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46.移動魔法陣


勇者を見失った落胆が、胸に沈むより先に――

灼けるような痛みが、身体を貫いた。


「……っ!」


手に刻まれた聖女の刻印が光り、

鋭い痛みが走る。

息が詰まり、膝が崩れそうになる。


――そうだ


わたしには、もう魔力がない。


身体を巡っていた魔力は、

あの町で治癒魔法として使い果たした。


今まで少しずつ溜めてきた聖力も――

勇者の魔剣に、

すべて吸いとられてしまった。


完全な空っぽ。


「フェリ!」

カイルがすぐに手を握り、魔力を流し込んでくる。


あたたかな力が、撫でるように痛みを鎮めていった。

カイルが微かに眉を寄せる。


「……ありがとう。

だけど、カイル兄様が疲れてしまう」

「大丈夫だ。

ちゃんと伴侶の印が教えてくれるから」


(え?

印が教えてくれるの?)



聞き返そうとした時、

――足早な靴音が響く。


緊迫した表情のグレンが近づき、

カイルの耳元に低く囁く。


一瞬で、カイルの顔色が変わった。


「……フェリ、聞いてくれ」


握っていた手が、わずかに緩む。


「悪い。これ以上、

魔力を分けられない」


「大丈夫。

痛みはかなり引いたわ」


無理に笑うと、

カイルは唇を噛んだ。


「俺たちが襲撃されたのは……

情報が漏れていたからだ」


「え……?」


「王都の大神殿に、

裏切り者がいる」


耳鳴りがした。


「ここは、

反聖女派に囲まれている。

時間がない。

フェリを逃がす」


「逃がすって?」


「今の王都は、もう安全だ。

昨晩、

サシャがきれいにした」


「きれいにって……」

まただ。

声が震えた。


「今回の旅は、ただの視察じゃない」

カイルは、目を伏せた。

「裏切り者を炙り出し、

粛清するための――作戦だった」


「そんなの……知らない……!」

喉が詰まる。

サシャはなにも言わなかった。


「カイルも、グレンも、みんなを

置いてなんて行けない!」


「大丈夫だ」

カイルは即座に言った。

「すぐに援軍が来る。

サシャに抜かりはない。

知ってるだろ?」


強く手を引かれ、

わたしは半ば引きずられるように神殿の奥へ向かった。


石壁の一部を押すと、

軋む音とともに隠し扉が開く。


暗い階段。


先頭にカイル、

その後ろにわたし、

さらにグレン、

騎士二人、灰色の村の強者たち。


急ぎ足で降りる途中――

別の足音が、遠くから響いた。


「……ちっ」

「早いな」

「見つかったようです」


追ってきている。


息を潜める間もなく、

小さな石の部屋へと飛び込んだ。


床一面に描かれた、

複雑な模様の高度な魔法陣。


「……ここ、行き止まりじゃ……」


「我らは、ここで敵を迎え撃ちます」


グレンのペールブルーの瞳が、

静かにわたしを捉えた。


「聖女様は移動魔法陣で、

お逃げください」



移動魔法陣は使い捨てだ。

しかも、ひとりしか使えない。


いつもこうだ。


わたしに、力がないから。

聖女として、

なにもできないから。


「……カイルは……

騎士じゃないわ……」


「泣くなよ」


カイルは、少しだけ笑った。


「俺が

アカデミーのトーナメントで

優勝したこと、忘れたのか?」


「……嫌」

声が、震える。


「フェリが優勝者への

キスをしてくれたのに?」


「やだ! やだよ!

ひとりで逃げるなんて……」


「他のやつには、

そんな顔見せるなよ?」


カイルは、わたしの胸元を掴み、

強く引き寄せた。


唇が、重なる。

一瞬で、息が奪われる。


「なに、を……」

抗議の言葉は、

最後まで出なかった。


「勝利のキスを先に貰ったのさ」


次の瞬間、

身体が宙に浮き――


「あっ!」


床に放り投げられる。


魔法陣の中央。


聖痕が、強く脈打った。


――反応した


白い光が、床から噴き上がり、

移動魔法陣が駆動する。


光の向こうで、

人々を魅了したあの笑顔で、

カイルが振り返る。


「さぁ、行くぞ!」


まるで夜会の会場を

熱狂させた時のように、


カイルが、

先陣をきって行くのが、


淡い光の向こうに見えた気がした。



次の瞬間――

光が、すべてを呑み込んだ。


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