表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/27

26.嘘つき王子

サシャを感情のまま、呼びつけたけど――


わたしは頭を冷やして、湖畔の別荘に帰ることにした。


サシャが王宮にすぐ来られるわけないし、

人に聞かれないよう気をつけて、

場所を選んで話さないといけない内容だ。



日が傾く頃、別荘にサシャが駆けつけてきた。


「サシャ、正直に答えて。

わたしのために、犠牲になっている人は、

いったいどれくらいいるの?」


「聖女様の犠牲だなんて、ありませんよ」


「アンナは?」


「お気付きになられたのですね」


サシャの頬に珍しく赤みが差していた。


「なぜこんなことしたのよ?

わたしの婚約を継続させたお父様も、

そっちの人間でしょ?」


「公爵と神殿では考え方が違ったのです」

穏やかな口調で、彼は首を振る。


「アンナ・ハックマン伯爵令嬢は、

とても信仰心の厚い、敬虔な女官でした。

だから、ただ聖女様のために働いていただけ――」


「敬虔な女官を、クソ王子の恋人に仕立て上げたわけね!

本人が望むなら、アンナは神殿に戻してあげて」


わたしは、サシャの言葉を遮る。


王妃の侍女に戻ることは、もう無理だ。

下手をすれば、王族を侮辱した罪で罰せられる。


「世俗に深く関わり穢れた身では、女官としての復帰は難しいでしょう」


「穢れてなんか、いないわ」


きっぱりと言い切った。


「聖女の名の下に、周囲も神殿も、本人も納得させなさい。

穢れなんか無いと。

あの子は、『聖女様』のために働いただけなのよ」


神殿が彼女に酷な役目を与えたのなら、

神殿が彼女を救うべきだ。


「聖女様の御心のままに」


「わたしのために犠牲になった人の心を救わないなら、聖女の資格なんて無いわ」


サシャの唇が、わずかに緩む。


「……嬉しそうね?」


「そう見えますか?」


彼は少し考えてから、素直に頷いた。


「あなたらしいご配慮だったからでしょう。

私もお支えする立場として、嬉しかったのかもしれません」


そう言って、いつものように自然に、彼はわたしの手を取った。


指先から、柔らかな白い魔力が流れ込んでくる。

不足しているところを、静かに埋めるように。


わたしは、彼の伏せた銀細工のようなまつ毛を見つめた。

――サシャは激情とは無縁の人だ。


――


窓の外に薄く星が見え始めたころ。


テラス側の大きなガラス扉が勢いよく開いた。


湖からの風が、さぁっと部屋を満たす。


「フェリシア、帰ってたんだね!」


ミゲルだった。


白い簡素な服は少し濡れていて、泳いできたらしい。


「ちょうど良かった。ミゲル、話があるの」


わたしはサシャの手の上に、そっと自分の手を重ねて立ち上がった。


サシャは何も言わず静かに手を離し、一礼して部屋を後にする。


「……王妃様に会ったわ」


「あぁ、バレちゃったか」

片側だけえくぼを作って笑い、

悪びれもせず、軽く肩をすくめた。


「ミゲル……」


「王命は嘘だよ」


即答だった。


「あの場では、そう言わなきゃ、フェリシアは僕を伴侶にしてくれなかったでしょ?」


ミゲルは、濡れた身体を拭きながら、世間話のように答える。


「どうしてそんなことを?

――この国の王は、最愛の息子を失うかもしれないのよ!」


聖女の数人の夫の中の一人なんて、曖昧な立場で、権力も身分も捨てて、竜に挑む。


そんな愚かな賭けを、王に溺愛されてきたミゲルがする必要はない。


「愛されてるとは思うけどね……」


ミゲルは、どこか他人事のように言ってはぐらかした。


「それでも、兄たちは……正直、少しほっとするかもしれない」


彼は、銀色の『伴侶の印』がはっきり浮かぶ手を、見せびらかすように揺らす。


「よし、もう消えないな」


「そろそろ、父上の呼び出しに応じようと思ってたところだよ」


「……やっぱり、国王陛下はお怒りなのね」


国王を敵に回す――

暗黒竜を討伐するのに、王室の支援は必須だ。


思わず、カウチにへたり込んだ。


ミゲルは自然にわたしの隣に座って、頬にキスをした。

髪はまだ濡れていて、わたしの肩を濡らす。

そう、彼はこの水のように距離をつめるのがうまい。


「あなたが聖女の伴侶なのは、もう変えられないわ」


「大丈夫」

ミゲルは、あっさり言い切る。


「悪いようにはしない。僕が上手くやる」


そして、少しだけ真剣な目で覗き込む。


「それとも……もう、僕を信じられない?」


「……これからは、わたしに嘘をつかないって、誓って」


わたしは、ミゲルの青い瞳を真っ直ぐに見つめた。


少し沈黙が落ちた。


「ハニー、それは無理だな」


笑って、彼は言う。


「僕は、ついた方がいい嘘なら、これからもつくよ……

ねぇ、悲しそうな顔しないで。

フェリシアは、僕を信じなくてもいい。

利用してくれて構わない」


「……違うわ」


わたしは首を振った。


「わたしは、あなたを利用したいんじゃない。

信じたいの」


権力も、知恵も、魅力も持っている――

わたしの、三人目の夫。


「君と一緒に落ちるって言ったのは、嘘じゃないよ」


ミゲルは楽しそうに言った。


「フェリシアが嘘だと思った時は、

印のあるこの手を切り落としてくれていい」


手首を差し出す。


しなやかで、よく手入れされた――


価値のある王族の手。



「……切らないわよ、そんなつまらないことしないわ」


わたしは、その手に指をからませ、少しだけ意地悪く微笑んだ。


「裸で、神殿に吊るすわ。

女性専用の礼拝堂に、若い男性をね」


一瞬、きょとんとして――

ミゲルは、ぱっと破顔した。


「ははっ」


「それじゃあ、最高のご褒美だ!」


子供のように笑うミゲルに、

わたしは口を尖らす。


「だから君が好きなんだよ、フェリシア」


――



この頃、


『光の聖女』への熱気はゆっくりと王国から大陸に広がっていた。



荒れた土地で青い瞳の男が言う。

「聖女だってさ、ゴードン、どうする?」



遠い国で青い瞳の子供が言う。

「わたし、聖女様に会いたいわ、オズ」



フェリシアの世界はまだ狭く、

彼らに出会うのはもう少し先のことになる――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ