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52.決意―ギグの救出

しばらくは、金 土 日 更新です。



わたしは、

丁寧に身支度を整えてから、

客室を出た。



「馬車を用意してあります……

どうかなさいましたか?」


白い彫像のように美しい

サシャが扉の外で待っていた。


「サシャ、

ギグはどこにいるの?」


サシャは一瞬、言葉を探す。


「……わたしも、

正確な居場所は知りません。

いつも向こうから現れるので」


わたしは少し考えた。


――そうだ!


「じゃあ……闇の暗殺者の、

訓練所は?」


「……聖女様。しーっ」


サシャは小声で制し、

周囲を確認する。



「それでしたら……

こちらです」


そう言って、わたしを導いた。



迷路のような狭い通路の先に、

ほの白い魔法の壁が見えて、

立ち止まる。


「聖女様には、

魔法が視えるんでしたね……

大神官が施した結界ですよ。

神官以外は、

自由に通れません」


――やはり

ギグは、閉じ込められていた。


「ギグを、別荘に連れて帰るわ」


わたしはきっぱり言った。


「大神官から、

連れ出す許可はもらってるの。

行ける?」


サシャが片手をかざすと、

結界がきれいに砕け散って、

風が吹き抜けた。


わたしはびっくりして

目を見張った。


「壊しちゃったの?」


「内側の裏切り者には、

結局、何の効果も無いですから」


きっと、粛清された

反聖女派のことを、

言っているんだろう。


そのままサシャは何も言わず、

わたしの肩を抱いたまま――


まるで、怒ったように、

魔法結界を次々と砕き、

わたしたちは風のように、

歩みを進める。


祈りの場から

神官たちの生活空間へ。


サシャの胸で、

女神のペンダントが

シャラリと揺れる。


その途中で、

ふと、

彼はわたしを見下ろし、

立ち止まった。


「……聖女様、

服が濡れていますね」


「濡れてる?」


身体を拭いた時の水でも

飛んだのだろうか?

気がつかなかった。


サシャは自分の上衣を脱ぎ、

わたしの肩にかけながら、

強く抱きしめる。


人目があるのに……


「二人の時間を――

少しは思いだしましたか?」


赤くなるわたしに、

満足げに微笑む。


全然、

サシャらしくない。


粛清とさっきまでの高揚が、

まだサシャを支配しているみたいだ。


旅の間はカイルが、

そして今はサシャが、

わたしを独占する時間だ。


手を引かれて、

さらに奥へ、

奥へ。


バックヤードで働く人々。


たくさんの人たちが

大神殿を動かしている。


進むうちに、

次第に白い壁や床は見られなくなり、

周囲は無骨な石造りに変わっていた。


澱んだ空気は、

わたしたちが通るたびに

吹き飛ばされてゆく。


固く古い神殿の秘密を、

次々とこじ開けて進む、

背徳感に浸っていく。



――大神殿の奥


陽があまり届かない、

高い壁に囲まれた開けた場所に出た。


血の匂いが漂う。

闘技場?

いくつもの剣を交える音が、

響く。


訓練所だろうか。

ギグの硬くなった手のひらを思い出す。


明らかに、

神官ではない人たちが

わたしたちを見とめて、

気配を消してひざまずく。


灰色の人も、数人いる。


だけど、

ギグはいない。


どこ?


ギグ――


今も、わたしの影の中から

見ているわよね?


どうして、

呼んでも出てこないの?



暗い石階段を降りる。


最深部。


ほとんど、

陽の届かない地下。


小さな通路の両側に、

同じドアがたくさんある。


ギグの秘密を

暴いていいのか

一瞬、

ためらった。


だけど――


本当は、

粉々に壊してやりたい。


こんな狭い場所。


全部。


――ギグ!


馴染んだ魔力の気配がする扉を、

わたしは、見つけた。


駆け寄る。


サシャはなにも言わない。


力を込めて、開け放つ。


そこに――ギグはいた。


質素なベッドと椅子しかない、

石造りの薄暗い小部屋。


高いところにある

小さな窓から差し込む西日が、

床に細長い光を落としている。


ギグは椅子に腰掛けたまま

振り返った。


こちらを見上げて、

ぽかんと口を開けた。


彼は少ない明かりの中で、

星の本を開いていた。


ギグも、

旅人の星を探してた?


胸が熱くなる。


「わたしが来るのが

見えていたはずなのに、

なにを驚いているの」


「……俺は夢を見ていて、

光の精霊が舞い降りたのかと

思いました」


穏やかな声。


「御伽噺の

精霊なんかじゃなくて、

聖女でしょ?」


手を差し出す。


「わたし、来たよ」


「この部屋に、

貴女が来るなんて、

ありえないことだと……」


ギグは躊躇いがちに、

わたしの手を取った。


もう、失わない。


力いっぱい手を握りしめる。


ギグの手が熱い。


今度こそ、

本当に、

つかまえた。


影に戻らない、

本物のギグを……



「どうして、なにも

教えてくれなかったのよ?」


――こんな、日の当たらない

狭い場所にずっといたなんて……

唇がふるえた。


「俺にも、

知られたくないことは

あるんですよ」


「わたしのことは全部

知ってるのに?

そんなのずるいよ……」


ギグの手を引き上げる。


彼は、読んでいた

星の本だけを持って、

その部屋を後にした。



サシャは、

終始無言だったけど、

わたしのもう片方の手を、

決して離さなかった。



そのまま、

大神殿の風通しを

良くした気分で――


わたしは、

高揚したまま、

四日ぶりに、

別荘に帰った。


サシャとギグと一緒だ。


「ただいま!」


屋敷の使用人たちにも、

わたしは笑顔を見せて

新しい住人を紹介した。


夕食までの、

わずかな時間、

部屋で休むことにする。


――



自室の扉が閉まる。


別荘は静かだった。


神殿の祈りも、

街の喧騒も、

もうなにも、

ここには届かない。



やっとひとりになった。


――限界だった。


顔を覆い、崩れ落ちる。


震えが止まらない。


声を漏らさないように、

号泣する。


聖女として……


わたしだけの、

本物の聖女に、

ならなくちゃ。


魔力を聖力に変えて、

勇者にどんなに嫌がられても、

いっしょに世界を救う。


魔力を得るために、

見知らぬ異教徒を

誘惑してでも……


なりふりかまわず……

聖力を貯める。


クソッタレ女神の、

思惑通りだとしても、


それでも、

わたしは。


――弱い人たちを

見捨てられない


たとえ歪んだ世界でも、

ただ破滅を待つなんてできない。


全知全能の神なんて、

この世界にいないのだから――



拳を強く握りしめて、

爪が手のひらに食い込んでいた。


気がつくと、

指がひとつずつ開かれていく。


「自分を痛めつけては、

だめです」


顔を上げると、

ギグがそこにいた。


影からではなく、

ドアから入ってきたようだ。


どちらでも、

彼は音を立てない。


「わたしが、ひとりで……

やらなきゃなの……

こわいよ……」


「貴女は、勇敢な人です。

いつも俺を助けてくれた。

今日だけじゃない、

心を」


ギグはわたしの

傷ついた手を優しくさする。


「だから……世界が滅びても」

穏やかな声。

「貴女が女神の庭に行っても……

俺は地の底からでも、

必ず、

貴女に追いつきます」


言葉がでなくて――


鼻水が垂れるのも構わず、

涙でぐちゃぐちゃの顔で、

わたしは頷いた。


そう、彼は、

サシャとの会話も、

伴侶たちとの夜も、

わたしのことを

誰よりも知っている。


「何を選んでも、

選ばなくても……

それで、いいんです。

貴女が決めたことに、

俺は従います」


たとえ、

女神との対話は、

知らなくても、

ギグはわたしの全てを、

無条件で受け入れてくれる。


ギグはハンカチを取り出し、

わたしに鼻をかませる。


「だから……そんなふうに、

泣かないでください」


これはずっと昔に、

アスランがわたしに言った言葉だ。


「……うん」


わたしは、

この世界を救うって決めた。


誰に何を言われても。


女神の策略通りでも。


それは、言葉にはしない。


わたしは涙を拭いて立ち上がった。


代わりに、

初めての言葉を、

ギグに向ける。


「――まずは、

夕食にしましょう」


小さく、微笑む。


「ギグも……いっしょによ」



次回、久しぶりのミゲル

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