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31.ミゲルの示唆

そしてその日、

ようやく王宮から別荘に戻ったミゲルが、

珍しくわたしの帰りを待っていた。


彼の部屋は、灯りが落とされ、

窓から差し込む月光だけが、

白いカーテンを淡く照らしている。


テーブルのワインには、

ほとんど口がつけられていなかった。


「サシャが伴侶になったって?

やっと、って感じだね。

正直、驚きはしなかったよ」


そう言いながらも、ミゲルの声はどこか硬い。


「だからって、

僕がヤキモチを妬かないなんて思わないでほしいな」


「だったらどうして、

サシャが伴侶になるように示唆したの?」


黙って近づいたかと思うと、

急に強く抱きしめられた。


「サシャは君を遠くへ連れ去ったりしないからね」


ミゲルにしては珍しいほど、

逃がさない抱擁だった。


夜風が吹き込み、カーテンが静かに揺れる。


「サシャを見誤ったみたいに、

僕のことも見誤らないで」


胸に顔を埋められ、

ミゲルの心臓の音が伝わってくる。


甘い香りにつつまれているのに、

抱きしめる腕はゆるまない。


――見誤るって?


ミゲルは肝心なことは、

はぐらかしてなかなか話さない。

アスランとは違う意味で聞けなかった。


相変わらず、

国王陛下に呼ばれて王宮に通っている。

その理由も彼は説明しなかった。


「視察には……僕はついていけない」


――視察のことを知っている。


王室の情報網を使えば、

隠し事なんて難しいのかもしれない。


夫の腕の中で、わたしは少し身体を強張らせた。


「それでもね、僕は必ず君の役に立つ。

だから……忘れないで」


髪に落とされた口づけは、

なだめるみたいに優しかった。


彼の縋るような仕草に、

わたしの硬くなった身体がしなやかに反応する。


(ミゲル、なにを考えているの?)

優しさと駆け引きの間でわたしは混乱する。


身体は彼に引き寄せられているのに、

頭の中はまだ追いつかない。



すると、彼はぽつりと言った。


「僕との時間を、減らさないで」


すがるような、かすれる声に胸をつかれた。


「ミゲル……

もしかして……不安、なの?」


うつむいた彼の頬に手を当てる。


「もしかしなくても、そうだよ」


月の薄あかりで、

ミゲルが笑ったのがわかった。


いつもの余裕ある微笑みではなく、

どこか子どもみたいな笑顔で。


「僕が君を好きなのと、同じくらい。

君にも、僕を好きでいてほしい」


同じくらい――


恋に慣れたミゲルは、

本心と遊びの境目を曖昧にする。


だから、時々どこまで信じていいかわからなくなる。


女性関係は派手でも、

後腐れのない関係を楽しむカイルとは、

まったく違う。


ミゲルは、心の機微を楽しむような人だ。


「……無理だよね」


ふっと、力が抜ける。


「独占なんてできないって、わかってる。

だから、そんな顔しないで。フェリシア」


悲しそうな顔をしているのは、

どう見ても彼の方で――

それがまたずるい。


それでもわたしは――


「ミゲルといる時間は……

今、この時は、あなただけを好きでいるわ」


ふたりの時は、他の夫のことは考えない。


それが、聖女という誠実じゃない制度の中で、

わたしが選んだ小さな抵抗だった。


「こんな誠意だけじゃ足りないって、わかってるけど……」


「誠意、か」

ミゲルは少しだけ苦笑する。


「恋人に、そんな言葉を言わせたいわけじゃないんだけどな」


妻と言わずに――恋人。


その言葉に、何も言えなくなってしまう。



わたしはずっと、

マーカス王子の婚約者だったから……

恋の駆け引きなんて知らない。


困った顔が可笑しかったのか、ミゲルは肩をすくめた。



どうしても言葉がみつからなくて、

わたしはそっと首に手を回し、

こちらからミゲルを抱き寄せる。


耳元で、吐息のような声が落ちる。



「分かり合えないのも、恋だからね」



――その時は、

ただ戯れに言った言葉だと受け取っていた。


けれど後になって、

わたしは何度も、

この言葉の意味を思い出すことになる。



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