39.灰色の村
灰色の人たちに導かれ、
峠を下った先の、
小さな村へ辿り着いた頃には、
雨は本降りになっていた。
山肌に点在する家々は、
身を寄せ合うようにひっそりと佇んでいる。
「我々は神殿の庇護の下にあります」
村の長がそう言って、
古びた木箱から神殿の印章を取り出す。
その紋を確かめて、ようやくグレンの腕から力が抜けた。
わたしは、地面のぬかるみを踏みしめながら、
自分の足で立った。
峠を越えてから、
ずっと彼のグレンの腕の中だったのだと、
今さらのように気づく。
ほどなくして、
賊と交戦していたカイルたちも、
村人の加勢を受けて無事に合流した。
カイルはもちろん、
ヒックスとヘインズもかすり傷で済んだと聞いてホッとする。
弓矢での襲撃――
高所に五人、地上に十二人。
あれだけの数を相手にして、よく無事だったと思う。
村人の加勢がなければ、カイルたち三人では持ちこたえられなかっただろう。
矢を受けたハロルドは……無事だろうか。
そう考えた矢先、村の男たちに担がれて、ハロルドが運ばれてきた。
顔色は悪いが、呼吸はしっかりしている。
「……よかった……」
思わず、胸を撫で下ろす。
村の男のひとりが、状況を説明してくれた。
「弓を射ていた者たちは、すでに全員、こと切れていました。
何者かが、先に手を下したようです。
急所をナイフでひと突き――見事な腕前でした。
大神殿のナイフが、現場に残されていました」
その言葉に、胸の奥がひやりとする。
――ギグだ。
あざやかな暗殺技。
わたしの願いを聞き、ハロルドを助けるために動いてくれたのだ。
けれど、それきり――
影の中に、ギグの気配は感じられなかった。
「それと……賊をひとり、生け捕りにしています」
「……わたしも、会えるかしら?」
自分でも意外なほど、声は落ち着いていた。
グレンが渋々といった様子で、
賊が捕えられている部屋へ案内してくれる。
縄で拘束されていても、賊は叫び、暴れていた。
「なにが聖女だ!
女神様はそんなこと望んでいない!
神殿が勝手に言い出した妄言だ!」
「妄言ではない」
グレンが、静かに、しかしはっきりと告げる。
「女神様が直々に大神官へ神託を下し、
聖女様が遣わされたのだ」
「裏切り者の大神官の犬め!
女神の怒りが下るがいい!」
……とてもじゃないけど、
わたしが話を聞けるような状態ではなかった。
よろけるわたしを、
カイルが支えるように抱き寄せた。
――
村長の家は、この村にしては少し広く、
客用らしい部屋は簡素ながらも清潔に整えられていた。
「女達に、湯を用意させました」
本来なら、明日には目的地へ着くはずだった。
けれど、この雨と騒動では、もう叶わない。
「俺が子豚を洗おうか?」
わたしの腰を引き寄せるカイルの衣服には、
まだ乾いた血がこびりついている。
「ばかね」
わたしは、くすっと笑ってカイルの鼻を摘んだ。
「子豚の夫も、ちゃんと身綺麗にしてきて」
そう言って、彼を部屋の外へ追い出す。
わたしの髪にもまだ血の匂いが残っていた。
村の女性に手伝ってもらいながら、
髪を洗っていると、
ふと気になっていたことが口をついて出た。
「この村の人達は、闇魔法を使うのね」
その瞬間、女性の手が、ぴたりと止まる。
「咎めているんじゃないのよ」
慌てて言葉を重ねる。
「わたしの身近な人も、闇魔法を使うから。
……知りたかっただけ」
ふくよかな女性は、少し驚いたような顔をしたあと、
納得したように、柔らかく微笑んだ。
「あぁ、それで、
聖女様に闇魔法の気配がするのですね」
湯気の立つ室内で、その言葉が静かに落ちる。
わたしは、魔力を聖力に変えるために闇魔法を施されている。
光の聖女なのに闇が必須なんて――
『闇』は、やはり違和感がある呼び方だ。
そういえば、
一人になる機会が無くてギグを呼び出せず、
ミゲルとカイルの魔力を聖力に変えていない。
身体には魔力のまま残っている。
ランプの火に落ちる影は、
相変わらず沈黙したままだ。
――ギグ、どこに行ったの?
「聖女様、お寒いですか?」
黙ったまま震えるわたしに、女性が心配気に声をかける。
「いえ、いえ、違うのよ…」
「怖い目にお遭いになりましたものね。もう、大丈夫ですよ」
ギグがいないと、
こんなにも心細いなんて……
わたしは、震えを止めようと、
湯の中で自分の肩を抱いた。
雨音が、屋根を叩き続けていた。




