50.傍観者―女神の真実
しばらくは、金 土 日 更新になります。
あそこまで誰かに対して、
露骨に不快感をぶつけたのは初めてだった。
それが――実の父親に対してだなんて。
つい最近まで、
雲の上の存在のように思っていた大神官。
神殿に君臨する、絶対的な信仰と権威の象徴。
その幻想が完全に砕け散った今、
胸の奥には、
怒りとも虚しさともつかない澱が渦巻いていた。
むかむかとした気分のまま、
教えられた大神官専用の細い通路を歩く。
やがて、
青い宝石が散りばめられた、
個人礼拝堂の扉の前に立った。
光を受けてきらめく装飾は、
息を呑むほど美しい。
――けれど
(なんて、無駄に贅沢な扉なの)
苛立ちが、指先に力を込めさせた。
中に一歩踏み込んだとたん、
――ウィーン
聞いたことのない、
低い音が鳴り響いた。
「……え?」
目の前で、
透明な『もう一枚の扉』が、
滑るように横に開く。
次の瞬間。
激しい光が明滅し、
視界が白に塗りつぶされた。
眩しさに、目を閉じる。
足元が、
ふわりと揺れた気がした。
――床?
違う。
再び目を開ける。
そこはもはや、
神殿の小部屋ではなかった。
星ひとつない、
墨を流したような夜空。
地平線まで続く、
静まり返った草原。
そして、足元には、
淡く青く光る『道』が、
一本、
まっすぐに伸びている。
「……なに、ここ……」
夢?
幻覚?
それとも――
恐る恐る、
青い光の道を
一歩ずつ進む。
生き物の気配が無い。
影にギグの気配も――
匂いすら、ない。
草を揺らす
微かな風の音だけが、
やけに大きく響いた。
温度すら感じられない空気を吸い込むと、
なぜか息苦しい……
やがて、
道の先に大木が現れる。
幹は太く、
大きく広がる葉は重なり合い、
夜闇の中に悠然と立っていた。
葉擦れの音が、
低く、
規則正しく耳に触れる。
「……魔法、なのかしら?」
《いいえ》
背後ではなく、
上から、
透き通るような声が
降ってきた。
はっと顔を上げる。
そこにいたのは――
サシャのように
白銀の真っ直ぐな長い髪。
深い泉を覗き込んだような、
澄んだ青い瞳。
白い衣から伸びる、
細くしなやかな手足。
少女のようでもあり、
同時に、
底知れぬ年を経た
成人女性のようでもある。
その存在は、
大木の前の空間に、
ふわりと浮かんでいた。
《聖女フェリシア。
やっと来てくれたのね》
響いた言葉は、古代語。
言葉がある程度通じるという
安心感と違和感が、
心をざわめかせる。
「……あなたは……
女神様、なのですか?」
問いかける声が、
情けないほど、震えた。
《残念だけれど、違うわ》
彼女は首を傾げ、
穏やかに微笑む。
《わたしは『端末』の
ひとつに過ぎないの》
「たんまつ?」
困惑する。
古代語に、ところどころ
意味が掴めない単語が混じる。
《言葉を伝える存在。
つまり、
女神と話しているのと
同じってことよ。
あなたの個性に合わせた
話し方に調整しているわ。
……大丈夫かしら?》
わたしは、曖昧に頷く。
とりあえず、
この人は、
女神なのだろうか?
《説明が足りていないのが、
ずっと気がかりだったの》
澄んだ少女の声が続ける。
《来てくれて嬉しいわ、
フェリシア》
夢を見ているようで、
現実感がない。
わたしは、今、
世界の創造主と話してる……
《……あなた、本当に、
計画通り、とても美しいわ》
彼女はそう言って、
わたしを上から下まで、
値踏みするように眺めた。
思わず肩が強張る。
《勇者の剣は、もう見たかしら?》
「……魔剣、のことですか?」
《そう呼ばれているのね。
あれを扱えるのは、
勇者と呼ばれる人間だけ》
女神は軽く言う。
《世界の外から持ち込んだ、
兵器よ》
「……兵器?」
《兵器には、
エネルギーが必要なの》
彼女は淡々と続ける。
《あなたは、
そのための『バッテリー』》
……『ばってり』?
意味が追いつかない。
「ちょっと待って!」
たまらず、声を荒げた。
「言っていることが、
半分もわからないわ!」
《ふふ、そうね、
難しいかしらね》
少女は大人のように、
髪をかきあげた。
《この星は、
もともと妖魔で満ちていたの》
声色ひとつ変えず、
彼女は語り始めた。
《妖魔は強大な力を持つ、
形のないエネルギー生命体よ。
人が住める世界にするため、
原初の妖魔を竜脈に封じたの》
妖魔?
悪魔のようなもの?
――良くない存在なのは、
感覚的に分かる。
《八つの世界のうち、
最初に創ったのが、
この世界――『α』》
――八つの世界。
ベルの歌を思い出す。
《他の世界を創るうちに……
妖魔は、精霊として
ある程度地上にいる方が
安定するってわかってきたわ。
だから、妖魔のほぼ全てを
封じてしまったのは、
最初に創った、
この世界だけなの。
この世界では、
妖魔の痕跡は魔法として、
わたしの力は聖魔法として
わずかに残るだけ。
結局、
この世界は不安定なまま、
危うい均衡を保っている》
嫌な予感で胃が締めつけられる。
《五百年に一度、
竜脈から
一気に溢れ出す
大量の原初の妖魔。
それが――暗黒竜》
「よくわからない……
けれど、
竜脈が不安定なこの世界は、
失敗したってこと?」
鳥肌が立ってきた。
女神はこの世界を壊れた
おもちゃみたいに言ってる。
女神は即座に首を振った。
《いいえ、失敗ではないわ。
ちゃんと修復のための
『システム』を組み込んだから。
それが――
『勇者と聖女の伝説』》
勇者の言葉が、脳裏をよぎる。
――女神が仕組んで始めたこと。
元凶は、女神だ。
「……聖女はあなたが創った
物語なの?」
怒りが、ふつふつと湧き上がる。
「わたし達は生きている人間よ!
あなただって伴侶は、
トレース神ひとりじゃないの!
八人も夫を持てなんて、
わたしだけじゃない。
関わっている人たち、
みんなの人生を弄んでいる!」
《ごめんなさい。
悪意はないのよ》
女神は、心底困ったように言った。
《最善ではないけれど、
この世界を維持するには、
聖女は効率が良く、
この世界に合う物語なの》
小首を傾げる仕草は、
なんだかベルのように幼い。
《聖女がエネルギーを集め、
魔剣に供給し、
勇者が暗黒竜を封じる。
単純でしょう?》
「単純なんかじゃない!」
叫びが、真っ黒な夜空に溶ける。
「わたしが嫌だって言ったら?
全部投げ出したら、
どうするのよ!」
《聖女の伝説は少なくとも、
五百年前も、
その前も、
その前も……機能したわ》
女神の声は変わらず穏やかだ。
《わたしは、
自分の創った世界全てが
愛おしい……》
突然、吹き荒れた風が
わたしの髪を巻き上げる。
《五百年前の聖女は厄介だったわ。
神託を何度も与え、
軌道修正して、
やっと目的が果たせた》
薄い衣が張りついて、
わたしの身体の線があらわになる。
《だから、あなたを造ったの。
あなたの両親を
神託で組み合わせて》
わたしの全身を
鑑賞するかのように
青い瞳を細め、
うっとりと吐息をこぼした。
《男性の庇護欲を誘う
愛くるしい容姿。
高潔で、優しく、
弱者を見捨てられない心。
あなたは予想以上よ……》
「……わたしは、
そんな立派な人間じゃない。
自分勝手だし、
人を利用だってする。
あなたが造ったからって……
わたしの心は、
わたしのものよ!」
悔しさに、
唇を強く噛みしめた。
《そうね。
いいのよ、あなたが決めて》
女神は、
優しい少女の顔で言った。
《重ければ、
投げ出す自由もあるもの》
「え?」
この女神は、
いったいなにを言ってるんだろう?
「……わたしが、
できないって、諦めたら?」
《地上は恐ろしい妖魔で満ちて、
封印できるのは女神の血脈だけ。
わたしの血脈の『月の一族』は、
この世界にはもう、
ほとんどいない。
わずかに対抗できる魔法を使えるのも、
神官や貴族の中のほんの一部》
この美しい女神は、
世間話のように、
世界の終末を語っている……
止まらない震えが背筋を伝った。
《弱い者からどんどん
滅んでゆく世界、
それをあなたは選ぶかしら?》
「こんな、残酷なのが……
わたし達の神なの?
みな、
あなたを信じ、
崇め、
助けを求めているのに!」
わたしは拳を握りしめ、
叫んでいた。
女神は、
普通の人のように、
寂しそうに微笑む。
《わたしは空から来た、
ただの、開拓者》
「……空からって――
どこから?」
《あなた達が見上げる星の、
どこか》
考えが、
全然、処理しきれない。
《今は、成り行きを見守る、
ただの傍観者》
女神の笑顔は大気に滲んで、
今にも消えそうだ。
《ゲームをクリアするのに
必要なものは、
全て用意したわ。
それを見つけて、
切り開くのは、
あなたの役目よ》
話したいのに、
声が出ない。
時間切れなのがわかった……
いつの間にか
青い光がわたしを照らし、
明滅していた。
《成し遂げたら、
あなたの望むものを、
用意しているわ。
また会いましょう……
フェリシア》
――視界が、暗転した。
喉の奥から、
汚い言葉が漏れた。
「くそっ、
くそっ、
くそっ……
こんな、ことって!」
カイルから覚えた、
こんな、言葉でしか、
わたしは自分の感情を
表現できなかった。
勇者の言ったことは、
正しかった!
女神なんて、
呪ってやる!
どんなに祈ったって、
なんの助けにもならない!
世界の重さが、
静かに、
確実に、
わたしの肩に
のしかかっていた。
【あとがき】
ここまで読んでくださってありがとうございます!
そうです、これSFなんです。
よくある設定ではありますが……
ゆるーいSF設定なので、
このままファンタジーとして楽しんでくださいませ。
王都では新たな事件がフェリシアを待っています。
ミゲルの王子っぷりも戻ってくるので
先が気になる方いたら、
リアクションいただけると励みになります。
ちょっと忙しくなってしまうので、
しばらくは週末更新です。
次回、金曜更新。




