37.旅人の星
北に向かって移動したせいか、
初夏の夜の空気はひんやりと澄み、
心を落ち着かせてくれる。
星が王都よりも近く感じられる、
虫だけが密やかに鳴く、しんと静かな夜だ。
『フェリ、観てごらん。
あの星は北から動かないんだ。
旅人の道標の星だよ』
子供の頃、アスランが指差した星を探す。
幼いわたしは、
星を見上げる少し年上の兄の横顔に、
ただ見惚れていた。
アスランは、どうしているかしら……
夢も見ないで眠っている?
それとも、わたしみたいに眠れず、夜風に吹かれている?
石段に腰を下ろして星を眺めていると、人の気配がした。
グレンが、ゆっくりと近づいてくる。
目の前で、いつものようにひざまずいた。
「聖女様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。横に座らない?」
公の場以外で、ひざまずかれるのは、
あまり好きじゃない。
「いえ、このままで……」
硬い男だ。
でも、いかにもグレンらしい。
わたしは彼から目を逸らし、空を見上げた。
帯状になった星が、空の道のように見える。
溢れる星の中で、
アスランに教えられた星がどれかわからない。
風がそよぐ。
「旅人の星、見つけられる?」
気まぐれにグレンに声をかける。
「はい。もちろんです。三つ並ぶ明るい星を見つけたら……」
幼いあの時も、きっとこんなふうに教わったはずだ。
わたしは本当に、アスランしか見ていないな――
「あっ……あれが、旅人の星なのね」
空を指で辿って見つけた。
あの日、アスランが見上げていた星だ。
「失礼を……」
透けるような夜着のわたしが寒そうに見えたのか、
グレンは自分のマントをそっと、わたしの肩にかけた。
少し重く、革と鉄の匂いがする。
わたしの夫たちとは違う、騎士の匂い。
「夜風は、疲れたお身体に障ります」
聖女になったわたしは、
女神の祝福のおかげで疲れはすぐに回復する。
それでも、この不器用な気遣いが、ふわりとあたたかい。
「ありがとう」
「明日は、あの星の方へ、さらに北へ進みます。
険しい道のりになるでしょう」
低い声が、静かに響く。
わかっていた。
わたしがどうしてもと、選んだ視察地への行程だ。
「峠を越えます。天候次第では、馬を降りる場面も」
「そんな時は……」
星空から、彼に視線を落とす。
「わたしを、抱えて歩いてもらうかもしれないわね……」
冗談混じりの言葉に、
グレンは迷わず、短く、はっきりと言い切った。
「――必ず、お守りします、聖女様。
何ものに代えても」
ペールブルーの瞳が、真っ直ぐにわたしを見る。
「わたしの忠誠は、貴女様だけのものです。
命が尽きるまで、誓いは破られません」
王宮の秘密通路での仕返しに、
戯れで忠誠を誓わせたことを、
わたしは少し恥ずかしく思った。
真摯な誠意には、誠意で応えたい。
「あなたを、頼りにしているわ。
グレン・ハート、わたしの騎士……」
差し出した手に、彼は口づけた。
優しい虫の音だけが星空に溶けていく。
明日からは、険しい道行きが始まる。
わたしはもう一度、旅人の星を見上げた。
――
*
その夜、
王宮でひとりの女性が命を落としていた。
王都に広がり始めた不吉な影を、
フェリシアはまだ知らない。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます
このあたりからちょっぴりテイストが変わるかもしれません
なので、気に入ったキャラや話などあれば、
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書いてて、
キャラが好かれてるのか嫌われてるのか、
アスランの瞳以上に謎です……




