36.たいがい不謹慎だよ
そこは、王都の神殿のような、
白く磨き上げられた壮麗さはなかった。
それでも、
しんとした空気と、
祈りの時に使う香の残り香が漂い、
ここが神聖な場所なのは間違いない。
地方の神殿は、
祈りの場所であると同時に、
巡礼者のための宿でもある。
神官たちは、
聖女だからといって騒がず、
わたしたちを丁寧に迎え入れてくれた。
「お疲れでしょう。湯と食事をご用意しております」
年配の神殿長の声は低く穏やかで、
わたしは少し肩の力が抜けた。
女神に仕える者なら、
本来は聖女にひざまずき、
祈りを捧げたいはずだ。
今さらながら、
サシャがわたしのために、
神官たちへきちんと、
手を回してくれていると感じる。
――
カイルは、神殿の静けさに、
最初こそ少し居心地悪そうにしていたけれど、
すぐに馴染んだ。
「へぇ……地方の神殿も、悪くないな」
低い天井を見上げながら、
悪戯っ子のように声を潜め、わたしの肩を抱く。
食事の席につけば、
カイルは自然と会話の中心になっていた。
神官たちにも気軽に声をかけ、
場の空気を明るくしていく。
給仕をしていた若い娘たちは、
そんなカイルを見ては顔を赤くして、
落ち着かない様子で彼の周囲を行き来している。
(たらしめ……)
呆れるわたしに、
カイルは軽くウィンクを送ってくる。
一方、グレンは終始静かに、
剣を丁寧に手入れしていた。
神殿という場所に、
必要以上に踏み込まないのは、
いかにも、グレンらしく思えた。
三人の護衛騎士たちも、それぞれだ。
若いハロルドは壁際で熱心に祈りを捧げ、
無精髭のヒックスは黙って酒を一口だけ含み、
背の高いヘインズは長旅の疲れに任せて、
すぐに眠りに落ちていた。
寝室は――神殿の配慮で、
カイルと一緒だった。
「今日はきつかったろ?」
質素だけれど清潔なベッドに寝そべり、
目を細めてわたしを見る。
「ううん。
馬での移動は楽しいから……」
言っている途中で、
口を指先で押さえる。
「困っている人たちのところへ行くのに、
楽しいなんて、聖女として失格だわ」
ベッドの背板に施された、
小さな女神のレリーフに目を落とす。
「聖女だって、四六時中ずっと、
世界を心配しているわけにもいかないさ」
「それでも、不謹慎よね……」
「子豚は気にしすぎだな」
カイルは軽く言いながら、わたしに手を伸ばす。
「フェリ。明日はもっときつくなる。
ここで伴侶は俺だけだ。
少し魔力をあげるよ。おいで……」
「でも……カイル兄様が疲れてしまうわ」
「大丈夫。少しだけさ……」
長い指が、わたしの首に絡みつく。
「まだ俺は兄様なのか?」
ゆっくりと、深く、
唇を味わうようなキスを受けた。
「ううん……夫だよ」
こんな時、カイルは本当に女性慣れしていると思う。
「じゃもう、兄様はいらないな……」
正直、ミゲルからもらった魔力がまだ身体の中にあった。
でも――
「カイル……」
「なに? フェリ。
照れた子豚の顔して――そんな顔、
ミゲルやサシャにはするなよ……
ぜったいに……」
軽いキスを顔中に降らせる。
「ばか……」
「ずっと子供の頃から、
フェリにこんなふうにキスしたかった。
叶わないと思っていた夢が叶って、
今この瞬間、すごく幸せだ……」
繰り返されるキスは、どんどん深くなる。
「だから、
俺もたいがい不謹慎だよ……」
ささやくような告白に、頭の芯がぽうっとしていく。
明るい緑の瞳の奥にほとばしる赤。
目を閉じると、
その赤が魔力となって流れ込み、
わたしを侵していくようだった。
互いの名を呼び、溶け合うようにキスを重ねた。
―――
しばらくすると、
カイルは寝息を立て始めた。
外から、かすかに虫の音が聞こえる。
子供の頃のカイルはヤンチャで、
ふざけてキスをされて泣かされたことがある。
全然、
わたしに甘い恋を語るような人には、
思えなかった。
そんな彼と、
何度も激しく情を交わすなんて、
今でもどこか信じられない。
「やっぱり、聖女の力だよね……」
呟くと、ちょっと切ない気分になった。
胸に顔を埋めてみる。
カイルの息は規則正しいままだ。
すこし、
風に当たりたくなって、
わたしを抱きしめて眠る腕からそっと抜け出し、
中庭に出た。




