28. 足りない魔力
聖力を測る数値板――大神殿が所蔵するこれも、
古代聖遺物の一つだ。
サシャは視線を伏せたまま、
わたしの聖痕にかざしていた数値板を戻した。
その仕草だけで、良くない結果だと分かってしまう。
彼が立ち上がって、窓を開ける。
湖からの風が、澱んだ空気をちょっとだけさらった。
「サシャ、本当のことを言ってね」
わたしは、わざと軽く言った。
「必要な聖力の……50分の1くらいは、たまった?」
一瞬、沈黙が落ちる。
窓際のサシャの表情は逆光でよく見えない。
「……申し訳ありません、聖女様」
やっぱり。
思わず大きくため息がでた。
本当は自分でも薄々感じていた。
闇魔法で変換され『格納』される聖力の量が、
全然足りていないと……
侍女にお茶を用意させた。
杏の焼き菓子を口に入れる。
子供の頃から嫌なことがあると、
こっそりギグと食べていたわたしの安定剤だ。
「伴侶の印には身を守る役割もありますし、
現状では、伴侶を増やしていただくのが最良の策ですね」
サシャが真っ白な角砂糖を口に入れる。
カリッと音がする。
「伴侶の印はそんなこともできるの?」
「そうです。
だから近くにいる者を伴侶にすること自体にも、意味があります」
サシャなりにカイルを気遣ってくれているんだろう。
カイルの魔力が少ないことは、最初から分かっていた。
――そもそも、この国自体がそうなのだ。
女神の眷属――『月の一族』によってつくられたと語られるこの国。
かつては、魔法を自在に操り、信仰と軍事で勢力を広げたという。
けれど今は、混血が進み、血は薄れてしまった。
女神の血を色濃く継ぐ『月の一族』なんて、もう伝説だ。
白銀の髪、深い泉のような青い瞳、
溢れるほどの魔力を持つ、
白い人々は遥か昔に消えてしまった。
(御伽噺、よね)
わたしは、髪の色と白い肌だけが似ている。
聖女に選ばれても、肝心の魔力はほとんどない。
ふと、窓から見える湖の青に目を向ける。
「三人の中だと、やっぱりミゲルが一番魔力が多いわよね。
王族だから?」
「血筋の問題ですね」
サシャは即答した。
「ミゲル殿下には、異国の血が入っています」
「ああ、国王陛下にも、少し異国の血が混じっているって聞いたことがあるわ」
国王が浅黒い肌だから、皆、血筋の話はしたがらない。
わたしの血筋を下賤と面と向かって言うのも王妃くらいだった。
「ミゲル殿下のお母様が、異教の国イスファのご出身でしたから」
ミゲルの生母が亡くなった側妃の一人とは聞いていたけど、
異国の方だったのね……
ミゲルの艶かしく浅黒い肌。
でも、それを気にしたことはなかった。
イスファは西の遠く、魔法国家だと噂される国。
そこでは、当たり前にみんな豊富な魔力を持つんだろうか。
「ミゲルはイスファの血が濃いのね。
つい、たくさん魔力をもらってしまうわ」
「ミゲル殿下は体力が落ちると、
ところ構わず眠って無理をなさいませんから、
受け取りやすいですね」
サシャは普段目のやり場に困っているのか、少し苦笑している。
「他に、魔力が多い人は?」
「大神官です」
「あはは……わたしの実の父ね。流石に伴侶にはできないわ」
「それに次ぐ魔力の持ち主がいますよ」
サシャが、わたしを見る。
「目の前に」
「………サシャ?」
「ええ。わたしです」
彼が身を乗り出してわたしの手を取ると、
すっと、心地よい魔力が流れ込んできた。
無理がない。
隙間を埋めるように、自然に。
「不思議ね、伴侶じゃないのに、こんなに」
「血縁があると、自然と愛情がわいたりするでしょう?
感情も魔力も通りやすいんです」
サシャは穏やかに言った。
「……血縁?」
「わたしは大神官の甥です。
ですから、聖女様とは従兄妹になりますね」
サシャの顔を、まじまじと見る。
中性的で、人形みたいに整った輪郭。
色素の薄さ……白に近い銀髪。
言われてみれば、わたしたち似ている。
「伴侶になれば、容量が増え、もっと多くの魔力を送れますよ」
当たり前のように告げられて、
わたしは、なんて言葉にしていいのかわからなかった。
サシャは、友人で。
同志で。
聖女であるわたしの一部みたいな存在で……
「……変な感じ」
そう呟くと、
サシャが、ほんの一瞬だけ、儚く笑った気がした。




