表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/62

34.ミゲルの愛のかたち


わたしは、

秘密通路でカイルと揉めたミゲル王子を、

どうにかして和解させなければと思っていた。


アカデミーの頃から、ミゲルとカイルは、

表向きは礼儀正しく、

けれど決して近づかない距離を保っていた。


マーカス王子や王妃がわたしに冷淡だったことを知っているカイルは、

王族という存在そのものをあからさまに嫌っていたし――


一方で、ミゲルは王族であることを武器にも盾にもして生きてきたからだ。


それに――

アカデミーで一、二を争う『モテ男』がこの二人だったことも、

妙な反目の噂を生んでいた。



ここ数日、ミゲルの様子がおかしい。


艶やかな笑みは影を潜め、どこか落ち着かない。


王宮に呼び出される頻度も増えていた。


国王陛下は相変わらず溺愛という名の執着で、

ミゲルを手元に縛りつけている。

そう、サシャから聞いていた。


わたしとカイルは旅の準備に追われ、

ミゲルは王宮と別荘を行き来するばかりで、

結局、カイルとミゲルは、形式的な挨拶を済ませたきり、

言葉を交わしていない。



――明日、出発だというのに。


その夜、ミゲルは、珍しくわたしから離れようとしなかった。


抱き寄せる腕にも、いつもの余裕はない。


ふと、彼はわたしの髪をすくい、

部屋の灯りに透かして、

ぼんやりと呟いた。


「……髪色、サシャと似てるね」


ミゲルの指先をすり抜ける、

わたしの長い白銀の髪。

その声音は、どこか探るようで、弱かった。


「サシャと従兄妹だから。

似てるところがあるのよ」


そう答えるとミゲルは、はっとしたように顔を上げた。


「え? そうなの?」


「サシャは大神官の甥よ。

大神官は……わたしの実の父なの」


言うべきだ、と前から思っていた。

隠したままでは、やましく、

ミゲルに対してずっと心が痛んでいた。


「神官は、生涯未婚なんじゃ?」


「ミゲル。

あなたに、言っていないことがあるの」


この話をすれば、わたしは信頼を失い、

彼が距離を取るかもしれない。


それでも――今、話さなければいけないと思った。


「降臨祭の日、わたしが聖女になったのは、偶然じゃないわ」


わたしは、静かに息を吸った。


「わたしは、女神の神託によって生まれたの。

聖女になる運命は、生まれる前から決まっていたのよ」


ミゲルは、言葉を挟まずに聞いている。


「大神官の父と、

敬虔な女神信者の未婚の母が選ばれて……

『聖女としてのわたし』は、創られた。

最初から用意された存在だったの」


口にすると、胸の奥がひりつく。


「女神様の計画とはいえ、そんな生まれ方……

おぞましいでしょう?」


一拍置いて、続ける。


「だから、降臨祭であなたが手を離したこととは、関係ないの。

あなたのせいじゃない。

最初から、決まっていたことよ」


長い沈黙のあと、ミゲルは息を吐いた。


「……そう、か」


張り詰めていたものが、ほどけるような声だった。


「なんだ……」


「降臨祭のことで、あなたが自分を責めていたのに、

今まで言えなくて……ごめんなさい」


すると、ミゲルは、わたしの想像とはまったく違うことを口にした。


「……僕はね」


少し間を置いて。


「君が、

カイルとどこかへ行ってしまうんじゃないかって、不安だった」


「えっ?!」


「彼は……明るい場所にいる人だから」


「ちょっと待って。

わたしが、視察を口実に駆け落ちするとでも思ってたの?」


思わず声が上ずる。

しかも、カイルの評価がやけに高い。


「視察が、君にとって――

『聖女』から逃げ出す、

唯一の機会なんじゃないかって」


「逃げないわよ」


わたしは、はっきりと言った。


「わたしは、聖女の運命から逃げない。

今は、カイル兄様もそれをわかってる。

あんな無茶、もうしないわ」


ミゲルは、静かにわたしを見つめていた。


「……君が去ってしまう気がしていた」


その声には、駆け引きも虚勢もなかった。

ぎゅっと、胸が痛くなる。


――ただ、わたしにはまだ話していないことがあった。


「聖女になるために……

わたしの純潔を守るために、

マーカス王子との婚約を利用していたの。

最初から結婚させるつもりなんてなかったこと……

王室を欺いていたなんて、言えなくて、

ごめんなさい」


しばらくして、ミゲルは苦笑した。


「ははっ……そういえば、兄上と婚約、

してたね」


(忘れてた?王室を激怒させる案件なのに……)


「よかった。

君は、本当に、僕を置いていかないんだね」


少しだけ目が潤んでみえた。


「ミゲル、あなたそんなことを本気で、

心配してたの?」


「うん……そんなこと、だよ」


ミゲルは、わたしの肩に額を預けた。


「こんなに……嫉妬で、

みっともなくても……

愛する人と分かり合うのは……すてきなことだ」


その声は、震えていて、

彼が泣いているのかもしれないと、

わたしは思った。


「ミゲル?」


「……聖女の伴侶としての役割を果たすよ。

結果を出す。

君にとって、欠かせない存在になる。

だから……」


ミゲルはそう言って、わたしに口づけた。


軽さも、戯れるような余裕もない、

感情にまかせたような激しい口づけ。


夜の部屋は、灯りを落としたまま、

まるで世界が止まったみたいで、

彼の体温だけが、はっきりと伝わってくる。


「あなたはもう、欠かせない人だわ」


彼を信じるためにも、わたしは誠実な伴侶でいたかった。

だから、ちゃんと話せて良かった――


吸い込まれそうな青い瞳が濡れていた。


浅黒い胸に手を添える。

鼓動が早い。


わたしは、

はじめてミゲルを心から愛おしく思い、


身体を寄せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ