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24.儀式の後―ミゲルの印

お披露目は、無事に幕を下ろした。


場を満たしていた歓声と光は今は去り、

夜の王宮は、静寂に包まれていた。


「大成功です、聖女様は民衆の心を掴みました」

頬を上気させ、サシャが言った。


すでに王都近郊の神殿からも、反応が届き始めているらしい。


だけど、過剰に使われた魔力の重さは深刻だった。


アスランも、カイルも、魔法に力を注ぎ過ぎた。


わたしのせいだ。

わたしが聖女の魔法を制御できなくなったから。


「不幸中の幸いです」

うつむくわたしに、サシャは書類へ視線を落としたまま言った。

「怪我や病気が癒えた人たちもいて、聖女の恩恵があったと良い噂に拍車がかかっていますよ」


そんなこと、嬉しいわけない。



特に、魔力量がアスランより少ないカイルのダメージは重かった。


魔力が回復するまで、大神殿で療養することになった。

サシャとアスランが、決めたことだ。


神殿の優秀な治療師たちがついてくれる。

そう聞いても、不安は消えなかった。


本当はカイルのそばについていたい。


「ダメだよ。フェリがそばにいると、魔力をあげたくなるからね」

アスランにも止められた。



カイルは強がって余裕のあるふりをするけれど、

消耗は誤魔化し切れない。

立っているのもやっとなのに、

神殿に行くのは露骨に不満そうだった。


「今のカイル兄様、

全然ハンサムじゃないわよ」


痩せた頬を指でなぞって、

わたしが抱きしめると、

渋々ながらも引き下がった。


それに――カイルの手に、

銀色の『伴侶の印』が

淡く浮かび上がっていた。


わたしとの絆、それが何よりカイルを安心させたみたいだ。


――


わたし自身は、

三番目の伴侶ミゲル王子と

湖畔の別荘で過ごすことになった。



ミゲル王子と過ごす別荘は、

マーカス王子との破談の賠償として、

王家から渡されたものだから、

皮肉だ。


王家自慢の別荘なだけあって、

美しい場所にあった。

湖を望む広い敷地に、

湖面の光をとり込むよう造られた豪奢な白い建物は、

とにかく贅沢な造りをしている。



「この別荘――

子供の頃、夏の避暑に何度か来たことがあるんだ。

君のものになってたんだね」


ミゲルはそう言いながら、慣れた足取りで歩き回っていた。


「君にあげるより一緒に楽しんだ方が良いのに、

ほんとバカな兄だよ」


浅黒い素肌にさらりとシルクのガウンを羽織り、

肩につく長めの金髪が陽に透けて揺れている。


まるでここが自邸であるかのような気安さだった。


一階の寝室から続くテラスを抜けると、

そのまま湖へ出られる。


季節はまだ浅く、

泳ぐには早かった。


ミゲルは水辺に腰を下ろし、

脚を伸ばして湖面を蹴った。


ぱしゃと水面を蹴るたび、午後の陽光が細かく散った。


「寒くないの?」


「日差しが暖かいからね。君もおいでよ」


その陽焼けした明るい笑顔に促され、

わたしも隣に腰を下ろした。


二人きりのように感じても、実際には違う。


サシャが、

『王族を夫にするとやはり警備面で安心ですね。騎士団が本当によく動いてくれる』

そう、ほくそ笑んでいたのを思い出した。


別荘の周囲には厳重に王国騎士団が配され、

常に目がある。


見られることには、慣れていた。


わたしはいつも影にギグの気配を感じていたし、

ミゲルは王族として、

常に視線の中で生きている。



わたしは、内緒話をするようにミゲル王子の耳に顔を寄せた。


「ミゲル殿下、儀式の演説素晴らしかったわ」


「即席の割に上手くいったでしょ?

強引に夫になった立場上、役に立たないとね」

悪戯な青い目がキラキラ光る。


「ミゲル殿下……わたし……」


「ねぇ、殿下はやめてよ。ミゲルって呼んで、フェリシア」


「ミゲル、わたし、聖女に期待する民衆が怖かった……

でも今は違うの。

ミゲルがあの場に立って言ってくれた。

変えてくれたの。

ミゲルが伴侶になってくれて、

わたし――すごく感謝してるのよ」


「感謝だなんて……」


ミゲルはひんやりとした水に脚を揺らしながら、広がる波紋に視線を落とした。


「……ずっと、後悔してたんだ」


その声は、驚くほど低かった。


「僕が降臨祭のあの夜、あの時、

もっと強く抱きしめていたら、

君は、神官たちの輪に落ちなかったかもしれない。

聖女にならずに済んだんじゃないかって……」


わたしは、笑顔の消えたミゲルの横顔を見つめた。


「手摺なんかに座っていた、わたしが悪いのよ。

すごく、酔ってたしね」


わたしが、元々神託により造られて、

聖女として生まれたことは秘密で、

王家にも伏せられている。


だからミゲルは降臨祭で起きた、

ただの転落事故だと思っている。


隠し事の重さに、浮き立っていた心が沈んでゆく。


「……僕の手から離れたものを、

取り戻したいと思ったのは、あれが初めてだった」


ミゲルが、そっとわたしを抱き寄せた。


「もう、一人で行かせない。

落ちるなら、僕も一緒に行くよ」


「ミゲル……泳ぐには水が冷たいわよ」


冗談めかして言ったけれど、湖の冷たさが足元から伝わってくる。


このまま、何かの拍子に滑り落ちてしまいそうな、そんな危うさがあった。


ゆっくりとミゲルの瞳が近づいてくる。


口づけと共に、緩やかにミゲルの魔力が流れ込んでくるのを感じた。


ミゲルの左手に、淡く銀の光が浮かび上がってゆく。


聖女の伴侶の印。


湖面に揺れる光と重なりながら、それは静かに定着していった。


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