーブルの下でわたしと繋いでいた手を、

そっと離した。


サシャのターンが終わった。


「兄さん!」


人懐っこく駆け寄るアーロンに、

サシャは穏やかな笑みを返す。


その笑顔は、

家族の前でだけ見せる、

柔らかいものだ。


夕食が始まると、ミゲルはいつものように、この家の主人のように振る舞う。


グラスに酒を注ぎ、料理を勧め、場を整える。


――本当は、

わたしの役目なのだけれど。


でも、この家の気取らない食事では、

自然とミゲルに任せてしまう。


「フェリシア、

襲撃されたって聞いた時は、

心配したよ……

怪我がなくてよかった」


そう言いながら、ミゲルはわたしの目の横に軽く口づける。


「ええ。わたしは大丈夫よ。

でも……わたしを逃がすために、

カイルとグレンたちが残って、

それが心配なの」


「聖女様」

サシャがすぐに答えた。

「カイル様たちは、反聖女派の掃討を終え、すでに王都へ向かわれています」


やっとカイルが帰ってくる。

ほっと息をついた。


「ああ、その情報はこっちにも来てるよ」

ミゲルが頷く。

「カイルは、明後日には戻れそうだ」


王宮の情報網。

その言葉通りの確信に満ちた声。


その瞬間、

ミゲルとサシャの視線が、

わずかに交錯した。

神殿と王室。


隠した刃を向け合うような、

鋭い緊張が走る。


「そういえば」


ミゲルが、ふっと笑みを見せ、

話題を変える。


「神殿での粛清、見事だったね。サシャ」


「ミゲル殿下。

わたしは、ただ大神官様の命に従ったまでです」


静かな応答。


テーブルを囲むのは、

わたし、ミゲル、

アーロン、サシャの四人。

ギグは、直前で姿を消していた。


さすがギグ……この空気、

逃げて正解だわ……


「ふふっ!」

アーロンが目を輝かせる。

「兄さんのすごさは、みんな知ってますからね!」


彼は兄さん大好きっ子の、

無邪気な憧れを隠さない。


あまりに、

良いタイミングの笑顔。

わたしの従兄弟だって思うと、

そんな姿が、妙にかわいくみえてしまう。


「でも、血生臭さなら、

貴族の間の話題も負けてませんよ」


神妙そうに声を落とし、身を乗り出す。


「王宮では、

侯爵令嬢の不審死の噂話で、いっぱいなんです」


年上なのに、どこか幼さの残る仕草。

こんな話題で、不謹慎だと思いながらも、口元が緩んでしまう。


「……不審死?

侯爵令嬢、ですって?」

わたしは口を手で隠して、

深刻そうに言った。


「はい、聖女様」


アーロンは、わたしの気をひいたのが嬉しいのか、

ちょっと誇らしげだ。


ガチャリ。


ミゲルとサシャが、

同時にコーヒーカップを

ソーサーに置いた音が重なる。


「どなたなの?」


そっと問いかけた。


わたしだって、

つい最近まで公爵令嬢だったのだ。


知っている名かもしれない。


「マクレガー侯爵家の令嬢です」


アーロンが、にこりと笑う。


「ご存知ですか?」


――マクレガー


どこかで、聞いた……


考え込むわたしを見て、

ミゲルが静かに手を叩いた。


「さて、今夜はこの辺でお開きだ」


王族の声音。


「フェリシアも、

長旅で疲れただろう?」


その一言で、誰も逆らえなくなる。


「あとで僕の部屋に来て。

君に話したいことがある」


わたしの椅子を引きながら、

こっそり、耳打ちをした。



ミゲルの部屋は、

柔らかな灯りに包まれていた。


カウチに腰掛けたわたしは、

ぽつりと呟く。


「……マクレガー侯爵家」


ミゲルが隣に座り、

わたしの膝に手を置く。


「王宮はね。

侯爵令嬢の黒焦げの遺体発見の話で、

持ちきりだ」


「……黒焦げ?」


胸の奥が、ひやりとする。


「イライザ・マクレガー

侯爵令嬢のことは、

カイルがよく知ってるんじゃ

ないかな?」


あっ!

……思い出した。


――聖女降臨祭の日。

泣き腫らした目で、

カイルに縋っていた令嬢。


嘘をついてまで、

カイルに振り向いてもらおうとしていた、

綺麗でかわいそうなあの人。


「……あの令嬢が、死んだの?」


「やっぱり、

君も彼女を知ってたんだね」


「いつ……?」


「姿が見えなくなったのは、

君が視察に出た日だ」


胸が詰まる。


「……その頃、

カイルは、わたしと一緒に

王都を離れていたわ」


思わず胸を撫で下ろした。


ミゲルは、

じっとわたしを見つめる。


「君はイライザが死んだ時に、

カイルがいなかったからって、

本当に、

無関係だって思ってるの?」


「……」


「カイルを熱愛していたイライザがだよ?

美人でセンスも良い彼女がさ、

あんなになりふりかまわず

カイルに付きまとっていたのは、

若い貴族の間でも有名だったよ」


ミゲルの青い瞳が謎を含んで光る。


「未婚の令嬢がさ、

王宮で黒焦げなんて……

おかしくない?」


「ミゲル、

そんな風に言われると……

怖いわ」


「そうだね。怖い話だよね……」


ミゲルは甘えるように

身体を寄せてきた。


「ねぇ、

僕は君にそんな話を

したいんじゃないんだ」


「……?」


「良い話だ」


ミゲルは少し得意げに微笑んだ。


「父上から、条件を出された」


「条件?」


「聖女の伴侶として、

僕に結婚式を挙げるようにって」


「……結婚式?」


マーカス第三王子との、

あの破談が脳裏をよぎる。

気持ちが、少し曇る。


ミゲルは、

わたしの胸に顔を埋め、

上目遣いで囁いた。


「その代わりに、

王国軍の支援を取り付けた」


「……支援ってどんな?」


「竜の討伐が終わるまで、

軍を、僕が好きに動かしていいって」


「え?

それって……!」


「最高だろ?」


最高だ!

被災したところにも軍を支援に送れる!


ベルに連れて行ってもらった、

崩れたあの町にもだ。



「……どうしよう」


わたしは両手で口を押さえた。


この人は、

こんな風に、

いつもさりげなく、

強力なカードを切る。


「ミゲル、わたし……」


「ん?」


「あなたのそういうところ、

やっぱり、

すごく好きみたい」


ミゲルは笑い、

腕を伸ばして、

わたしを抱き寄せる。


そして、

わたしからのキスをねだった。




次回 金曜日更新です。

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